Act38:敵のアジト

「リディア、詳しい場所も分かってるのか?」


「ええ」


 ティキとリディアは、麻薬である”ソーマ”の密売をしている組織の、アジトがある国のストラムへと来ていた。目的は密売組織の壊滅とソーマの回収である。


 この国のストラムもやはり、入り組んだ迷路のようになっている。一人きりで迷ってしまえば、脱出するのは容易ではないだろう。ましてやストラムは無法地帯。危険な人間の集まりの場でもある。それは、この複雑に入り組んだ洞窟のような地形が起因しているのだが……。


「それで? なにか作戦はあるのか?」


「んー、それなんだけど……」


 リディアがそこまで言いかけた瞬間、リディアの身体に衝撃が走り、リディアは思わず後ろに仰け反る。それに弾かれるように白い生物も、飛ばされる。その生物はそのままゴロゴロと転がり、入り組んだストラム中に消えていった。


「痛ったーい。なんなの?」


 リディアとティキはそんなことに気が付かず、前を見る。そこには、ここにいるはずのない者がいた。


「いてて…」


 そこには、頭を手で押さえる金色の髪をした少年が倒れていた。


「あ、ごめん。大丈夫?」


 リディアは、少年に手を差し出す。少年は、差し出された手を掴むと起き上がった。


「キミ、こんな所でなにしてるの?」


「……、冒険」


「え?」


「冒険だよ。ボク、見たことも無いもの見るのが好きだから、いろんなところを冒険してるの。それよりねーちゃん達こそ、こんなとこでなにしてるの?」


「あたし達は……仕事だよ。こんなとこにいちゃ危ないからお家に帰りなさい」


 リディアの言葉に、少年は真っ直ぐリディアの瞳を見ている。そして、次にティキの瞳を見る。すると、少年は雰囲気が変わったかのように、笑みを浮かべる。


「うん、わかった。お家に帰るね」


 そう言うと、少年はティキ達の視界から消えていった。


 ティキもリディアも不思議を感じていた。なぜ子供がこんな無法地帯にいるのか。ストラムに元々いたとは考えられない風貌と性格。サガルマータからここまで来たのか。しかし、移動手段はリバティーしかない。しかし、あの年齢の子供ではリバティーに乗ることは出来ない。つまり、あの少年はここにいるはずがない少年であった。周りの暗闇がそういう悪寒を感じさせるのか、ティキ達は嫌な寒気に襲われた。


 その寒気を振り払うかのように、ティキはリディアに話しかける。


「そ、それで作戦ってのはなんなんだ?」


「う、うん」


 リディアは、腰にかけていた袋の中からあるモノを取り出した。


「それは?」


 ティキにとっては、今まで一度も見たことがない物体をリディアは手に持っていた。


「コンポジ4と起爆装置」


 リディアが手に持っているモノは爆弾である。


 コンポジ4……通称『CP4』。主成分であるRDXにポリイソを化合させた粘土型爆弾である。その主な特徴は、粘土型のため従来では不可能だった扉の隙間などに押し込み、爆破させることができることである。また衝撃や、火の中に放り込んでも決して爆発しないのも特徴である。爆破させるためには起爆装置を用いるか、雷管による方法だけである。そして、今回リディアが用意したのは前者。起爆装置による爆破方法である。


「このアジトは出入り口が二つあるの。だからティキはこの爆弾を使って今、あたし達がいる側の出入り口を塞いでほしいの」


「つまり、逃げられる通路を限定するのか?」


「そう、あたしが向こう側に回ったら携帯で連絡するから、そしたらティキはこっちの出入り口を爆破、奴等は当然もう片方側の出入り口から逃げようとするはずだから、そこを出入り口の近くに潜んでいるあたしが月の産物を使って一人ずつ確実に仕留める。どう完璧な作戦でしょ?」


 完璧……とまでは言えないが、この狭いストラムでは最上位の作戦であることはティキも認めた。元より作戦なんて小難しいことは苦手。全て正面突破で片付けようとするティキから言えば、完璧な作戦だった。


「じゃあ、こっちの出入り口は頼んだわよ。ティキ」


 そう言ってリディアはティキに、コンポジ4と起爆装置を手渡す。


 リディアの最大の誤算があるとすればここだった。なぜなら、ティキは目覚めてまだ数時間。とても体力は回復していない。故に、リディアから渡された起爆装置を手で掴んだ瞬間、落としてしまったことも必然と言えるだろう。


 そして落ちた起爆装置が、運悪く地面との接触において作動したことは偶然であろう。


「ちょっ! ティキ早く爆弾放り投げてっ!」


 そう言われたティキは手に持っていたコンポジ4を精一杯の力で放り投げる。


「伏せて!!」


 ティキの手から離れて1秒と立たないうちにそれは起こった。粘土は一気に膨張し、激しい爆風と熱を放ちオレンジ色の閃光を放ちながら、凄まじい爆音を上げて爆弾は爆発した。




 あまりに近くで爆発したため、ティキとリディアは伏せることに間に合わず、爆風で押し倒されたと言ったほうが正しいだろう。だが、伏せる体勢にはなっていたため、それによる怪我は擦り傷程度で済んだ。


「痛ったーい。ティキ大丈夫?」


「ああ、なんとか、リディアこそ大丈夫か?」


 まだ爆音で耳が少しイカれている状態だったが、言葉を理解する程度には十分だった。


「なんとかね。まったく起爆装置を落とすなんてどういうこと?」


「ははは……悪い、悪い。うまく力が入らなくて……、それより今ので確実に気が付かれたな」


「そうね。こうなったら……」


「こうなったら?」


「正面突破あるのみ!」


 リディアはそう言いながら、立ち上がると奥の通路に走っていった。ティキもそれに続く。




「ボス大変です! 侵入者です!」


 アジトの出入り口から入ってきた小柄な男が、ボスに伝える。


「なんだと? さっきの大きな音と関係あるのか?」


「さっきの音は爆弾です。どうやら、このアジトの場所がばれていたようでして、今、女と男がこっちに一直線に向かっています」


 小柄な男は相当の慌て様だ。


「ふん、たった二人か。なにもビビることねぇ、だが、今夜は大切な客人が来る。ここは一旦身を潜めるのが得策だな」


 そう言うと、ボスはもう一つの出入り口から出ようとする。その瞬間、小柄な男が入ってきた方の扉が勢い良く開く。


「動くな! あたしはリシュレシア国の特別仕官! 麻薬ソーマの密売容疑であなた達を拘束する!」


 リディアのその声にその場にいた人間が皆止まる。


「ちぃ……」


 リディアに遅れてティキもその部屋に到着する。そして、ティキは全体を見渡す。


「おいおい、俺達が麻薬の密売? ねぇーちゃんよ。見た目で判断するんじゃないぜ。確かに見た目は悪ぶっちゃいるが、俺達は善良な市民なんだからよ」


 ボスがリディアに対して話しかける。


「証拠ならあるぜ。おい、お前そこのカバンの中から、アレをだしな」


 ボスは、小柄な男に近くにあるカバンの中身を出すように言う。言われるがままに小柄な男は、カバンの中に入ってるモノを出す……と同時に、発砲音が聞こえた。


 リディアとティキは咄嗟に扉の影に隠れて、何とか難を逃れた。男がカバンの中から出したのは機関銃。その機関銃をティキとリディアのいるほうへとひたすら撃ち続ける。その隙に、ボスは出入り口から出ようとする。


「はははっ、ねぇーちゃん。もっと人の言葉は疑うもんだぜ」


「くっ……。逃がすもんか。月の産物”ルナスペリア”発動!」


 その言葉にリディアの月の産物は銀色に輝く。


 だが……しかし、その輝きは一瞬で消え去った。


「え?」


 リディアの持つ月の産物の不発。そう発動しなかったのだ。リディアは突然のことに驚きを隠せない。


「ふん、なにもおこらねぇじゃねぇか。じゃあ俺はとんずらさせてもらうぜ。あばよ!」


「待て!」


 リディアの叫びがアジト内で響いた瞬間、激しい爆発にも似た轟音が鳴り響いた。それは機関銃を撃っていた男の手さえも止めさせることだった。無理もない。その爆音の元になったであろうものをしっかりと視界に捕らえていたのだから。


 犠牲となったのは、一目散に逃げようとしていたボス。そして……この光景を作ったのは、人間の背丈ほどもあろうかと思うほどの拳こぶしだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る