Episode 23:また逢えるといいな

「うごぉぉぉぉぉぉぉんっ!」


 突然、廃品口の奥の方からこの世のものとは思えない声が聞こえてきた。

 皆がそちらを向くと一匹の巨大な化物がそこにいた。アストロは男の子の肩を抱いて自分よりも少し後ろに立っているように命じた。


「く、くるぞ……」


 ドリウスが短剣を構える。アストロは左手を構えた。その瞬間、巨大な化物は黒い光線を吐き出した。アストロが左手で赤い光線を放ち、それを食い止める。アストロの左手はヒビ割れて、そのヒビが赤く光っていた。悪魔化が進行している。悪魔がアストロの身体を蝕んでいる証拠だった。


 ドリウスが巨大な化物に短剣を構えて突っ込んでいく。しかしその歩みはビタァッと突然止まり、ドリウスは後ずさりした。


「どうしたドリウス?」


 アストロが問う。ドリウスは冷や汗をかきながらアストロの方を向く。そして巨大な化物の腕辺りを指差した。アストロがドリウスの示す場所を見て驚愕する。


「あれは……」


 化物の腕辺りに頭の無い化物が植えつけられていた。その化物に見覚えがあった。何年か前に亡くなったはずの化物だ。遠い過去から、記憶の深淵から、その姿が鮮明によみがえる。


「母上!」


 ドリウスが叫んでいた。アストロが他の部位に目をやる。全てが一度は見た事のある化物だった。この化物は複数の化物で構成されたものだった。


「うごおぉぉぉぉぉぉぉんっ!」


 化物は叫んでいる。一匹一匹の化物の悲鳴が混じりあい、狭い空間で反響して聞いたことの無い不協和音を奏でていた。そしてあらぬ方向に黒い光線を吐き散らかしていた。


「母上……母上……」


 ドリウスが片膝をつく。アストロは飛んでくる光線をドリウスや男の子に当たらないよう弾くのに精一杯だった。


「ドリウス、しっかりしろ。俺はこれが精一杯だ。お前さんがやるしかない」


「母上……母上……」


 アストロの声は届いていなかった。アストロが右手で赤い光の小さい槍を作りドリウスに向かって飛ばした。槍がドリウスの足に刺さる。ドリウスが痛みで我に返った。


 アストロは右手で小さな赤い光の槍を作り巨大な化物に向かって飛ばす。全く効いていない。だがアストロにはこれくらいのことしかできない。敵の光線を跳ね返す方に殆どの集中力を要しているからだ。相手は不規則に不定期に光線を飛ばしてくる。そして、進みは遅いもののジリジリと追い詰めてくる。


「母上ぇぇぇっ!」


 ドリウスが短剣を構え突っ込んでいく。巨大な化物の前足を斬る。前足に結合された化物が悲鳴をあげた。その斬られた前足でドリウスを踏み潰そうとする。ドリウスは後ろに飛び退いた。


 すかさずアストロが赤い光の槍を生成して飛ばす。放たれた槍はドリウスが斬った前足とは逆の前足に刺さり、その前足は甲高い悲鳴をあげた。


 両前足を上げた巨大な化物は後ろに倒れる。後ろ足はそこまで発達していないようだ。黒い光線が止む。アストロは左手を巨大な化物に向けて、ありったけの赤い光線を浴びせた。アストロの左目は赤く光っている。光線の威力は時間とともに上がっていく。


 結合された複数の化物はバラバラに分散した。その個々が蠢いている。男の子は震えながらそれを見ていた。ふいに声が聞こえる。


――痛い


――苦しい


――助けて


 化物たちの悲痛の声だった。頭の無い化物が立ち上がる。両手を前に伸ばしてよろよろとアストロたちの方へと近づいてきた。


「母上!」


 ドリウスが駆け寄る。


「馬鹿! 行くな!」


 アストロが止めようとするが、ドリウスの耳にアストロの声は届いていなかった。ドリウスが頭の無い化物を抱きしめる。頭の無い化物は両手をドリウスの背に回した。


「母上、逢いたかった……」


 ドリウスが頭の無い化物の胸に顔をうずめる。懐かしい香りと腐臭が交じり合って不快な臭いを発していた。だが、それは間違いなく母上の匂いだった。


「ドリウス! 離れろ!」


「ドリウスーッ!」


 アストロと男の子が叫ぶ。だがドリウスにはこの声が聞こえていない。懐かしい気持ちに溢れ周りの音をシャットアウトしていた。


「母上。オレは母上を迎えに来たんだ。一緒に、行こ……う。え?」


 ドリウスが頭の無い化物の頭を見た。ドリウスの顔が恐怖に変わる。そこにはグバッと口を開けた植物のようなものがあった。うねりながら頭の無い化物の、母上の首から生えていた。


 一瞬にしてドリウスが飲み込まれ、頭のない化物の腹が膨れる。中でドリウスが暴れていた。


「御還りなさい。ドリウス……」


 頭のない化物が声を発した。アストロは植物が生えている首元を狙って赤い光線を浴びせる。光線によって焼かれた植物はしおれていったが、中からまた新しい植物が伸びて口を形成する。


 アストロはもう一度光線を浴びせた。しかし、中からまた新たな植物と形成される口が出てくる。何度やってもそれの繰り返しでキリがない。

 腹の中の動きが段々と鈍くなっていく。


「くそ……。母さん、悪いっ!」


 アストロは赤い光の槍を形成すると、それを構えて頭のない化物の肩から逆の脇までを切断した。切断された肩から上がずり落ちて灰になる。


「アアアァァァァアア!! イタアァァァァイ!!」


 切られた断面からは植物の口がいくつも生えて出てきた。その一つ一つの口が言葉を発し、不協和音をかき鳴らしていた。


「うっ!」


 アストロは短く唸った。男の子はあまりのグロさに目を瞑り、血と腐臭が混じった臭いに鼻を押さえている。


 化物がアストロに襲いかかろうとしたその時、ドンと化物の腹が大きく動いた。そしてその腹から剣先が顔を出す。ドリウスの短剣の剣先だった。短剣は上に移動し、化物の腹を裂いていった。

 化物が暴れだす。その衝撃で腹は首まで裂け、中からドリウスがゴロンと出てきた。


 ドリウスに左手はなかった。化物の消化液で溶かされていた。ドリウスが息を荒くしている。もう一歩遅れていれば身体の方も溶かされていただろう。植物は見る見るうちに灰になった。養分となる母体が死んだからだろう。ドリウスが呟く。


「母上……」


 アストロがドリウスの肩に手を置いて抱擁すると、その胸の中で言葉を成していない声を上げた。その間もアストロはしっかりと彼を温かく包み込んでいた。


 少ししてドリウスがアストロの身体から離れると、既に灰と化してしまった母上を見て口を開く。


「母上。またしばらくお別れだ。……また逢えるといいな」


 ドリウスは地面に突っ伏しながら呟いて、灰になっていく母上を。ただただ悲しい表情で見届けていた。

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