ŪNDER WΦRLD
赤神裕
Scene 00:Ūsual ―日常―
Episode 01:村のウワサ
村外れの深い森には噂があった。誰も近づかない。いや、誰も近づけないようにするために作られた噂。根も葉もない本当のような嘘の噂。しかし、本当かもしれない噂……。
――その森入るべからず入れば主に死あるのみ
子供たちが森に迷い込んで出られなくなることを防ぐために作られたのか。それとも他に意図があり作られたのか。或は入ったら本当に出られなくなるのか。何故なのかは誰も知らない。村人が知っているのは噂があるという事実だけである。
:村の子供が尋ねました
――ねぇ、どうしてあの森に入っちゃいけないの?
村の大人たちは口々に言いました
――あの森には化物がいるのだよ
――あの森に入ったら二度と生きて帰ってこれないんだよ
――あの森は呪われているんだよ
村の子供はまた尋ねました
――化物とお友達になれないの?
村の大人たちはまた口々に言いました
――化物と友達になんかなれるものか
――化物は人殺しなんだよ
――化物はとっても怖いんだよ
村の子供は俯きました
そして俯いたまま口を開きました
―――――――:
鳥が鳴き、朝を知らせる。空は青く澄み渡り、木々がそよ風に揺れ
その音に交じり何かを焼く音と香ばしい香りが二階のベッドで寝ていた男の子を目覚めさせ、それと同時に陽の光が男の子に欠伸というプレゼントを渡した。
男の子はまだ眠そうに目をこすり、ボゥと外を眺めた。見渡す限りの夜露に湿った草木が、陽の光を反射してキラキラと光っていた。
「へんなゆめ」
男の子はそう呟いてベッドから出た。男の子が階段を下りていくと一人の女性が階段を上がってこようとした。
「あら、起きたのね。あなたの大好きな、たまごサンドが丁度出来上がったところよ」
「おはようお母さん。それの匂いで起きたの」
お母さんは、そっか。と頷くと階段を下りていった。それに続いて男の子も下りていく。
男の子が椅子に座ると目前に、
その隣には、レタスと四つ切りのトマトに輪切りのきゅうりと瑞々しいブロッコリーを盛り合わせたフレッシュなサラダが出された。
しかし男の子はサラダがあまり好きではないらしく、サラダが入ったお皿を少し遠ざけた。すると向かい側に座って新聞を読んでいた男性がチラリと男の子の方を見てまた新聞に目を落とした。それを見た男の子が口を開く。
「だって、ぼくあまり好きじゃないんだもの。お兄ちゃん食べてよ」
新聞を読んでいた男性はお父さんではなくお兄ちゃんであるが、実際に血のつながりはなく男の子と顔も似ていない。キッチンからお母さんの叫ぶ声が聞こえる。
「ちゃんと食べなきゃダメよ!」
「いらないもん!」
男の子はそういうと、たまごサンドだけ持って部屋を出て行った。お母さんが戻ってきてため息をつく。そしてお兄ちゃんのほうに目線をやるとそれを見たお兄ちゃんは新聞で顔を隠した。
「ごめんよ母さん。俺もあまり好きじゃないから……」
「はぁ。きっとあなたを真似しちゃったのね。困った子だわ」
「……ごめん」
お兄ちゃんは新聞を折りたたみ部屋を出て行った。お母さんはまたため息をついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お兄ちゃんが二階に上がると男の子が目に涙を溜めて外をボゥと眺めながら部屋で、たまごサンドを食べていた。部屋に入って男の子に声をかけた。
「……なぁ。今日は一緒に森へ行ってみないか?」
男の子が振り返る。そして首を横に振った。しかし顔はとても行きたそうだ。男の子は、たまごサンドを頬が膨れるほど口に頬張ってモッキュモッキュと食べた。満足そうにお腹をさするとお兄ちゃんの方を見た。
「森に入っちゃいけないの。化物が住んでるって。化物とはお友達になれないの」
「どこでそれを?」
男の子が首をかしげる。そして何かを思い出そうと斜め右上の空を見つめた。
「んとね。ゆめを見たの。とてもへんなゆめ」
お兄ちゃんは頷いた。そして丸い輪に鳥の羽根が3つ付いた小さな首飾りを男の子の首につけた。そして男の子の両手を取りジッと男の子の目を真直ぐ見つめた。
「これなぁに?」
「これはドリームキャッチャーって言ってね。変な夢を取払ってくれる御守りなんだ」
「かっこいいね!」
「……うん、とても。それは俺からのプレゼント。絶対に外しちゃダメだ」
男の子は笑顔で首を縦に振った。そしてお兄ちゃんの手を放すと首飾りを両手で持ち上げて空にかざしてみたり、羽根を吹いてみたりと無邪気にはしゃいだ。それを見てお兄ちゃんは苦笑する。そして窓の外を、森の方を見つめる。
その森の奥は暗く、ずっと細い道が続いている。道の傍らには看板と石で出来た三段の塔が立っており、その塔の前には赤い花が一輪咲いていた。その花がお兄ちゃんの目には何故か手招きをしながら嗤っているように見えた。
突然外で鳴き始めた今年初の蝉の音でふと我に返り男の子の方を向くと男の子がお兄ちゃんを見てキョトンとしていた。お兄ちゃんは苦笑して男の子の頭を撫でて部屋を出て行った。
長い夏が始まろうとしていた。
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