Act37:フェンリア

 突如ティキ達の前に現れた謎の生物。透き通るように真っ白で体毛のひとつひとつが羽のような質感を持ち、ウサギのような耳とウサギのような尻尾を持つ。しかし全身は丸々としていてボールのような雰囲気も併せ持ついままで見たこともない奇妙な容姿だが、どこか愛らしさも併せ持つ生物。


「なんだ? コイツは? 月のカケラから変化したってことはオームか?」


 ティキはその謎の生物を見て思った言葉を放った。確かに、本来オームは月のカケラの粒子の集合体。すなわち月のカケラが変化してオームとなる。今回も月のカケラから突如現れた生命体、これは本来オームと呼ばれるものである。しかし、その雰囲気はとてもオームのものではないことはこの場にいる全員が感じていた。


「オームじゃないような気がするけど……」


 リディアがそう言いかけた時、リディアが手で持つ謎の生物の口から鳴き声のようなものがこぼれた。


「タッタタタ」


 謎の生物が発したこの鳴き声の意味はなんなのかはもちろん分からない。しかしリディアには気持ちが通じたのかリディアがその鳴き声に反応した。


「なんか喜んでるみたい」


「ハハッ、なんか可愛いな。どれどれ」


 そう言ってティキが謎の生物の頭を撫でる為に手を伸ばす。その瞬間、謎の生物は突如変貌し、ティキに対して威嚇をはじめた。それに驚いたティキは伸ばそうとしていた手を戻した。


「なんだよ。コイツ、リディアにしかなつかねぇんじゃないのか?」


 ティキがそう言い放った瞬間、横からアイシスが手を伸ばしていた。そして、謎の生物の頭を撫ではじめた。


「どうやら小僧、貴様のことが嫌いなだけのようじゃの」


「ふーん、この野郎。生意気なやつだ」


 ティキは少し泣きそうな声で言った。




「さてと、行くか」


「ティキ、ほんとに大丈夫なの?」


「こんくらいの傷、大丈夫だって」


 リディアの心配をよそに、ティキは平気そうな姿を見せる。だが、リディアはティキが無理していることを見抜いていた。一日半も目を覚まさず、その間は熱もあった。今起きたばかりのティキにとって、現在の体調は決して万全とは言えるものではないはずだ。だが、リディアはティキの気持ちを汲み、それ以上のことは言わないようにした。


「……ティキ」


「ん?」


 ティキの名前を呼んだのはアイシスだった。


「貴様の月の産物は……」


 アイシスはそこまで言って突然沈黙する。ティキはアイシスの言葉が途中で切れたことに疑問を感じた。


「なに?」


 アイシスはティキの目を見ながらしばらく沈黙を保っていたが、少し笑みを浮かべると口を開いた。


「いや……貴様のその月の産物の名前は決めたのかと思ってな」


 アイシスが本当に言いたかったのはそのことではなかった。いずれティキが知ることになる月の産物の秘密と、その隠された本当の力。アイシスはそれを伝えようとしたが、今はそれを知る必要がないと判断し、沈黙した。


 いずれ時が来れば知ることになる。あまりにも巨大すぎる力は、やがて自らの身を滅ぼすということを……。時がくればティキは必ず欲する、そして、必ずその局面に立つことになる。その時までアイシスは、それを伝えないことを決めた。なぜならば今それを教えた所でティキは理解できない。人の心に反応し呼応する月のカケラを扱う者に、混乱を与えることは迷いを与え、月のカケラの力を十二分に引き出すことが出来なくなる。


「ああ、もう決めた」


 ティキはそんなアイシスの心を知ってか知らずか、アイシスの質問に答える。


「こいつの新しい名前、それは……”フェンリア”」




 何者にも捕らわれず、何者にも属さない。何よりも輝き、決して屈しない。孤高の狼。その銀色に輝く光は何よりも強く。そして、温かい。狼は群れで暮らし、そのリーダーは仲間を守るために、仲間はリーダーを守る戦う。古代の神話に登場した最強の狼フェンリルは時を超え、姿を変え、今まさに現代に蘇る。


 その名は”フェンリア”。


 ――自らを守るための、仲間を守るための、一つの輝き。


「フェンリアか、いい名前じゃないか。いいか、フェンリアは俺が今まで創った月の産物の中でも最高傑作のものだ。これだけは肝に銘じておけ。貴様がこの月の産物を使うに値しない奴だと俺が判断すれば、俺は貴様を殺してでもファンリアを奪いにいくぞ」


 アイシスの真剣な眼に、ティキも真剣に答える。


「ああ、覚悟しておくよ」




 ティキとリディアは外に出る。そして、リディアの乗ってきたリバティーに二人で跨る。謎の白い生物もリディアの肩にぶら下がったままだ。


「そんじゃ、世話になったな、アイシス。次に来るときはなにか可愛い人形でも持ってくるよ」


「そうしろ。今俺が集めてるのはライオンのぬいぐるみだ」


 リディアはリバティーのエンジンをかけると、リバティーを噴かせる。そして、スロットルを回して勢いよく飛び出した。ティキは、空から下を眺めながら、アイシスのほうを見て手を振る。


「じゃーなー!」


 アイシスは腰に手を当て、ティキ達を見送っていた。


「ティキか、面白い奴じゃ……。だが、月の産物のあの反応……。十数年前のあの赤ん坊が奴なら……。いや、あの赤ん坊が生きているわけはない。俺のたった一度の誤り……、神への冒涜」


 そう呟いて、アイシスは店の中へと入っていった。






 一方、ここはとある国のストラム……。


「ボス、そろそろ移動しないと足がつくんじゃないですか?」


 ボスと呼ばれた大柄の男はソファーから立ち上がると、奥へと向かった。そして、箱に詰められてあるものを見ながら言う。


「そうだな。よし今夜の取引が終わり次第、また別の国のストラムへと移動する」


「ヘイ、じゃあ準備しておきます」


「それと、今夜のお客さんは特別だからな。丁重に扱えよ」


「どこかの国のお偉いさんですかい?」


 ボスと呼ばれた男は箱から袋を取り出す。


「ああ、今夜はこの麻薬……”ソーマ”の販売祭りだ。一稼ぎしたらまた盛大に酒でも飲み交わそう」


 ボスと呼ばれた男は、不適な笑みを浮かべる。




 そしてティキ達はリディアの情報の元、ソーマの密売組織のアジトがあるストラムへと向かっていた。


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