Episode 20:罪と報いと救い
アストロが男の子の手を引いて外へ出ようとする。ネビィが呼び止めた。
「どこに行く気?」
アストロは笑った。
「決まってるだろ。廃品置き場さ」
ネビィは顔を背ける。笑顔は消えていた。アストロはどこかでドリウスが生きていることを願っていた。ドリウスは簡単に死ぬような男じゃない。正義感があり、強く、たくましい化物だ。だから必ず、生きている。そう願いアストロは扉を開いて外に出た。外では騎士たちが剣を構えて家を取り囲んでいた。
「マジか……。ネビィ、お前」
アストロが苦笑する。男の子はギュッとアストロの手を握り締めた。
「逃げなさい、アストロちゃん!」
ネビィがアストロの背をドンと押した。騎士がアストロを取り囲む。一匹の騎士がネビィを捕まえた。アストロは左目を赤く光らせた。騎士たちがその場に立ち竦む。騎士たちはアストロに恐怖していた。アストロはにやりと笑う。男の子がアストロの手を再度握り締める。アストロは男の子に目を瞑っているよう指示した。
「ダメよ、アストロちゃん! また悪魔化が……」
言いかけて口を紡ぐ。男の子が居ることを忘れていた。男の子は目を開いた。
「アストロ、あくまかって何?」
「……お前さんは知らなくていいことだ」
アストロはネビィを睨んだ。ネビィが俯いていた。アストロがため息を漏らす。アストロの赤い光は消えた。男の子を連れて走り出す。騎士たちは恐怖で竦んでいた足を何とか前に出してアストロと男の子を追いかけた。残った騎士はネビィを連行した。
「私は監視官よ! こんなことしてタダで済むと思ってるの!」
ネビィが叫ぶ。その叫び声に笑う者がいた。ネビィがそちらを睨むとそこには金色の鎧で身を包んだ騎士がいた。騎士団総長である。
「監視官か。その割には捜索対象の手助けに無差別な殺生。色々やってくれてるじゃあないかァ」
ネビィが顔を背ける。騎士団総長はネビィの首に手をかけた。ネビィがぐぅと唸る。そしてどんどん息が荒くなっていく。
「こうして欲しいんだろう?」
ネビィは堪えていた。ネビィの中で恐怖が渦巻く。それと同時に好奇心が湧き上がってきた。ネビィは手に入れられないものを、未知なるものを知りたがる癖があった。
彼女は死に対して興味があった。死の世界には何が待っているのか。とても興味があった。だから、殺して欲しかった。殺されて、死の世界を味わいたかった。
しかし、騎士団総長に殺されるのは絶対に嫌だった。何とかして振りほどこうともがく。段々と騎士団総長の手が、ネビィの首を締め上げていった。意識が遠くなりかけている。気を抜いたら本当に漏らしてしまいそうになる。それほど苦しくて、しかし快感だった。
ネビィは味わったことのない快感を感じていた。生を感じていた。生きたいと思えば思うほどその快感はネビィの頭の中をこねくり回した。ネビィの呼吸が荒くなっていく。
「ふん。そう簡単には殺さんよ。貴様にはまだまだ働いてもらわなくてはならんからな」
そう言うと騎士団総長は手をパッと離した。外の空気が一気にネビィの肺に流れ込む。
「ケホっ、ェホっ、ふへぇ……」
ネビィは噎せた。噎せて不規則な呼吸をしていた。よだれを垂らし、身体をがくがくと震わせていた。
騎士団総長がネビィを連れて行くよう命令する。ネビィは二匹の騎士に両腕を掴まれて連行された。ネビィは思った。逃げることはできないのだろうと。好奇心に負けて化物を捕まえ、実験台として使用した罰が下ったのだろうと。そして、器を作るために、器を保管するために、化物たちの夢を叶えるためだけに働かされるのだろうと。ネビィの中に絶望が渦巻いていた。
そのとき、ネビィの横にいた騎士が突然倒れる。騎士団総長が音に振り向く。倒れている騎士を見て騎士団総長は叫んだ。
「貴様ァ! 何をしたァ! こいつをすぐに捕らえろォ!」
騎士たちがネビィを捕まえようと近づく。すると騎士たちとネビィ間にスラリと背の高い男が舞い降りた。その男は五尺ほどもある細刀を背に斜めにかけていた。全身を鎧よりもシンプルだが鎧よりも硬い鉄の塊で包んでいた。
「ろ、ろヴぇ……ケホっ!」
ネビィが叫ぶ。その男はロヴェだった。ロヴェは騎士たちを見据えていた。一匹の騎士が長剣をロヴェに対して振り下ろす。
ガキリッ!
長剣が折れて弾け飛ぶ。騎士たちはそれを見て恐怖した。それでも騎士団総長は怯まなかった。ロヴェを殺すように命じる。
騎士たちはドリウスを殺したときと同じようにロヴェを取り囲み串刺しにした。しようとした。だが、長剣はどこに当てても折れて弾け飛んだ。
「こやつ……!」
騎士団総長が長剣を抜く。ロヴェが騎士団総長を睨んだ。ロヴェの右目が赤く光る。騎士団総長が斬りかかるがロヴェはそれを片手で止めた。手は斬れていない。それどころか剣先が曲がっていき、騎士団総長の方へと折れ曲がった。
騎士団総長が剣を捨てて飛び退く。反対側の腰に携えていたもう一本の長剣を取り出した。それを口にくわえ両腰の空になった刀の鞘を抜き捨て、その鞘の上に携えていた二本の刀を取り出した。口にくわえた長剣を離し、足で蹴り上げた。ロヴェが蹴り上げられた長剣を眺める。
「隙ありィィィ!」
その隙に騎士団総長が二本の長い刀を身体の外側に開きロヴェの前で腕をクロスさせて斬り上げた。だが斬れていなかった。二本の刀は確かに身体を通り抜けている。しかしロヴェはその場で傷一つなく立っていた。
騎士団総長は二本の刀を瞬時に鞘へしまい、先ほど蹴り飛ばして落ちてきた長剣の柄についている輪に指を入れて廻し投げ、右手でそれをキャッチした。
「こ、こやつ。身体が……。いや、見間違いか……?」
騎士たちは騎士団総長を守るように壁になった。剣はもう無い。皆丸腰だった。
「面倒ですね……」
ロヴェは背にかけていた細刀の柄に手をかけた。バシュッと音がして鞘から細刀が開放される。五尺ほどもある細刀を肩越しに前へと構えた。ビタァァッと騎士たちに向けて構える。
通常なら五尺ほどもある棒状のものを構えようとすれば地に刀を打ち付けてしまうか、もしくは、フラフラと揺れる刃先を調整しながらでなければ構えることはできない。それがただの棒であれば先のほうに手を添えればできないこともないが、これは刀身が長い刀である。故にどんな剣の達人でも成しえない技なのだ。
ロヴェがその刀を一振りする。騎士たちは吹き飛ばされた。騎士団総長は辛うじてその場で耐えていた。騎士たちは皆気を失っていた。騎士団総長は腰から丸い玉を取り出すとそれをロヴェに向けて投げた。ロヴェがその玉を斬る。
ガキィィィィンッ!
大きな音が鳴り響き、煙を発した。
ロヴェが刀を一振りすると、漂っていた煙は一気に晴れた。だが、そこには誰もいなかった。ロヴェが振り返り、ネビィの前で片膝をついた。
「お怪我はありませんか、ネビィ監視官」
ネビィがへたり込んだ。一気に足の力が抜けてしまったのだ。それをロヴェが支える。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ロヴェ」
ロヴェはそうですかと言いネビィをお姫様抱っこしようと腰に手を回したが、ネビィは股を押さえて顔を赤らめ一歩引いて、ふるふると首を横に振った。ロヴェは目を瞑って頷き、道を開けた。
ネビィが家の中に慌てて駆け込んでいく。ロヴェは腕を組んで壁にもたれかかりネビィがトイレから戻るのを待っていた。
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