Act20:試す者と根性

「はぁー。シャワーは気持ちいいなぁ」


 ティキはトイレと一体になっているシャワールームから出てきた。下には黒いズボンを穿いているが、上半身は裸だ。肩からタオルをかけて濡れた銀色の髪を拭く。


「ん?」


 シャワールームから出てきたティキは、机の上に白い紙が折りたたまれて置かれているのを見つけた。机の上に置かれた白い紙を手に取るとそれを広げる。そこには”深夜一時。リームベルト国公立公園に来たれ”とだけ記されていた。


 その時ティキは紙の下にお金が置かれていることに気がついた。


「金? 依頼か?」


 たいした疑問を抱かなかったティキだが、何者かも分からず、どうしてかも分からずお金が置かれていることを気持ち悪く感じたのか、とりあえず紙に書かれている時間に記された場所に行って見る事にした。






 ――深夜一時、リームベルト国公立公園。




 指定された時間にやってきたティキは、一通り公園を見渡せる高台にやってきた。深夜であり人気はない。しかしよく見ると二十四時間明かりが点いている照明の下に一人の人物がいることに気がついた。その人物が紙を置いていった人物だと思い、その人物のいるところへ歩いていった。


「おーい。あんたか? この紙と金を置いてったのは」


 自分の声が聞こえるであろう距離まで来たティキは、その人物に話しかける。しかしその人物はなにも答えずしばらく沈黙しティキを見る。


「すいません」


 その人物の声が聞こえたか聴こえなかったという最中、その人物は爆発のような砂煙と共にティキに迫ってきた。あまりの咄嗟の出来事に、ティキは避けることが出来ず腕で相手が繰り出してきた拳を受け止めるので精一杯だった。しかしその衝撃は、それだけでは押さえ込むことが出来ずティキは身体ごと吹き飛ばされた。




 土ぼこりを上げ地面を陥没させながら、地面との摩擦によりティキの身体はようやく止まった。ティキは身体を走る痛みを堪え身体を起こしながら言う。


「ぐっ……いってぇな。いきなりなにしやがるっ!」


「なかなかやりますね。不意打ちであったはずのパンチを受けるとは」


 そこにいた男は薄く笑みを浮かべながら言う。近くまできてやっとその男の姿をはっきり確認できた。男は自分の黒い長めの髪を後ろで縛っている。額を開け、見た目は感じが良さそうで気の優しそうな風貌だ。だが、そんな見た目は人を見極めるのに何の役にも立たないとティキは思った。


「パンチ? なに言ってやがる。いまの攻撃、お前は拳を突き出していただけだろ。実際に攻撃の要となったのは、お前のその左足につけてるそれ。俺の月の産物が共鳴してるってことは、それも月の産物か?」


「なるほど。今の動きだけでそこまで見破るとは。なかなか良い洞察力をお持ちのようで。しかしそれだけです。あなたは、僕の攻撃を理解しても避けることは出来ない。なぜなら身体がついていかないから。受けることは出来ても避けるのは不可能です」


 そう言うと男は、ティキの元へとその脚を使って急激に間合いをつめる。ティキはそのあまりに早い動きに対応しきることが出来ず、再び男の拳を喰らってしまう。だがまともに喰らった訳ではなくすぐに起き上がる。だが、すでにそこに男の姿はなくティキの死角から再び拳が飛んでくる。目の端でそれを捕らえたティキは、その攻撃を受けることが精一杯で、避けることもましてや反撃など不可能だった。




「無駄です。それが今のあなたの限界です」


「く、うるせぇ。勝手に限界なんて決めるんじゃねぇよ」


 男はティキの言葉を聞き終わると、同時に再びティキの元へと脚を使い詰め寄っていく。だが、ティキもいつまでもやられっぱなしではなかった。月の産物を使い剣を地面へと突き刺すと、伸ばして空中に回避したのだ。


「まるで子供ですね。上空に逃げれば余計に動くことは出来なくなりますよ。なぜなら、あなたは上から下に落ちるしかありませんから」


 ティキは突き刺していた剣を元に戻すと、重力に引かれ地面に落ちていく。男はティキが空中で動けない隙を突き、ティキを追う形で攻撃体勢に移る。


「確かに俺はただ落ちるだけだ。だが落ちるだけの俺を追ってくるお前は、ただ上に向かってくるだけだ。攻撃の軌道さえ限定してしまえば迎え撃つのは簡単だ」


 ティキは笑みを浮かべながら、剣を大きく振りかぶる。ティキの狙いに気がついた男は、すでに上空へと飛び上がっていたため、咄嗟に攻撃体勢から防御の体勢へと変えようとしていた。だが、それは間に合うことなくティキの剣がその男を捕らえた。




 振り下ろされた剣は凄まじい衝撃音と共に、そのまま地面をも切り裂き大きく土ぼこりを上げる。よく見ると少し地面にも亀裂が入っている。ティキがどれだけの力を込めて振り下ろしたのかが伺える光景だった。だが、ティキ自身には手ごたえはなく、行方の消えた男の気配を追って辺りを見回した。


 土ぼこりが晴れ、男の姿が見え始める。男は左の二の腕に少し傷を負っている様だ。


「驚きました。あなたは僕が思っていたよりもずっとやるようです。洞察力もさることながら、状況を瞬時に読み取り、その情報から適切な道を導き出す状況適応力も高いようです。それだけに残念です。今のあなたの実力が……」


「へっ。俺の攻撃を喰らっといてよく言うぜ」


 ティキは虚勢を張りはしたものの男の傷から、ダメージなどまったくないということは分かっていた。だが、それでも気持ちで負けるわけにはいかないと思っていた。その瞬間、再び男は凄まじい速度でティキに迫る。さきほどの応用でティキが再び上空に飛び上がろうとした時、ティキの背後から声が聞こえティキの身体は止まった。


「無駄です」


 ティキがその声に導かれ振り向こうとした瞬間、ティキの頭に衝撃が走り身体ごと吹き飛ばされる。ティキは遥か先にあった木のところまで飛ばされ、木にぶつかったことでその身体は止まった。ぶつかった木からは木の葉が舞い散る。舞い散る木の葉の隙間から見える男は、ゆっくりとティキに迫ってきている。


「今度は、月の産物を利用したただのパンチではありませんよ」


 ティキは気を失いそうな痛みに耐え、男のほうを見る。


「月の産物を利用した月の産物による蹴りです。威力は段違い。スピードも上がってます。今のあなたでは捉えようのない攻撃です。ですが、あなたの闘いに関する潜在力センスは素晴らしい。僕よりも遥かに上です。あなたはまだまだ強くなる」


 そう言うと男は、ティキに背を向けてティキから離れていく。だが男は脚を止めた。背後に気配を感じたからだ。男はその気配に振り向く。そこには、相当なダメージを受けてるはずのティキが立ち上がっていた。


「待てよ。今の攻撃でまさか俺を倒したつもりか? あんな攻撃、蚊がとまったのとかわらねぇぜ」


「そんな挑発には乗りませんよ。今は無理に動かないほうがいい。命に関わりますよ」


「うるせぇ。お前のほうが強いっていうなら俺を負かせてみろよ。俺はまだノーダメージだぜ」


 男は、身体ごとティキのほうに向けるとティキの元へと歩み寄ってきた。


「いいでしょう」


 男は、月の産物で地面を蹴りティキに一瞬で詰め寄る。目にも止まらぬそのスピードのよる攻撃は、ティキの顔面を捉えるそれと同時に後ろにあった木ごと吹き飛ばした。木は折れ、ティキはその遥か先まで飛ばされる。土けむりが晴れると再びそこにはティキが立っていた。


「き……きかねぇな。そんな甘い攻撃じゃ、俺にダメージは与えられねぇぜ」


 ティキの顔からは血が出ている。そして目の辺りも腫れている。口の中も切り、土が入り口の中は血と土が混ざって泥のようになっていた。もうはっきり言ってボロボロだ。


 男は再びティキに迫ると、ティキの頭に月の産物による攻撃を与えた。ティキは再び吹き飛ばされるが、すぐに起き上がる。そして再び男の攻撃がティキを襲う。何度も何度も……。




 時間にしてもう三時間は越えているのだろう。空が少し明るんできた。それでもティキは、何度も蹴られ何度も起き上がる。もう顔の腫れは相当ひどい。立っているのが奇蹟的なほどにティキはダメージを受けていた。脚がよろつきうまく立てない。もはや闘争心だけで立っているようなもの。


「く……、どう……した? もう……終わりか? 俺は……全然ダメージを喰らってないぞ」


 ティキは笑みを見せてるようだが、顔の腫れが酷すぎてよく見て取れない。男は、そんなティキの姿を無言で見ていた。すると、男はいままでとは違う構え方をした。


「……どうやら僕は勘違いをしていたようです。前言は撤回しましょう。あなたは強い。もう手加減はしません。次は本気でいきます。ただし、その結果あなたが死ぬことになっても僕を恨まないでくださいね」


「フンッ。やっと、本気か……」


 男は、いつも以上に脚に集中し脚に力を入れた。そしていつもよりも遥かに踏み込んだ。そのあまりの力強い踏み込みに地面に足の形が残るほどだった。その威力をそのままティキの頭に叩きつけるように猛スピードで男の蹴りがティキに迫る。いままで避けることすらできなかった攻撃の何倍ものスピードで迫ってくる。もはや目の端ですら捕らえることは不可能だ。男はそのスピードのままティキの頭に蹴りを入れる。




 しかし、その蹴りは手ごたえを得ることなく空を切る。それはティキの頭のすぐ上をかすめていた。男が蹴りを当て損なったのではない。男は避けられたことに驚き、そして悪寒を感じる。これほどの本気の攻撃、当然避けられるとは思っていなかった。避けられれば攻撃の威力に比例して隙が大きくなる。男は自分の攻撃の最大の弱点を熟知していた。


 男はティキの髪の隙間から鋭い視線を感じた。ティキの金色に輝く目が、男の身体をまるで金縛りにでも合ったかのように硬直させる。男はこの時本気で殺られると感じただろう。




 しかし、結果として男はなにも反撃されることなく地面へと降り立った。男はそのことに驚き咄嗟に身体を引いてティキのほうを見る。そこに立っていたはずのティキの姿はなく、視線を下にやるとティキがうつ伏せに倒れていた。


「……気絶?」


 男はしばらく沈黙し考える。男の額からは汗が流れ出ていた。


「違う。彼は、気絶したことで攻撃を避けれたんじゃない。攻撃を避けた後に気絶したんだ」


 そのように考えなければ、先ほど感じた激しい悪寒と殺気に満ちた視線の説明がつかなかった。男は、額から流れる汗をふき取る。


「末恐ろしい男ですね。確かにあなたなら僕の相棒に合ってるかもしれません」




 男は、気絶しているティキを抱きかかえると木を背もたれとして座らせた。そして、ズボンのポケットから携帯を取り出しどこかにかける。


「あ、もしもし。僕です。あー。すいません。遅くなっちゃって、想像してたより彼が強くて手こずってしまいました。今、木の前に座らせてありますから早く迎えに来てあげて下さい。はい。では」


 男は携帯を再びポケットへとしまうと、再びティキのほうを見る。


「お疲れ様です。あなたは合格です。今は、ゆっくり休んでください。それでは」


 男は笑みを浮かべそう言うと、乗ってきていたリバティーに乗り公園から去っていった。




 見ると、朝日が差し込んできている。その陽ひの光が、ボロボロになり気絶しているティキの身体を癒すかのごとく照らしていた。

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