Act39:少年の正体

 突然の出来事に、この辺りの空気は一瞬で凍りついた。突如洞窟の壁を突き破って出てきた人間の背丈ほどもある拳。そして、それによって吹き飛ばされ、気を失ったソーマの密売組織のボス。


「オーム?」


 その言葉を発したのは、ティキだった。今まで何体ものオームを見てきて、オームの巨大な腕をも見たことがあるティキ。ましてや、つい先日超巨大なオームと闘ったばかり。ティキが巨大な拳を見て、そう判断するのに違和感はない。ただ、違うのはオームの拳にしては、色も、そして形もオームというよりは人のソレに近いことである。ティキもそれには気が付いていた。だから、オームと言い切るのではなく、半信半疑でオームと発言したのである。




 しかし、ティキ達はその拳の正体をすぐに知ることとなる。


「俺から逃げられるとでも?」


 崩れた瓦礫によって巻き起こされた砂埃の中から出てきたのは、さきほどティキ達が会った少年であった。少年は、気絶している組織のボスのほうを見ながら続ける。


「俺の任務はお前達の壊滅。与えられた任務は確実にこなす。それが俺達だと知っているだろう?」




 ティキ達は目の前にある光景に驚いていた。先ほど会った少年。その少年の背中から生えている一本の巨大な腕。そして少年の言動。


「どういうことだ?」


 ティキが思わずそう口にしてしまったのも納得できる。




「ひ、ひぇ」 


 ボスがやられたことに臆し、小柄な男が逃げようとする。だが、少年の巨大な腕はそれを見逃さなかった。逃げようとする男をその巨大な腕が伸び、捕らえる。小柄な男は壁に叩きつけられ、気絶する。そして、もう一人の男をもその腕は捕らえると地面へと叩き付けた。叩きつけられた男は当然気絶した。




 僅かな攻防。いや、一方的な攻撃によってこの場にいた組織の人間は全員が意識を失った。




 息はあるものの意識を失い、まったく動かない組織の人間をジッと見ている少年は、おもむろに巨大な腕を振り上げる。その行動を見ていたティキは思わず叫ぶ。


「やめろ!」


 ティキの叫びにもその少年は、まったく反応せず拳を振り下ろす。だが、瞬間鈍い音と衝撃音が走り、その場は静止する。それはティキの月の産物であるフェンリアだった。フェンリアは長さを伸ばし、少年の巨大な腕から組織の人間を守ったのだ。




 攻撃を阻まれた少年はティキのほうを見る。


「どういうつもりだ?」


「それは、こっちの台詞だ。そいつらはすでに気絶している。止めを刺す必要はないだろ? そもそもお前は何者だ? ただの子供とは言わせねぇぞ」


 少年は、ゆっくりとティキのほうに向き直す。


「俺の名前は、ソル。星の導き”狂部隊”七曜の副リーダーだ。任務の邪魔をするならお前等も消す」


 そう言うと、ソルは両腕を構える。そして全身に力を入れる。その瞬間巨大な腕が背中からもう一本生え、巨大な腕が二本、元々の腕が二本と計四本の腕となった。ティキはそれを見てゾッとする。




 ソルは四本の腕を持って、ティキのほうへと迫り来る。ティキは月の産物であるフェンリアでなぎ払う体勢を取る。ソルはティキの近くまで来ると、腕の一本を高く振り上げる。ティキはその攻撃を防ぐために、フェンリアを目上に構えるが、その瞬間、横腹からもう一本の巨大な腕の洗礼を受ける。




 横腹からまともに攻撃を食らったティキは、そのまま壁まで吹き飛ばされた。


「ティキ!!」


 吹き飛ばされたティキを見てリディアは思わず叫んだ。




 壁まで吹き飛ばされたティキは、崩れた壁の土ぼこりに隠れて見えない。リディアは少しの間ティキのほうを見ていたが、起き上がってくる気配もない。当然といえば当然だ。ティキは今、万全の状態ではない。巨大オームとの戦闘を終え、体力も完全に回復はしていない。


 そんな状態なのに、自分のことなど気にも留めず、何よりも優先して自分についてきてくれた。リディアはティキの気持ちを汲んだ。




 ――そして、リディアはソルと対峙する。


「お前も、邪魔をするか」


「今度はあたしが、ティキを守る!」


 リディアの月の産物は発動しなかったが、それでもリディアは腕を前に突き出し、構える。その構えはまるで拳法の構えのようだが、リディアは拳法を使えるわけではない。正直言うと見よう見真似とはこのことだ。例えハッタリだろうと、敵との実力差がはっきりしていようと、リディアの頭にはティキを守ることしかなかった。


「いいだろう。お前も地獄に送ってやろう」


 そう言うと、ソルは二本の巨大な腕を振り上げる。そして、リディアに向かってその巨大な拳を振り落とそうとした時、突然この場に音楽が流れた。その音楽が流れた瞬間、ソルの動きが止まる。




 ソルは少し身を引くと、懐から携帯電話を取り出した。そして、巨大な腕はいつでもリディアを捕らえれる間合いを保ったまま、携帯電話を耳に当てる。


「なんだ?」


『緊急集合です。戻りなさい』


「今はまだ任務中だ」


『必要ありません。その任務は破棄することに決まりました』


 ソルは少し沈黙し、再び話し始める。


「……ここにあるデーターの回収は、どうするんだ?」


『くれてやりなさい。どうせ、そのデーターの情報を知ったところでどうしようも出来ないのですから』


「わかった。アンタがそういうなら従う」


 そう言うと、ソルは携帯電話の通話を切る。切った瞬間の機械音はリディアの耳にも届いた。




 ソルは、二本の巨大な腕を背中へ戻した。


「命拾いしたな。お前達は始末しなくていいそうだ」


 ソルはそういうと、リディアに対して背中を向けた。




 ――瞬間、リディアは動いた。ソルにとってこの戦いは終了のつもりだったが、リディアはそうではない。敵が自分に背中を向けた。これはリディアにとって最高の好機。リディアは自分の中で生まれた罪悪感を、胸の奥底にしまい、敵を討とうとした。




 だが、リディアの動きは止まる。


「どうした? 最大のチャンスを逃すのか?」


 ソルは、リディアに背中を向けたまま言い放つ。リディアはそれに対して、何も答えられずにいた。リディアの中の良心がそうさせたのか。それとも子供の姿の敵を前にして、躊躇ったのか。いや、違う。戦いの中にあって良心というものは必要ない。むしろ敵を背後から視界に触れることもなく倒すことさえ、卑怯だと言う方がどうかしている。リディアもそれは分かっている。




 だが、リディアのプライドがそれを許しはしなかった。敵を後ろから攻撃して、それで戦いに勝って、それで何を得ることが出来る。仲間と肩を抱き合って、よくやったと言えるのか。




 ――リディアは敵を後ろから攻撃するのを躊躇った。


「逃すのなら、俺は去らせて貰う」


 ソルはそう言うと、歩き出し、ストラムの通路の奥へと消えていった。




 リディアは結局、背後からの攻撃はしなかった。だが、もし仮にリディアが敵を攻撃していたとしても、それによってリディアに勝利がもたらされたかというと、それはまた別の話である。




「ティキ! 大丈夫?」


「……ああ、なんとかな」


 ティキは意識があった。体力をもともと消耗していたため、一時的に身体が言うことを効かなかっただけのようだ。リディアはティキに手を差し伸べると、ティキを起こした。


「それにしても、あいつが噂の”七曜”のメンバーだったとはな。驚いたよ。あれも月の産物の力なのか?」


「分からない。でも、月の産物が共鳴してたから、恐らく……」


「七曜か……。恐ろしい連中だな」




 ティキとリディアは、アジトの中を散策した。散策している最中に、謎の白い生物がどこからともなくやってきて、リディアに再びくっついた。どうやら、自力でこの場所までたどり着いたらしい。アジトの奥深くにはソーマと見られる錠剤が大量に発見された。




 リディアは、すぐに国に連絡を取り、応援を要請した。


「これだけ大量のソーマが密売されようとしていたと思うと、ゾッとするな」


「ええ、ソーマはこの世にあってはならない薬。あたしは必ずこのソーマを駆逐する」


 リディアの決意はティキにも伝わった。




 そして、応援が来るのを待って、ティキとリディアは家路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る