第2話
帰宅した中畑がこの出張予定をサラに伝えた。サラの実家でも養鶏に懲りた後はビートの栽培に切り替えていた。サラの兄が栽培しているという。
しばらく電話していないからとサラが実家に電話をしている。電話の向こうは父親のようで、母親はどうしているかとサラが尋ねる。変わったこともなかったようで、それはよかった、というと中畑から聞いた調査団のことを伝えている。
電話を終えたサラが、「カズ、調査団のことは地元の新聞にも報じられて広く知られているそうよ。初日に開かれる組合との会合には兄も出席するそうなの。あなたに挨拶をするように父に伝えたから、その時はよろしくね。調査団を案内するほどのVIPといっしょに住んでいるのか、と父は驚いていたわ。ちょっとした親孝行をした気分よ」
「そうか。お兄さんに会うのが楽しみだよ」
月光が射すベッドにメキシコ湾の陽で日陽けした裸体が横たわり、真っ白な乳房と同じように白い下腹部が浮かび上がっている。その夜のサラはいつになく激しく愛を求めてきた。
調査団は精糖業界の重鎮とされる六十歳前後の男が団長で、清涼飲料業界から中年の男と三十歳台の男のふたりを伴っていた。三人共に米国訪問ははじめてではなかったが、シカゴは今までに訪れたことがなく、ノースダコタはもちろん初の訪問である。
一行が到着したその日の夕食は支店長社宅での接待であった。支店が入る百階建ての高層ビルは途中から高級マンションになっている。支店長が住む社宅はその八十階で、ミシガン湖が真下に広がる。独立記念日に湖岸で打ち揚げる花火を上から眺めることができ、ビルの途中に雲がかかると、一階のガードマンの詰め所に電話をして地上の天候を確かめるほどの高さにある。
翌朝、旅行用の大きなスーツケースをホテルに預けて小さなバッグを手にした三人と中畑がシカゴ空港からビスマークに飛んだ。眼下には大農場が碁盤の目に広がる光景が続く。
通路側に座った中畑が窓際に座る団長に、「あの碁盤の目は実際に測量して区分けしたんですよ。その測量に使われた鎖が残されています。二十二ヤードですからおよそ二十メートルですね」
「二十二ヤードと半端な数字が基本になっているのはどうしてかね?」
「それは、英国から伝わった、ひとりの農夫と一頭の牡牛が耕す一日の仕事量が基本にあるからです」
「それは面白い」団長は農学部を卒業していた。
「ひとりの農夫と一頭の牡牛が耕す一日の仕事量は、英国の経験値から、三十三フィート四方、又は十一ヤード四方の農地を指し、この一辺の二倍、すなわち二十二ヤードを測定の基本単位としたのです。経験主義が貫かれていますね。その起点が東部と中西部の接点であるペンシルバニア州とオハイオ州の州境にあります。その起点から大平原にかけて測量を重ねた結果が眼下の碁盤の目です」
「今までに上空をなんども飛んだが、各地で勝手に区画したとばかり信じていた。東部を起点にして測量をした区画だとは知らなかったな」
「二十二ヤード四方は四日分の農作業の土地を指し、一マイルとは、この基本単位である二十二ヤードの八十倍で、一マイル四方は六百四十エーカーですから、一エーカーの土地とは四十日分の農作業の面積に相当することになりますね」
「なるほど。一エーカーは尺貫法ではおよそ千二百坪だから、英国の農家はそれを四十日で耕していたことになるね。一日で三〇坪ということは、十日間で一反の農地を耕すペースだな。すると百日で一町歩、すなわち一ヘクタールだ」農業に通じた団長らしい。
「このような基準を使用して米国の大半の土地をマイルごとに区画整理しましたので、米国でメートル法が普及しないのは当然ですね。この縦の線は地球の経度に沿って、横の線は緯度に沿って走っていて、軽飛行機の操縦士は今でもこの碁盤の目を頼りに飛んでいるのですよ」
「大学の農学部でも教えていない。中畑さん、あなたは米国の事情に通じていますね」と感嘆する。
空港には組合の関係者が出迎えてくれた。州議事堂の中にある大きな会議室の正面の演台に訪問者が座り、農家や地元の関係者と相対するスタイルになっている。昼食のサンドイッチが持ち込まれ、食事後に組合長の挨拶があって、組合活動や組合が出資する加工工場を紹介するスライドショーが続いた。
その後に質疑応答の時間が設けられ、中畑が通訳を務めた。会議室の奥には地元のTV局がカメラを持ち込んでいた。夕方のニュース番組で流すのだろう。
中畑の隣に座る団長が、カリフォルニアでも歓迎されたがこれほどではなかった、と囁く。ノースダコタ州にとっては海外から訪れる初の調査団だそうで、地元が寄せる期待の度合いが手に取るように感じられる熱心な雰囲気が会場を占める。
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