Act17:奇蹟という名の必然

 天井には穴が開いていた。それはオームがあけた穴。月のカケラの粒子の合間から微かに見える空は少し青かった。それは、星がディアナに見せた星の姿の一部だったのだろうか。


「星のメッセージ?」


 リディアがディアナの言った言葉に疑問を投げかける。


「この星は、死への道を歩んでる」


 ディアナが答えたのでない。答えたのはティキだった。


「八百年前の大戦争。そして、月の破壊と星の重力の崩壊。全部人間が招いたことだ。人間は自らが住むはずの星を痛めつけ、破壊しようとしている。だから、きっとオームも月斑症候群も人間への罰なんだ。けど人間はそれすら逃れ、地上を捨て天空へと避難した」


「星は……、知ろうとしているの。人間というものの存在を。人間の心を。だからオームに知能を与え、私を創った」


 ディアナがティキに続いて言葉を述べる。




「私は知らせる必要がある。この星の想いを、この星の願いを。だから歌うの」


 その言葉を聞いていたティキはなにかを思い出したかのように、ポケットを探る。そこにはサガルマータで預かった手のひらサイズの人形があった。


「ディアナ。コレを」


 そう言ってディアナの手を取ると、ティキはその人形をディアナに手渡した。


「これは?」


「それ、俺達がここにくる前に預かってきたんだ。ディアナに渡して欲しいって」


 ディアナはその人形を見つめる。


「ちゃんと届いてるぜ。ディアナの声は。俺達はその歌を聴いてここに来たんだ。星からのメッセージはちゃんと伝わってる。いつもディアナの歌う歌を楽しみにしてるんだってさ。ファン第一号だ」


「……ファン?」


「ディアナの歌が好きだってことだ」


「じゃあ、あたし二番!」


 突然リディアが飛び出してくる。


「あー。おい、俺が二番のはずだったのに。じゃあ仕方ないか俺三番……」




 ディアナは手に持っていた人形を、そっと胸のところに持ってくる。


「私、歌うよ。ちゃんと、きいてくれてる人がいたんだね」




 ディアナの不安。星からのメッセージを乗せた歌。でも、それはこの場所からしか歌えない。人がいるサガルマータははるか上。天井に穴のない空洞はとても暗く狭かった。自分の声が届いてないのではないかと言う不安。でも今は天井を見ると穴が開いている。いままでよりも多くの人に歌を届けることが出来る。




 ――そして、ディアナは歌う。




 その歌は風に乗り、遥か上空まで届く。そこに住まうは多くの人々。




「あら、なにこの子。今日はすぐに泣き止んだわ」


 それは、赤ん坊を抱える母親の姿。そっと、静かな歌声が母親の耳にも入る。


「綺麗な歌声。どこから聞こえてくるのかしら?」


 母親は青い空を見つめる。






「あ、歌だ」


 サガルマータに住む少年の耳に聞こえてきた穏やかな声。


「あのお兄ちゃん達。ちゃんと渡してくれたかな?」




 街の人達が家から外へと出てくる。いつも聴こえてくる歌よりも遥かに澄んだ声。いつもの不安はない。悪魔の歌だと言っていた人達も、その声に心を奪われていた。街は歌を聴く人達で溢れかえった。




 その歌は、風に乗り遥か彼方の国にまで聞こえていった。




 その日、世界は一つとなった。




 誰もが聞き入る歌。世界中の人が耳を澄ましてその歌を星からのメッセージを受け取る。








 ティキ達はアンクレストを後にしサガルマータへと飛び立っていた。


「ねぇティキ、なんで嘘ついたの?」


 リバティーに乗りながらリディアがティキに聞く。


「嘘?」


「確かにあの子の歌を好きだって言ってた人もいたけど、悪魔の歌だって言ってた人も同じくらいいたのに」


「ああ、別に嘘なんかいってないぜ。いままではディアナの不安が入り混じった歌だったから、人にも不安を与えていただけなんだと思う。でも今は違うだろ? みんながディアナの歌を聞いてる。だから嘘じゃない」




 歌の後、起きていた地震も音の振動が土台に伝わり、地震を起こしていたと科学的に説明することが出来る。けど、地震ももしかしたら星が人間に歌を聴いてもらうために、印象付けるために起こしていたのかも知れない。それともディアナの心の不安が地震を起こしていたのだろうか。ただ言える事は、今日は歌の後地震が起きることはなかった。




「……ねぇ、ディアナが生まれたのは奇蹟だったのかな?」


「さぁな。俺にはわからねぇ。けど、必然だったと信じたいじゃねぇか」


「そっか。……そうだよね」


 そう言うと、リディアはそっと後ろを向く。


「さよなら、ディアナちゃん。ありがとう」


「ん? なんか言ったか?」


「え? ううん、内緒。さ、早く帰って今回のこと報告しなきゃ」


 リディアは、そう言うとティキを追い抜いていった。


「あ、待てよ。おい」


 ティキも、その後を追いかける。










 この星ルーファは悲しき運命を背負っている。月が破壊されたことにより重力のバランスが崩れ、はじまった星の崩壊。それはゆっくりと確実にこの星の命を蝕んでいく。それらは全てこの星に住む人間が引き起こしたこと。人は罰を受けなければならない。しかし、人はそれを逃れ天空での生活を開始した。




 だが、人間もただ逃れているだけではない。破壊してしまった月を再び復活させるために動いているのだ。けど、まだ星は人間を許してはいないのだろう。だから、人は意味のある生き方をしなければならない。




 人が誰もが持つ【大切なもの】それを見出し生きる。




 星がそれを認め人間を許してくれる時まできっと、人間の永遠とも思える闘いは続くのだろう。けど、今回のことは星がほんの少しでも人間を許した証拠といえるのかも知れない。


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