Episode 25:この悲しみを、終わらせる!

「くふふはは……」


 ロヴェは笑い出した。そして片手でドリウスのランスを退ける。すさまじい力だった。ドリウスは手ごと持っていかれそうになり、腕がもぎ取れる前にランスをロヴェから振り離して後ろへ飛び退いた。

 アストロが前へ出ようとする。


「兄貴、ここはオレがやる。オレにやらせてくれ」


 ドリウスはたくましかった。アストロが笑う。


「好きにしろ。死んだら許さねぇけどな」


 ドリウスは頷く。そして身構えた。ロヴェがランスで刺された身体をさすりながらゆっくりと立ち上がった。先ほどからロヴェの様子がおかしい。ロヴェの身体からは禍々しい煙が出ていた。刀を鞘にしまいドリウスに突っ込んでいく。


 ドリウスはランスを突き出した。ロヴェはそれをかわし、刀を鞘から出してドリウスの胴を抜き去った。ドリウスの腹から血が噴出す。辛うじて切断までは行かなかったもののドリウスの腹はぱっくりと斬れていた。ドリウスは斬られた腹を押さえる。ロヴェは笑っていた。


「くふあははは! これですよ……。これです。私が欲しかったものはッ!」


 ロヴェはネビィの方を見た。


「私は何のために作られ、何のために生かされてきたのか解りませんでした。与えられるのは人間を捕まえるという任務だけ。私はそんなことじゃ満たされなかったのです」


「ロヴェ……。そんな……あなた……私、気付いてあげられなくて……」


 ネビィが謝る。ネビィは今までロヴェに対して様々なことをしてきたつもりでいた。何不自由の無い生活をしてきたと思い込んでいた。


 ロヴェはロボットだ。プログラムされたことを忠実にこなすだけのロボット。それ以外のことを考えるなど思っていなかった。だが、彼には感情があった。意志があった。意識があった。普通のロボットとは違う。感情が埋め込まれていたのだ。


 ネビィは感情というプログラムを埋め込んだ覚えはなかった。感情などあるはずもなかった。だがロヴェは違った。ロヴェの感情は、自身が生きていく中で自然と身につけたものだった。ロヴェはただの作り物ではなく人間や化物に近いロボットとして生きてきたのである。

 その目で見て、その身体で体感し、成長したのである。ロヴェが口を開いた。


「私は見つけたのです。私に生きる実感を与えてくれる。私に生きているという偽りの無い感覚を与えてくれる。それがこの力でした。悪魔の、力」


 ロヴェはそういうと身体に、身体の中心に力を込めた。ロヴェの身体から禍々しさを帯びた煙が吹きだす。身体のいたるところから赤いオーラが立ち上りロヴェの髪は逆立っていた。すさまじい力を感じる。


 空気が張り詰めている。ドリウスがランスを構えた。斬られた腹は完全ではなかったが塞がりかけている。ロヴェが切先を相手の眼に向けて、刃先を上にし、頭の横で構える。そう、上段霞之構じょうだんかすみのかまえである。両者とも一歩も動かなかった。先に動いた方が負ける。緊張が辺りを包み込んでいた。


 ドリウスがピクリとランスを上に上げた。その動きを見切りロヴェが動き出す。手首を返しドリウスの首を跳ね飛ばそうとした。ドリウスはランスでそれを受け止め刀を弾く。だが完全に弾ききれず、流れるようにロヴェの刀はドリウスの足を捕らえた。ドリウスの足が切断され血を噴いた。ドリウスが体勢を崩す。


「くそっ!」


 ロヴェは流れを崩さずにドリウスの首を刎ねに行った。ドリウスは足を庇うようにしてランスの先を上にして持ち、その影に身を隠した。投擲武器や振るわれた刀などから身を守るために、棒・刀・剣などの陰に身を隠す刀匿礮姿之構とうとくひょうしのかまえである。


 コゥゥン……


 ロヴェの刀がランスに当たり甲高い音が鳴り響いた。ロヴェの流れが狂い、仕切り直すために飛び退く。ドリウスは切断された足を拾い、切断面にくっつけた。ジリジリと音がして足がくっついていく。


 ドリウスの自然治癒能力は凄まじく上昇していた。ドリウスが構えを崩してランスを前に突き出したが、ロヴェは既に体勢を立て直して構えていた。ロヴェの目が赤く光り、刀が赤く光りだす。ドリウスも力をランスに集中させると、ランスが赤く光りだした。


「止めなさい! そんなものぶつけ合ったらロヴェもドリウスちゃんも死んじゃうわ!」


 ネビィが叫ぶ。だが、ロヴェもドリウスもそれを覚悟でお互いに突っ込んで行った。刀が、ランスが、振り下ろされ、突き出される。だが、その中心に入る者がいた。


「ぐ、ぅ!」


 その者の背中が刀で斬れ、腹がランスで抉れた。


「ネビィ!」


「な、なぜですか……」


 ドリウスもロヴェも驚いていた。ロヴェが刀を捨ててネビィに駆け寄り、上半身を抱きかかえる。


「ごめんね……。私、ロヴェを大切にできなかったよ」


「そんなことは……」


「ロヴェ、お願いだからもう止めて。あなたは戦うために生まれてきたんじゃないのよ。あなたが生まれた本当の理由。それは、私が、一人じゃ、寂しかったから、よ」


 ネビィがロヴェに抱きつく。ロヴェは戸惑っていた。ネビィはただ単に謝罪の意を言葉にしていた。そしてロヴェの胸のボタンを押す。


「私はただ、あなたが傍にいて欲しかっただけなの。でもあなたは、色々なことを学びすぎた。ロボットを越えてしまったのよ。私は、ただあなたに傍に居て欲しくて、いいえ、我儘ね。ごめんなさい……。ゆっくりおやすみなさい、ロヴェ」


 ネビィがロヴェの頭を撫でる。その顔はとても優しく、微笑んでいた。


「アストロちゃんも……ごめんね。大すき、でし、た」


「監視官……。ネ、ビィ、博、士……。おかあ、さ、ん……」


 ネビィの手がロヴェから離れる。ロヴェは段々動きが鈍くなっていった。ぐったりとするネビィを抱きしめようとして、しかし抱きしめることもできず、停止した。ドリウスは動かなくなったネビィから顔を背け涙していた。しかし、アストロはさらに涙を流していた。


 アストロの左目が真赤に染まっていた。男の子は悲しそうにアストロを見る。アストロは涙を流しながら男の子の頭を撫でた。そして明後日の方向を向く。


「終わらせる……。この悲しみを、終わらせる!」


 アストロが精一杯叫んだ。その叫びは廃品置き場中に響き渡った。

 悲しみと憎しみが交じり合った叫び声だった。






 本心を伝えたことは一度としてなかったが、お互いそれを解っていた。女の子は最期に本心を伝え亡くなった。男はズルいと思った。涙を流しながらズルいと思っていた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る