Act25:パズルの意味

 ルクスによって大怪我を負ったティキは、病院での入院を余儀なくされた。だがルクスの提案で、入院している一ヶ月の間ルクスの持ってきたジクソウパズルでの謎の特訓を開始することとなった。ルクスが要求したのは500ピースのパズルを3分以内に完成させること。


 それは僅か1秒の間に、3つもピースを正確に置いていかなければ完成しないほどの難関だった。ティキとリディアは共にルクスの出した謎の特訓を開始した。




 ティキとリディアは互いに悩み、試行錯誤し少しずつではあるがその目標に達するためのコツを掴んできていた。そしてついにルクスが出した期限である一ヶ月が経とうとしていた。


「やぁ、お久しぶりです。ティキさんリディアさん。元気にしてましたか?」


 にこやかな笑顔で病室に入ってきたのは、ルクスだった。相変わらずの笑顔で、気の優しそうな風貌は変わっていない。ルクスがここに来たのは実に一ヶ月ぶり。以前ティキ達にジクソウパズルの特訓を開始させたあの日以来である。


 ルクスは入るなりティキの怪我の具合を尋ねる。


「どうですか怪我のほうは?」


 ティキはベッドから起き上がり、身体を捻りストレッチを始める。


「ご覧の通りもう完璧に治ったぜ。ほんと一ヶ月も入院しなきゃならないほどの怪我を負わせやがって」


「あはは、まだ言ってるんですか? 結構ねちっこいんですね」


 その言葉にティキは怒りを表す。ルクスはその見た目とは裏腹にたまに言葉に毒がつく。しかも本人はその気がまったくないのだからはっきり言って性質たちが悪い。それもルクスの特徴の一つだと思えば仕方がないことなのだが。




 二人の言い争いを見ていたリディアが二人の間に割って入る。


「ちょっと、二人共ここは病院なんだから暴れないでよね。それにルクスさんは他の用事があってきたんでしょ?」


「あ、すいません。忘れるところでした」


 そう言うとルクスはティキによって倒されていた身体を起こすと手で身体から埃を払う。


「それでどうなりました? 僕が与えた特訓の成果は?」


 その言葉にティキは一瞬リディアのほうを見る。リディアもティキのほうを見ていたようで二人の目が合う。その次に二人の視線はルクスのほうに行く。


「ばっちしっ!」


 ティキは腕を伸ばして、親指を立ててオッケーのポーズを取る。ティキの顔もまた自信に満ち溢れていた。ルクスはその回答に相変わらずの笑顔で言う。


「そうですか。では見せていただきましょうか?」


「ああ、いいぜ」


 ティキはジクソウパズルを目の前の机に置くと準備を整えた。


「さぁ、いつでもいいぜ」


 ルクスは手にストップウォッチを持っている。そして親指で押す準備を整えるとスタートの合図をした。それと同時にストップウォッチの時計が動き出す。そしてルクスの目の前ではティキがいままでに見せたことがないスピードで次から次へとピースを所定の位置へと置いていく。その早さはまさに”技”の域に達していた。そして、ティキは最後のピースを置きパズルを完成させる。


「タイムは?」


 ルクスはストップウォッチで完成までのタイムを確認する。


「2分23秒……。これは驚きました。僕が指定した時間を30秒以上も縮めるなんて」


「あー俺のベストタイムより10秒くらい遅いな。まぁちっとミスったかな?」


 ティキは勝ち誇ったような表情でルクスに言い放つ。横で見ていたリディアが咳をし、自分に注目させる。そしてリディアもティキに負けず劣らずの早さでジクソウパズルを完成させていく。


「リディアさんのタイムは2分31秒。これまた凄い」


「嘘。ティキに負けたのか。悔しい……」


 リディアは悔しそうな表情でティキを見る。それに気がついたティキはリディアのほうを見て腕を組み、勝ち誇った態度を取る。


「いやいや、お二人共素晴らしい。まさか本当にこの一ヶ月でこの特訓をクリアするなんて。さすがに僕が見込んだだけのことはあります。それじゃあ肩慣らしはこのくらいにして本番に入りましょうか?」


「は?」


 ティキもリディアもルクスの言葉の真意が掴めない、というような顔でルクスを見る。ルクスはそんな二人を尻目に持ってきたジクソウパズルを出す。そのジクソウパズルは同じ500ピースではあるものの一ヶ月間二人が取り組んできたパズルとはまったく絵柄が違った。


「それじゃあティキさん、リディアさん。どうぞ始めてください」


 ルクスは笑顔で言い放つ。


「え? ちょっと待てよ。これが本番? 絵が違うんだけど」


 ティキは恐る恐るルクスに訪ねる。


「え? 絵なんか違って当然でしょ? さぁどうぞ」


 ティキとリディアはそのパズルを見て思わず息を呑む。絵が違うまったく始めて触るパズル。それを3分以内に完成させる。いままでやってきたパズルは最初完成させるのに何十分もかかったのにだ。その二人の表情を見てルクスが言う。


「なにを恐れてるんですか?」


「だって……なぁ?」


 ティキはリディアのほうを見て同意を求める。


「僕が言った課題をクリアしたんです。絶対出来ますよ。自分を信じてください。自分で自分の力を疑ったら、誰が信じてくれるんですか?」


 その言葉にハッと気がついたかのように、ティキはルクスが新たに持ってきたパズルを手に取る。


「そうだな。俺が自分の力を信じねぇでどうすんだ。やってやる」


 そう言うとティキは箱を開け準備を整える。


「よし、いつでもいいぜ。はじめてくれ」


「じゃあ、いきますよ。はじめっ!」


 ルクスのスタートの合図と共にティキはパズルを手にとり、パズルを完成させるために動く。




 開始してすぐにティキは直感的に違和感に気がついた。今始めて見る絵柄。はじめて触るパズル。どこになにがあってどの位置に置けばいいかなんて知るはずも無い。だがティキは、直感的にいや直感すら凌駕する感覚でそれを成し遂げていく。ティキ自身自らの身体の一部であるはずの手を腕を脳を疑うほどの動き。まるでいままで何十回も何百回もこのパズルを完成させたかのように、手は自然とパズルを完成へと導く。




 そして遂にティキは最後の1ピースを置き、パズルを完成させた。完成した後、目の前に広がる光景に驚いたティキは一瞬沈黙するが、すぐに我に返りルクスに聞く。


「タ、タイムは?」


 ルクスは顔に笑みを浮かべるとストップウォッチをティキに見せる。


「に……2分32秒……」


「えっ!? ちょっと見せてよ」


 リディアはティキの口から零れるように出たタイムに驚き、ティキの持つストップウォッチを取ってそのタイムを見る。そしてそのタイムが嘘偽りないティキが出した正真正銘の記録であることを痛感した。


「分かりましたか? 僕がこの課題を出した本当の意味が。はっきり言って普通にやればどんなに早くても500ピースを3分でこなすことなんて出来ません。例え絵柄を全て完璧に覚えていたとしてもです」


 ルクスはピースを一つ手に取る。


「このパズルの本質はそんなところにありはしない。このパズルによって鍛えられたのは空間認識能力と瞬間判断力、洞察力。総じて言えば”臨機状況応用力”。これはこと戦闘に置いては非常に重要です。未知数である敵の力にどれだけ早く対策を立て、それに順応出来るかそれがこの課題の最大の目的です。あなた達は僕の言う課題を見事にクリアした。それは、総じて僕の言う応用力が高くなったということです。だから今のあなた達にとっては絵柄の違うだけのパズルなんてなんら問題ではありません」




 ティキはルクスの説明を聞いて妙な納得感を持っていた。自身が体験したことと合わせても余りあるルクスの説明。それはティキがピースを手に取った瞬間感じた違和感。最初にルクスから預かったパズル。3分を切るのに何千回も完成させた。その経験と感覚がティキに確かな手ごたえを与えていた。




 これこそが強さの基礎となり、最も大事な要素である”経験”。それをティキは身体全体で身に染みて、決して消えないほどに痛感した。それと同時にティキはこのルクスという男が、想像以上に只者ではないということを感じていた。




 ――これもまたティキの経験からくる答えの一つ。

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