Act26:新たなる試練

 ルクスから出された課題を見事にクリアしたティキは、怪我もほぼ治り病院から退院した。だがティキはルティーには戻らずに、退院した足でルクスに呼び出された場所へと向かっていた。一方リディアもまたティキとは別の場所へルクスから呼び出され、その場所へと向かっていた。




 リディアが向かったのはとある施設。そこはドーム型で中はかなり広そうだ。どうやら昔はなにかの演習に使われていたようだ。だが今は誰も使用していない無人の建物だ。リディアはルクスに言われた時間にその場所へとやってきていた。リディアが到着するとすでにルクスは到着していた。


「やぁ、リディアさんお待ちしてましたよ」


「こんな所に呼び出して一体なんなの?」


 ルクスは顔に笑みを浮かべる。


「やだなぁ、決まってるじゃないですか。あなたを強くするための特訓ですよ」


 リディアは無言にルクスをしばらく見ると口を開いた。


「ねぇ、ルクスさんちょっと聞きたいんだけど、どうしてあたしまで鍛える必要があるの?」


「え? はは……まさかそんな質問されるとは思わなかったなぁ」


 ルクスは少し苦笑いを浮かべている。


「もちろん、これからはあなたの力も必要だからですよ。それに……あなたの目的のためにも、強さは必要なはずですが……」


 リディアはその言葉に反応する。


「僕は自分が関わることに関しては、なんでも知っておかないと気が済まない性質たちでして、ティキさんのこともあなたのことも失礼だと思いながらも、勝手に調べさせてもらいました。あ、とは言っても僕は口が堅いですから、誰にも言ったりはしませんから安心してください」


「……あまりいい趣味とは言えないね」


「よく言われます。まぁそれではさすがに不公平なので、少し僕のこともお話しましょうか?」


 リディアはなにも言わずにルクスのほうを見ている。




「僕は今は亡きある国の傭兵でした。そして今は、リシュレシア国の隠密部隊……つまりスパイです。僕の持つ月の産物”リーゼ”は傭兵時代に受け取った物です。僕の目的はお金。それは、弟を探し出すためです。僕の弟とはまだ幼い時に生き別れました。探すにしても資金もなかったので、お金のいい傭兵をやっていました」


「それがどうしてスパイに?」


「さっきも言ったように、傭兵をやっていた国は滅びました。今のルーファは一見すると平和に見えるが、100を越えるサガルマータは小国から大国まで様々、発展途上の国や廃れる国、そして滅びる国もあります。僕がいた国は弱かった。だから戦争に負けて滅びました。傭兵とは言え極刑は免れない状況からこの月の産物のおかげで助かりました。このリーゼは、高速移動用の装備の片割れなんです。そしてそれを買われ、この国のスパイとなりました」


 リディアは少し複雑な気分となった。なぜなら過程こそ違えど、その経緯はまるで自分にそっくりだからである。この男ルクスも大きな過去を持っている。そしてそれが彼を強くしている理由なのだとリディアは思った。だがその一方でリディアは疑問を感じていた。嘘はついてはいない、だがまだなにか本当の肝心な部分を隠している。そんなただの勘にも似た程度の疑問。


「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか? ついて来てください」


 ルクスはそう言うと施設の中へと足を踏み込んだ。リディアも言われるがままルクスに続く。




 施設に入ると、中は予想通りとても広かった。だが、その広場にはなにやら見慣れぬ物がたくさん置いてある。リディアはそれがなんなのかまったく予想できなかった。


「ねぇ、これは一体……」


「リディアさん、あなたには今からここで次の試練を受けてもらいます」


 そのドームの中には、鋭い鎌やら、高低差の大きな坂、抜けるのが難しそうな難解な罠とも取れるようなものがたくさん置いてあった。一言でいうならアスレチックのようなものとでも言うべきか。しかし、子供の遊ぶようなものではない。もし、一瞬でも気を抜けば怪我では済まない様な仕掛けばかりだ。


「このスタート地点からゴールまで約200mあります。目の前にあるこれらの仕掛けを全てクリアしてください。制限時間は30秒です。もちろん30秒を越えられるまで何度でも挑戦してもらってかまいませんが、見てもらったら分かるように、一瞬でも気を抜けば死んでしまってもおかしくないほどの仕掛けばかりです」


 リディアはそれらの仕掛けと、ルクスの提示した条件を聞いて冷や汗をかいていた。これだけ張り巡らされた仕掛けの中を掻い潜り、30秒以内にゴールに着かなければならないのだ。しかも目に見えてる仕掛けだけとは限らない。見えないところにどんな仕掛けがあるのかも分からない。


「それじゃあ、僕はティキさんのところに行くので死なないように頑張ってくださいね。見事クリアできたら僕の携帯に連絡ください。あ、それとリディアさんの月の産物をしばらく僕に預けてもらえませんか?」


「え?」


「心配しないでください。ちゃんとお返ししますよ。この試練が終わるまで間お預かりするだけです」


 リディアは少し納得していなかったが、ルクスを信じ月の産物を渡すことにした。


「それじゃあ、がんばってくださいね」


 ルクスは相変わらずの笑顔でそう言うと、リディアを一人にしてその場から去っていった。一人残されたリディアは再びその仕掛けに目をやる。


「強くなるため……か」












 一方、ティキはルクスに呼び出された場所まで来てルクスを待っていた。ルクスがリディアのところに寄ってからティキの元に向かってることなど知らないティキはいつまで経ってもこないルクスに対して少し苛立ちを覚えていた。




 そんなティキの前にようやくルクスがやってきた。顔は相変わらずの笑顔だ。ティキはルクスのその表情を見て、怒りが爆発した。


「てめぇ、人をさんざ待たせといてなんだその笑顔は?」


「あはは。僕のこの顔は生まれつきですよ。ティキさんこそ怒ってばかりいると、怖い顔になりますよ」


 ティキにとってルクスは、なにかと癇に障る男のようだ。男同士互いの縄張り内にいると警戒しあうのだろうか。そんなティキの気持ちを無視してルクスはさっそく話しを始める。


「さて、ティキさんにわざわざここまで来てもらったのは他でもありません。次の試練です」


 ティキが呼び出された場所。それは、サガルマータの先端。そう島の1番端っこである。もうティキの立つすぐ後ろは、遥か下まで続くアンクレスト。落ちればもちろん命はない。本来この場所は立ち入り禁止区域。サガルマータの端から50メートルは安全の為、全面的に立ち入り禁止区域となっている。


「試練? こんなところでか? てか俺退院したばっかだぞ」


「ふふ、ティキさんほどの体力と根性の持ち主なら問題ないはずです。どうぞ、これを着用してください」


 そう言ってルクスが渡したのは、ベストと腕と足につけるバングルのようなもの。ティキはそれを受け取った瞬間、あまりの唐突な出来事にそれを落としてしまった。そう、その予想外のあまりの重さにだ。ティキが落としたベストとバングルは土の地面にめり込んでいる。


「これは?」


「ご覧の通り重りです。ベストは50キロ。手足のバングルはそれぞれ10キロあります。合計で90キロの重りですね。まぁとりあえず付けてみてください」


 ティキは疑問に思いながらも、ベストとバングルを身に着ける。


「あ、着用するのに首から提げてる月の産物は邪魔でしょう。ちょっと預かっておきますよ」


 そう言って手を差し出すルクスにティキは思わず月の産物を渡す。そしてベストとバングルの着用が終わったティキは立ち上がる。さすがに慣れていない重さのため、立ち上がるのに一瞬よろけてしまった。ティキが立ち上がるのを待っていたかのようにルクスが再び話し始める。


「ところでティキさんは、こういう言葉をご存知ですか?」


 ティキは突然の質問に疑問を抱きながら、ルクスのほうに耳を集中させる。


「獅子は我が子を谷底へ突き落とし、自力で登ってきた強い子獅子だけを育てるという言葉があります」


「あー、なんか聞いたことあるな」


「そうですか。それなら話は早いです。じゃ、がんばってくださいね」


 ルクスは笑顔でそう言うとティキの肩をポンッと押す。不意をつかれたティキは、そのままよろけて後ろへ下がる。次の瞬間にティキは自身の足が地面を捉えていないことを認識した。


「なっ……」


 ティキの視界には笑顔でティキを見ているルクスから、やがて空へと移り、ついには遥か下に見える月のカケラの粒子が形成する雲を捉えていた。


「なにぃぃぃぃぃぃいいいいっ!! ルクスてめぇぇぇぇぇええええ、ぶっ殺すぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 ものすごいスピードで落ちていくティキの声は、やがてルクスの耳から遠ざかっていった。ルクスはそれを確認すると笑顔で二回頷いた。


「ティキさん、がんばってくださいね。さて僕は僕でやらなければいけないことをやりますかね」


 そう言うとルクスはその場から去っていった。


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