Act35:仕組まれた事

 ――そこは黒い世界。


 周りには何もなく、ただ闇が支配する世界。そこに立つ一人の男、ティキ。


「ここは、なんだ?」


 ティキは辺りを見渡すが、無いも見えない。しかし、ティキは背後になにか温かいものを感じ、後ろを振り返る。そこには、銀色の光があった。ティキはまるでその光に誘われるかのように手を伸ばす。ティキの手が光に触れたときティキの耳に声が届いた。


 その声はやさしく、そして温かい。まるで母親のような存在だった。ティキはその声を頭ではなく身体で心で感じていた。光は徐々に大きくなりティキを包み込む。すると、今度はティキの耳にティキを呼ぶ声が聞こえた。ティキはその声に従い、意識を覚醒する。


「ティキさん! 良かった。アイシスさん、ティキさんが目を覚ましたよ」


 ティキは、まだ少し頭がボーっとしていた。そして、頭の中で状況を整理する。そして、何かに気が付いたのか急に身体を起こす。その瞬間ティキの身体に痛みと言う名の電気が走り、ティキは思わず身体をうずめる。


「ぐっ……、ルクス。オームは!?」


「ティキさん、水です。飲んで落ち着いてください。オームは倒しましたよ。ティキさんが倒したんです」


 そう言ってルクスはティキに水を渡す。


「俺が?」


 ティキは辺りを見渡す。辺りを見回して今自分がいる状況がようやく理解できた。ティキは身体の怪我をしている所を治療されていて、包帯等が巻かれている。そして、見覚えの無いベッドで寝かされていたのだ。周りにはルクスにアイシスがいる。そして、見知らぬ男が一人いる。


 そして、ティキはオームを倒した時のことを頭の中で必死に思い出そうとしていた。頭の中でうっすらだがその記憶が蘇ってきたティキはルクスに尋ねる。


「ルクス、リディアは?」


「彼女なら無事ですよ、たぶん……トイレです」


「……街は……ディセルパス国はどうなった?」


「今、ディセルパス国にて生存者の救出作業が行われています。今の状況は分かりませんが、昨日の話では生存者は数百人はいるそうです」


「……たった、数百人」


 ティキはその被害の大きさをその言葉だけで認識することが出来た。ディセルパス国の人口数などティキは知る由もないが、各サガルマータにて国と認識されるためには最低人数というものがある。ティキはその人数がどれくらいかは知っていた。生存者の数はその人数を遥かに下回る。単純な計算だ。


「くそっ! また守れなかったっ!」


 ティキは歯を食いしばる。その様子を見ていたルクスがティキに言う。


「ティキさん、確かに被害は尋常じゃありません。でもティキさんに責任はない。むしろティキさんは勇敢に戦い、そしてオームを倒した。ティキさんが倒せなければ被害はもっと酷かったかも知れません。冷たいようですが、これだけで済んで良かったと思うべきです。それだけあのオームの力は巨大だった」


 ティキは何も言わずに俯いている。手に持った水は少しも減ってはいない。


「ティキさん目が覚めたばかりで悪いですが、ティキさんに会ってほしい人がいます」


 ティキは顔を上げルクスの方を見る。その時、部屋に誰かが入ってきた。それはリディアだった。リディアは部屋に入るなり起き上がっているティキを発見し、ティキの元に駆け寄る。


「ティキ! 良かった、目が覚めたんだ」


 リディアはティキの手を握りながら言う。突然のリディアの行動にティキは驚き少し顔は赤くする。


「……ああ、リディアも無事でよかった」


「本当に心配したんだよ。ティキ一日半も眠ったままだったから、このまま起きないんじゃないかって」


「一日半……そんなに眠ってたのか」


「そうだ。ティキに会いたいって人が……」


「リディアさん、今からその話をしようとしていたところです」


 ルクスがタイミングを見計らって話しに入ってくる。


「ティキさん、彼がそうです」


 ルクスが手を向けた先には、先ほどから部屋にいた見知らぬ男が立っていた。黒い帽子をかぶり、サングラスをかけている。服装はスーツで、パッと見ると少し怪しい感じだ。


「ティキさん。はじめましてマイク・ヘレイムと言います」


 ティキは男の名前に少し聞き覚えがあった。ヘレイムという名前が気になっていたのだ。どこかで聞いたようなそんな微かな記憶。ティキは必死に頭を回転させ、思い出そうとするが思い出せない。そこにルクスが割り込む。


「ティキさん、彼がティキさんの依頼の目的です」


 その言葉にティキはハッとした。


「そうだ! ヘレイムさんの依頼。ヴィマーナ墜落事故で行方不明になった息子の捜索。アンタがその息子か」


「ええ、そうです」


 男は笑顔で答える。


「ん? でもなんで依頼の目的が自らここに?」


 そのティキの問いに後ろでやり取りを見ていたアイシスが答える。


「その男、今回の件のことについて知っているそうだ」


「今回の件?」


「ええ、ティキさん。驚かないで聞いてください。僕は、ヴィマーナ墜落事件の真相、そして、今回の巨大オーム出現の真相を知っています」


 その言葉にティキは驚く。周りのみんなは既に話を聞いているようで特に反応はしていない。


「どういう……ことだ?」


「僕はある調査でこの国に来ていました。それを調べられると言う事は彼等にとっては都合の悪いものです。ですが、それは人類に脅威をもたらすもの。誰かが真実を追究しなければなりません。僕はその脅威を知ったが為に彼等に殺されかけました。だから僕が乗っているはずのヴィマーナを墜落させて、全てを無に返そうとしたんです」


 ティキはようやく、手に持っている水を口へと運ぶ。マイクは話を続ける。


「ティキさんは今から一月ほど前に、各国の主要施設が潰された件を知っていますか?」


 ティキはそんな事件のことなどまったく知りもせず、ルクスのほうを見る。ルクスはティキの目線に気が付き話始める。


「一ヶ月ほど前、リシュアレス国の同盟国の内のいくつかの国で、政府主要施設及び高官の自宅が何者かに襲撃され破壊されるという事件がありました。各国の代表者である総師は会合を開き、それを阻止するためにある男を送り込みました」


「ある男?」


 ルクスはティキを見ながら話を続ける。


「ティキさん、あなたなら良くご存知のはずです。あなたのかつての”戦友”である。リクさんです」


 ルクスの口から出た名前にティキは驚く。それもそのはずである。ティキにとってリクは今でも親友であり、大切な仲間である。そのリクが国に利用された。それだけでも驚き、思考が回らなくなる。だが、リクの名前を聞いたティキはマイクやルクスから話を聞かずとも真相に近づくことができた。


「……星の導き」


 ティキの言葉にマイクは驚く。こちらから話さずとも真相を見抜いたからである。ティキはリクの性格を良く知っている。もちろん星の導きに対する恨みの深さも。それ故にリクが絡んでいる、それはイコール星の導きが絡んでいるということに繋がる。リクは自分の目的の為なら、利用されることも厭わないだろう。


「今回のオームも星の導きが絡んでるのか?」


「ええ、今回の事件は彼等の実験です。僕はそれを突き止めた為に殺されかけたんです」


「……実験?」


 ティキはマイクを見る。


「彼等の実験は今から、12年前に始まりました。全ての始まりは、あなたが経験した”悲劇の第九候補生事件”。あの事件で国の施設を襲撃した二人は実験の成果を見るモルモットだった。そしてあなた達は実験の良いデーターを取るためのカモだった」


 その言葉にティキは水を放り投げ、開いた手でマイクのスーツの胸元に掴み掛かる。


「カモだと! お前はあの事件でなにがあったかしらねぇからそんなことが言えるんだ!」


「知っています。調べました。あの事件での生存者は二人だけ、ティキさんあなたと、そしてリクさんだけです」


「俺が言ってんのはそんなことじゃねぇ! あの事件でどれだけの悲しみが、どれだけの憎しみがどれだけの血が流れたかお前はしらねぇって言ってんだ!」


 ティキはベッドから起き上がると、マイクをそのまま壁まで押しのける。マイクの帽子はその衝撃で転げ落ちる。それを見ていたリディアとルクスがティキを止めに入る。


「ティキやめて! あなたはまだ安静にしとかないと」


 ティキは息が上がっている。そしてゆっくりとマイクの胸元から手を離す。


「……すまねぇ。悪かった。つい……」


「いえ、僕も言い方が悪かったです」


 マイクは落ちた帽子を拾い上げると再び被り話を続ける。

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