Act27:登頂への挑戦

 地上より遥か上空まで伸びる土台。その土台の横をひたすらに落ちていく一人の男がいた。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁああ!!」


 落ちている男はティキだ。ティキは真っ逆さまに、アンクレストへと向かって落ちていた。


「くぅっ!」


 ティキは空中で無理やり体勢を変えると、腕を伸ばしサガルマータの土台に手を引っ掛けた。その流れで身体を反転させ、上にあった足を下へと持ってきて今度は、足をも引っ掛けて摩擦を利用して止めようとした。




 ティキの作戦は見事に成功し、無事に落下は止まった。だが、無理な方法で止めたのでティキの手や足はボロボロになってしまった。それでも、このまま落ちて死んでしまうよりかはマシといえばマシなのだが。


「痛ってぇぇぇ! くそっ。ルクスのヤロウ、上に戻ったらぜってぇぶっ殺すっ!」


 ティキは目に涙を貯めながら言う。そして、自分が落ちてきた遥か上空を眺める。そこには気持ちのいいくらいに綺麗な青空が広がっていた。


「くそ、絶対登りきってやる。その後は、ルクスを殺して晴れて自由の身に……」


 ティキは一瞬沈黙する。なぜなら、青空を見たティキは自分がこれから登らなければならない土台をも見たからだ。あまりの高さに1番先が見えない。これからティキは先の見えない土台を登り、遥か上空のサガルマータまで着かなければならないのだ。




 ティキは知る由も無いが(というか興味がない)、地上アンクレストから伸びる土台は中層のストラムを経てサガルマータに至る。その土台の高さには最低となる規定があり、どのサガルマータも一定以上の高さを保っている。その高さは、地上から15キロ以上である。それには理由がある。




 月のカケラの粒子は、地上より約8キロの地点にまで及んでいて、そこまではまさに死の世界なのだ。さらに、そこから3キロほど上がった10~11キロ地点にストラムがある。このストラムまではアンクレストには遠く及ばないものの、月のカケラの粒子が少し漂っている。さらにそこから5キロほど上がった地点にあるのがサガルマータである。サガルマータは言うまでもなく澄んだ空気を保持しており、月のカケラの粒子はまったく存在しない。




 よって、サガルマータは最低地上より15キロ以上の場所にある。だがそれは国によっては多少変わる。国によって大きさが違うように、高さも国によって違うのだ。ほとんどの国は規定の15キロよりも、さらに2~3キロ上空にサガルマータを造っている。つまり平均18キロほどということになる。高いものでは20キロ以上のものもあるが、それが特に国の強さと関わっているわけではない。(土台が造られてかなりの年数が経っているため)




 今ティキがいる場所は、月のカケラの粒子が少し漂う場所、恐らく地上8~9キロ地点である。ティキのいるリシュレシア国の土台の高さは約17キロであるため、ゴールであるサガルマータまで後9キロほどはあることになる。




 「ちっ、くそ。ルクスのヤロウにルナフォースを盗られてなけりゃ、もう少し楽に登れるんだけどな……。おまけにこの重しもやたら重いしな」


 ティキはルクスに対する愚痴を言いながらも、少しずつ確実に登っていた。先の見えない登頂に試されるのはその”精神力”。ティキの月の産物を取り上げたのも、重しをティキに着けさせたのも、ストラムへの入り口がない場所からティキを落としたのも、全てティキを強くするための布石。過酷な条件下でも、挫けない精神力と、諦めない根性。




 そして、なにより一瞬でも気の抜けない状況下での……死と直面した状態での、力の引き出し方を身体で覚えるため。ティキのようなタイプに口で説明しても理解など出来ない。こういうことは身体で覚えたほうが、確実でなおかつ忘れることも無い。




 そして、トラブルがあればあるほどティキは強くなる。つまり今ティキに起ころうとしていることは、ルクスにとっては予想外の幸運であり、ティキにとっては予想外の不運である。




 ティキの前に現れたのは、鳥系の姿をした巨大なオームだった。体長はゆうに5メートルはあろうか。それは月のカケラの粒子が漂う場所を優雅に泳いでいた。オームはティキの存在に気がつくと、ティキの周りを飛び始めた。


「オーム? くそ、なんだってこんな時に……」


 オームは加速をつけると、ティキに襲い掛かる。ティキはそれを間一髪で避けることに成功した。


「あっぶねぇー。くそっ、こんなとこでやられてたまるか」


 ティキは辺りを見渡す。そして必死に土台をよじ登る。ティキを追ってオームも上昇する。だが、ティキはそれを狙っていたかのように、土台から手を離すとオームの頭目掛けて落ちていった。




 オームが上昇するスピードと、ティキが落ちる落下速度、それにティキが身に着けている90キロもの重りが重なり、オームに与えた一撃は想像を絶するものだった。その一撃を喰らったオームはうなり声を上げながら落ちていく。


「あ……」


 オームの頭にいたティキはオームが落ちるのと同時に落ちていく。当然といえば当然なのだが。ティキはそのまま落ちていった。


「いってぇぇ……」


 結果としてオームの上にいたためオームがクッション代わりとなりティキは怪我を負うことなく、落ちることが出来た。これを不幸中の幸いというのだろう。落ちたのは地上アンクレスト。ティキは結局、土台の一番下。土台の立つアンクレストまで落ちてしまった。これで登らなければならないのは、約17キロということになる。ティキはそこから上空を見上げる。もはや空すら見えない。そこから見えるのは月のカケラの粒子のみ。




 なんども来たことがあるアンクレスト。だが、今ティキは月の産物もなく体力も削られている。それはティキにとって言いようの無い不安を与えていた。だからこそ、ティキは少しでも早くその場から離れたかったのかも知れない。そのため、ティキは周りをなにも見ることなく、愚痴の一つも零すことなく、すぐに再び土台を登り始めた。




 ――だから、ティキがソレに気がつかなくても不思議はない。




 再び登り始めたティキは、今度はまたオームに襲われることがないよう、せめて月のカケラの粒子がなくなるところまでは休まず登ろうと決めていた。そしてティキはそれを実行し、なんとかストラムがあるであろう付近まで登ってきていた。辺りはすっかり暗くなっている。




 ティキは、寝てしまってもその場から落ちないように、土台を少し削り窪みを作るとその場で器用に目を瞑って眠り始めた。よほど眠かったのだろうか、ティキは今の状況では考えられないほどにあっさりと眠ってしまった。




 そして、目が覚めると再び土台をサガルマータ目指して登り始めた。






 ティキのこれほどの検討を誰が予想しただろうか。それはきっとルクスですら予想していなかったはずだ。ティキは想像を超える体力と根性で土台を見事に登りきろうとしていた。所要時間僅か2日。病院を退院したばかり、途中オームに襲われたにしてはかなり上出来だろう。




 ティキは遂にサガルマータの地表に手を伸ばした。


「や……やったぞ。遂に登りきった……」


 ティキが登りきり這い上がろうとしたその時、ティキのとってありえないことが起きた。




「ワッ!!!!!」




 それはルクスの声だった。ティキが登りきる瞬間を狙っていたかのように、大声を出した。そのあまりもの大声に驚いたティキはせっかく掴んだサガルマータの地表から手を離してしまった。こうなるともう止まらない。ティキは再び真っ逆さまにアンクレスト目指して落ちていった。


「ルクスゥゥゥゥゥゥゥ!! 必ずてめぇをブチのめぇぇぇぇぇすぅぅぅぅ……」


 ルクスはティキが落ちていったアンクレストを見つめていた。


「ティキさんは元気ですねー。それにしてもたった二日で登ってくるとは、やはり僕の見込みに間違いはないようですね。再び戻ってくる時が楽しみです」


 そう言うと、ルクスはその場を後にした。


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