Act18:追憶のヒトカケラ

 そこは、多くの木々に囲まれた小さな湖だった。木々の間からは、幻想的な太陽の光りがまるでカーテンが揺らめくように差し込んでいた。その光りは、湖に張る水にも反射して、水の揺らめきを演出していた。そこの湖のほとりには大きな木があった。木は根っこの一部が地面から露出し、地面と根っこの間には小さな隙間が出来ていた。小さな子なら入れるくらいの隙間だ。


「あったー!」


 木の隙間に見える穴の奥から元気で幼い声が聞こえてきた。その声のすぐ後に隙間の穴から小さな少年が這いずるように出てきた。その手にはなにやら美しくやさしい輝きを放つ石が握られていた。石は小さな少年の手に納まるほどの大きさだが、石が放つその輝きは、その手からもれているほど力強かった。




 ――小さな少年の名前は”ティキ”という。




 ティキは、嬉しそうにその光り輝く石を眺めていた。ティキは眺めているとまるでその光りに吸い込まれるようだと感じた。そしてティキはその輝く石を服のポケットに入れようとした……が、それは出来なかった。ティキの小さな身体は浮遊感を感じた。いや、足は確かに浮き上がってはいるのだが、手は明らかに痛いくらいの強さで捕まれている感覚があった。ティキは浮いている足に目線をやっていたが、手の感触を確かめるために目線をその手の先にやった。




 手は、確かに捕まれていた。ティキの手首を遥かに覆いつくすほどの大きな手が掴んでいたのだ。つまりその手の主がティキの身体を空中へと浮かせていたのだ。ティキは、その相手が誰かを見るために、目線を手に沿って移動させた。それを見たティキは愕然とする。




 それはティキよりも、いや普通の大人の男より遥かに大きな身体をした大男だった。肩からは黒いマントを羽織り、頭には変な角のようなものが左右から2つ生えた帽子のようなものを被っていて、顔を見ると、ヒゲを生やしていた。しかもかなり伸ばしている。ヒゲの先端は喉の下の鎖骨あたりまで達している。ティキはそれを誰かを知っていた。ティキだけではない。この辺りに住む人間なら誰もが知っている男だった。


「ドン!」


 ”ドン”それが大男の名前だった。ドンは、この近くにあるスティラの村を中心として、動いている山賊で、この辺りでは有名な悪党だった。大人たちは誰もがドンを恐れ、手を出せないでいた。それはドンの身体の大きさに圧倒されるばかりではなく、ドンがいつも背中に担いでいる大型の斧だった。まさに『鬼に金棒』だ。身体の大きさに巨大な武器、この二つを持ってドンはこの辺りを完全に支配していたのだ。ティキも幼いながらにそれを知っていた。ドンはティキの持っている輝く石を、手を無理やり開いて奪いとった。


「おお! 間違いねぇ、”月のカケラ”だ!」


 ドンは、大男に抱いているイメージ通りのものすごく低い声で、しかしとても大きな声で言い、その”月のカケラ”という光り輝く石を天に向けて見ている。石の光りは太陽の光りを受けてより一層強く光り輝いているようだった。ドンはティキの手を突然離したため、空中に浮いていたティキの身体はなんの防衛反応を取ることも出来ずに地面へと落ちていった。そのため、ティキはしりもちをついてしまった。ティキは思わず”痛っ!”と声を上げたが、次の瞬間には、ティキは遥か頭上にあるドンの顔を見ていた。


「返してよ! その月のカケラは僕が見つけたんだ!」


 ドンはその声に気が付いたのか天の掲げていた手を降ろし、ティキのほうを見て、睨みを効かせた。その顔に恐怖を感じたティキは目線を逸らし、俯いてしまった。それを見たドンは、”フンッ!”と鼻で息を吐き、力強い大きな足でその場から去って行った。




 ティキは、その場で座り込んだまま力なく泣いている。目からは大粒の涙を零している。しばらくして、ティキは泣きながら立ち上がり、トボトボと肩を落として下を向いたまま歩き始めた。歩きながら、ティキは昔のことを思い出していた。二年前のことを。




*****




「ティキ! また泣いてるのか!」


 ティキの前には大人の男が立っている。その力強い声は、怒りを含んでいるようだ。


「だって、みんながイジメるんだもん」


 ティキは肩を落とし、下を向いたまま泣いている。顔には叩かれた後だろうか、少し腫れている。


「どうして、やり返さないんだ? そんなんだからいつもイジメられるんだ!」


「だって、痛いのは嫌だけど、僕は弱いからすぐにやられちゃうよ」


 男は、しばらく黙り込んだ後、軽くため息を吐き、ゆっくりしゃがみながらティキの両肩に両手を置いた。そして”ティキ”と一言名前を呼んで、ティキを自分に振り向かせた。ティキと男は目がバッチリと合った。


「ティキ、お前は弱くないぞ。おまえは強い子だ」


 先ほどまでの怒りを込めた声とは違い、とてもやさしい、しかしさっきよりも力強い言葉で男はティキに語りかける。


「もっと勇気を出せ、おまえは強い子なんだから」


 男は微笑んでティキの眼をしっかりと見ている。ティキはそれを見て、元気が出てきた。そして、力強く頷き言った。


「ありがとう! お父さん!」




*****




 ティキは、まだ泣きべそを書いて木々に囲まれた道を歩いていた。


「お父さんの嘘つき、僕はちっとも強くない」


 ティキが泣きながら独り事を言っていると、ティキの前から深くフードを被った男が歩いてきていた。しかし下を向いているティキはそれに気が付いていない。


「どうした? ボウズ」


 その男の発した言葉により、ティキはようやくその男の存在に気が付いた。男と眼が合うと、涙を流していることに気が付き袖で涙を拭う。涙を拭い終わったティキはもう一度男の顔を見る。よく見るとその男は深くフードを被っている赤髪の男だった。深くフードを被っているため顔は確認できない。背中には立派な剣を背負っている。


 ティキは、なぜかこのフードを被った男には話していいような気がして、その場で立ったままことの内容を話した。フードを被った男も同様に立ったままティキの話を聞いていた。


「なるほどな、酷いやつだな」


 話を聞き終わった男は軽く呟いた。フードの男はドンのことを知らないようだった。ということはこの近くの者ではないということだ。ティキは、また俯いている。


「ボウズ、月のカケラを取り戻しにいくぞ!」


男はいきなりティキに向かって言った。ティキはその言葉に驚いて顔を上げて男のほうを見た。


「え? 取り返しに行くって?」


「もともとはボウズが見つけたやつだろ? それを奪われたんだ取り返しにいくのは当然だろ?」


「で、でもドンにかなうわけないし……」


 それを聞いた男は、一度息を吐きティキに向かって言った。


「ボウズ、自分の力を信じろ! 大丈夫だ。おまえは強い子だ」


 その言葉にティキはハッとした。昔、姿を消した父親が言っていた言葉『おまえは強い子だ』。ティキはかつての父親の姿を思い出していた。ティキは決心したように、大きく頷き男のほうを見た。


「それでこそ男だ! 俺はアカガミと呼んでくれ。ボウズ、名前は?」


 ティキはその言葉に、大きく息を吸いその酸素を全て言葉に変えて吐き出すかのように大きな声で答えた。


「ティキ!」


 ティキはアカガミを連れて、ドンのアジトの前まで来ていた。


「ここがドンってやつのアジトか?」


 ティキはその言葉に頷く。


「よし! じゃあ乗り込むぞ!」


 ティキは大きく頷いたが、内心怯えていた。ドンから月のカケラを取り戻すと決めたもののやはり怖い。そんな感情がティキを支配していた。そのため、アカガミがアジトに向かって歩きだしているのに気が付くのが遅れて、走ってアカガミの後ろについた。


 ドンのアジトに入ったアカガミは、背中にあった剣を手に取った。奥へと進むと、広い部屋が見えてきた。そこには、金銀財宝と豪華な装飾品が置いてあった。山賊行為や民家から奪ったものだろう。  


「だれだ? 貴様等?」


 部屋に突然、低い声が流れた。部屋の奥からドンが出てきたのだ。ドンは2人の姿を見つけ威嚇するかのように睨んできた。


「お前がドンか? お前に奪われた月のカケラを取り返しにきたんだ」


 ドンはその言葉を発したアカガミを横目にティキを見た。


「さっきの泣き虫のガキか」


 ティキはその言葉に反応し、ドンを見た。ドンはティキと目が合うと鋭い眼光で睨んできた。その睨みに怯えていてティキは身体に寒気を感じていた。そんなティキを見てアカガミはドンに対して睨みをきかせた。


「こんな子供から奪うとは情けないやつめ……デカイ図体して精神年齢はガキ以下か?」


 アカガミはドンを挑発した。ドンはその挑発にまんまと乗せられ、背中に背負っていた巨大な斧を手にしてアカガミに襲い掛かった。アカガミは鼻で笑うと剣を使って、ドンの先制攻撃を防いだ。




 先制攻撃を防がれたドンは巨大な斧を再び振りかざし、第二撃目をアカガミに向けて振り下ろす。アカガミは剣で斧をいなすとそのままドンの右側から回転して背後についた。そして間髪いれずに、ドンの背中に衝撃を加え、ドンはその勢いで部屋の隅まで吹き飛んだ。


 壁に激突したドンは、一度倒れこんだがすぐに起き上がって唸りながらアカガミに向かってくる。アカガミはそんなドンに対して軽く笑みを見せると、自らドンの元へ走っていった。そして、走りながら剣を構え、ドンの懐に一撃を加えようとした。しかしドンは、その攻撃を見抜いて、その一撃をその巨体からは想像できない動きで横に紙一重でかわし、そのまま剣に向けて斧を振り下ろした。




 アカガミは、そのドンの攻撃に予測が出来ず、剣を落とされてしまった。そのことに焦りを感じたアカガミは剣を拾うために手を地面に伸ばした。その時、ドンのひざ蹴りがアカガミの下あごに命中し、アカガミはその衝撃で吹き飛び、金銀財宝の中へと突っ込んだ。その衝撃で金銀財宝は崩れた。




 アカガミに致命傷を与えたドンは視線をティキのほうへとやった。アカガミは何とか身体を起き上がらせようとするが、下あごと言えば人体急所の1つ、脳への衝撃と急所攻撃でしばらく身体が言うことをきかなかった。




 ティキに睨みをきかせているドンはゆっくり身体をティキに向けティキのほうへと歩いてくる。ティキはその光景に恐ろしくなり、その場に力なく座り込んでしまった。そして目からは大粒の涙を流し始めた。


「ティ……ティキ……逃げろ」


 アカガミは動かない身体を必死に震わせながら、立ち上がろうとしている。しかし、まだダメージがありうまく立つことが出来ないでいる。しかし、ティキの姿を見て、ティキに逃げるように促している。


 ドンは、ティキの前にやってくると、斧を高く振り上げた。


「ティキ!! 逃げろ!!」


 アカガミは力一杯ティキに叫んだ。ティキはそのアカガミを見て、なにかを決したかのようにキリっとした顔になった。そして、袖で涙を拭き、震える足ではあったが立ち上がり、遥か上のドンの顔を見て自らに気合を入れるかのように言った。


「お……、お前なんか怖くないぞ!! 僕がやっつけてやる!」


 ティキのその行動を見て、アカガミは驚いていた。先ほどまで泣いていたティキが立ち上がり、ドンに向かって睨みつけている。ドンもまた驚いていたが、すぐに睨み顔に戻し


「やれるもんならやってみろ! 泣き虫が!!」


 言って、巨大な斧をティキ目掛けて振り降ろした。その光景にティキは目を瞑るしかなかった。いくら勇気を出して言ったとはいえ、ティキとドンでは実力に差がありすぎるためかなうわけがなかった。そして金属音が鳴り響く。




 しかしそれは、アカガミが腕にしていた鉄鋼と斧の接触音だった。その光景に驚いたドンは


「ば、馬鹿な!? 動けるはずがない……」


 斧に力をいれながら、言ったドンはその驚きからアカガミの次の攻撃に対応できなかった。アカガミの拳がドンの懐にめり込み、ドンは斧を離し、腹を押さえてその場にうずくまった。


「な、なぜ?」


 ドンは悔しそうな顔をしながら、アカガミを見上げた。


「ティキが勇気を出しているのに……寝ていられるかよ!!」


 アカガミは言い終わると、ティキのほうを見て、微笑み言った。


「ティキ……、やっぱりお前は強い子だよ」


 ティキはアカガミからその言葉を言われると嬉しそうな笑みを浮かべた。その間にドンは立ち上がり。再び斧を手にしていた。そして、隙あらばと斧を片手に大きく振りかざしアカガミに向かっていった。アカガミはドンのその攻撃に気が付き剣を構えて、ドンの攻撃に備えた。




 ドンは叫びながら突進してくる。


「俺が弱虫に負けるかぁ!!」


「負けてるよ、ドン……」


 アカガミはそういいながら、足を一歩前へ踏み出し、走る体制を整える。


「お前は精神面で、すでにティキに大きく負けているんだよ!!」


 その言葉と共に、アカガミの剣はドンの身体を捕らえ、ドンは身体ごと部屋の隅まで吹き飛ばされ気絶した。




 アカガミは笑みを浮かべティキを見ている。そして、ゆっくりとティキに近づき頭を撫でながら言った。


「ティキ! 大きくなったな」


 その言葉に、ティキは満面の笑みを見せて言った。


「うん! お父さん!」


 ティキはガッツポーズをしてみせた。








 突然、ティキの頭を激痛が襲った。


「っってー!」


 ティキは頭を抱え込む。そして目をあける。そこには天井があった。


「おーいて。いつのまにか寝てたのか」


 そう言いながらティキは立ち上がる。ティキは座っていた椅子ごと後ろに倒れたようで、その椅子も立てる。


「夢なんて久しぶりに見たなー」


 ティキはあくびをしながらルティーの入り口へとむかっていき扉をあける。


「おー。いい天気」


 ティキは再びあくびをし、手を口のところに持ってきて隠す。そして手を頭の上で組み背伸びをする。ハァーと肺の中の空気をすべて吐き出し、新たに新鮮な空気を肺に吸い込む。


「さーて、もいっちょ寝るか」


 そう言ってティキは再びルティーの中へと入っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る