Act16:怒れる者

 そこは暗闇が支配する空間。そこに片腕を落とされたオームがいた。


「グググ。オレの腕が……ゆるさん。あの人間共喰ってやる」


 その時、オームの耳にリディアの声が聞こえてきた。全員で地上へと逃げるというリディアの声。怒りで理性を保てなくなっていたオームはそれが自分を誘い出すための言葉だとは知らずに、その声に誘われてリディアを追う様に出て行った。 






 ティキは自分の月の産物を手で持つと、それを自分の身長とほぼ同じくらいに巨大化させ大剣にした。そしてディアナのほうを見る。


「ディアナ、リディアの合図があったら俺はリディアと一緒にオームを倒しにいく。万が一危険が及ぶといけないから、泉の近くにいてくれ。泉の近くにいればなにかあっても大丈夫だろ?」


 ディアナは相変わらず頷きもせずにジッとティキの目を見ている。


「なんだよ? 最初に会った時からずっと俺の顔を見てるよな? 俺の顔になにかついてるか?」


 ディアナの小さな口がそっと開く。


「同じ。私と同じ瞳めをしてる」


 ティキはディアナの顔を見つめ返す。


「ああ、俺もディアナと同じだよ」


 ティキは優しい笑顔で答える。




 その時、ティキの持ってる携帯の呼び出し音がなった。どうやらリディアからの合図のようだ。つまりオームをうまく地上におびき寄せることが出来たということ。ティキは無言でディアナの頭に手をやると、頭をやさしく撫でてたった一つの出口から暗闇の中へと消えていった。ディアナはその後姿をずっと見ていた。


「……私と同じ」






 そこはティキが落ちてしまった地面に亀裂があるビル郡のすぐ近く。リディアは作戦通りオームをおびき寄せオームを目の前にして対峙していた。リディアは月の産物であるルナスペリアを出し構えている。しかし、オームはリディアに襲いかかろうとはしない。


「どうしたの? 知能があるから警戒してるのかしら? それとも本能で実力の違いを感じとって動くこともできない?」


「オレの腕をよくもこんなにしてくれたな」


 そう言うとオームは引き裂かれた腕を上げて見せた。


「驚いた。本当に話せるのね。まぁあなたがただのオームじゃないのは分かるけど相手が悪い。月の産物を持つ者を二人も相手しなきゃならないんだから」


 リディアがその言葉を言い終わるのとほぼ同時にティキもその場に到着した。ティキの目の前には、オームとリディアが正面を向き対峙していた。


「リディア、待たせたな。うまく誘い出せたみたいだな」


 ティキがオームのほうを見ながらリディアのほうへと移動していく様を、オームはなにも言わずに見ていた。ティキはルナフォースを構えると戦闘体勢になった。


「ティキ、あなたはまだダメージが残ってるでしょ? そこで休んでなさいな。あたし一人で十分だから」


 二人のやり取りをみていたオームが口を開いた。


「二人が相手。オレはここへ誘き出されたのか?」


 オームの言葉にティキもリディアも集中する。


「それとも、オレが誘き出したのか?」


 オームの言葉の不可解さに二人が気が付いた時、オームの腕は高く上げられていた。そしてその腕をそのまま地面へと振り下ろす。オームの巨大な拳が地面をとらえた瞬間、地面に衝撃が走る。そして衝撃は地面を伝い、ティキやリディアの元へ。そして地面は崩れる。




 突然、自分達のいた地面がなくなりティキもリディアも焦る。


 そこはさっきまでいた空洞の真上。オームが地面を崩したことで天井となっていた場所が崩れ、再び空洞へと落ちていく。二人を強烈な浮遊感が襲う。




 とっさにティキがリディアに手を差し伸べた。リディアは差し伸べられた手を取る。するとティキはルナフォースを伸ばし、それを遥か下の地面へと突き刺した。そして落下を防ぐとゆっくりと元の大きさへと戻していった。


 ティキのとっさの機転で地面への落下は防ぐことが出来た二人が地面へと降り着いた時、目の前にはあってはならない光景が広がっていた。




 そこには腕が再生され、そしてディアナを片手にティキ達を睨みつけるオームの姿があった。オームが落ちたのは最初にティキが落ちたところ。つまり、月のカケラの粒子が溶け込んでいる泉だった。そこから這い上がってきたオームはリディアに落とされたはずの腕も再生し、ティキ達が降りてくるまでのわずかな隙の間にディアナを捕らえていたのだ。


「人間って馬鹿だよな。まさか自分達が誘き出されたとは思ってもみなかったみたいだな。オレの目的は最初からコイツを喰うこと。コイツさえ喰えばお前ら二人など相手にもならないようになる。そして、この泉があればオレは不死身に近い存在となる」


「まさかあたし達が誘い込まれていたとはね」


 オームは片手に持っているディアナを見る。


「クク。遂にコイツを喰える時がきたか。また邪魔されたらたまらんからな。まずは潰すか」


 その言葉の瞬間オームは手に力を入れる。オームの手の中にいる小さな身体のディアナはその力に締め付けられた。


「あ……ああぁぁぁぁぁあああっ!」


 締め付けられたディアナは奇声のごとく声を上げる。その声に耐え切れずリディアは目を逸らし耳を塞ぐ。オームはそれでもなお締め付けをやめようとはしない。そして、ディアナの小さな身体はそれに耐えることは出来ず。遂に、不快な音が空洞の中を響き渡る。それは紛れもない。ディアナの身体の骨が潰され折れた音だった。意識を失いディアナはもう声を上げない。


 それを確認するとオームはようやく締め付けるのをやめた。そして、潰されたディアナを食べようとした瞬間、オームは寒気に襲われ行動を制止した。




 オームは恐る恐るその寒気を感じたほうを見る。リディアもその気配を感じその方向を見る。




「……やめろ」


 リディア達がいる空洞の地面を風が伝う。それはどこから発生したのだろうか。リディアは、その風を受けた瞬間鳥肌が立った。この場にいたくなくなるような冷たい風。悪寒。殺気。それはリディアに放たれた者ではないだろう。だが、リディアはその殺気をまるで自分に放たれているかのごとく感じ取ることができた。




 その殺気を放っている者それはティキだった。ティキの放つ殺気は場の空気を凍りつかせる。ティキの金色の瞳がさらに鮮やかになる。当のティキは静かにその場からはまったく動いていない。だが、確実にオームは感じていた。




 圧倒的な圧迫感。それはオームが始めて感じた恐怖だった。




 ティキの足が一歩前へと動く。ただ、それだけなのに重力が崩壊したかの如く空気が重くなる。オームは理性的に一歩下がる。だが次の瞬間にオームは本能的に動いていた。それは野生の動き。殺される前に殺す。オームはディアナを手に持ったままティキに襲い掛かる。




 オームの左腕がティキ目掛けて振り下ろされる。だが、そこにいたはずのティキの姿は消えていた。手ごたえ無く消えたティキの行方を知ろうと、オームが辺りを見渡そうとした時、背後から圧迫感のある声が聞こえた。


「こっちだ」


 オームがその声に導かれ後ろを振り返ろうとした瞬間、オームは自分の身体そのものの制御がきかなくなったのを感じた。オームの身体は左肩から、右腰に向けて切り裂かれたのだ。あっけないほどの刹那の間に。


「くそぉぉ。くそぉぉぉぉぉおおおオオオオオオォォォォッ!」


 雄たけびに似た叫び声を上げて、オームは再び月のカケラの粒子へと戻っていった。ティキはその鋭いまでに研ぎ澄まされた金色の眼光で、オームが月のカケラの粒子に変わるのを見ていた。




 ティキの圧倒的な強さに驚き、ただ見入るだけになっていたリディアが地面に倒れるディアナの元へと駆け寄った。リディアはディアナが痛みを感じないようにそっと抱き上げる。


「体中の骨が折れてる。早くサガルマータに連れて行って手当てをしないと」


 ティキは、さきほどよりは穏やかになった目でディアナを見る。


「……駄目だ。ディアナはサガルマータへは連れて行けない」 


 そう言うと、リディアの腕の中でいたディアナをティキが抱き上げる。そして、そのまま月のカケラの粒子が染みこんだ泉へと持っていく。泉の前に立ったティキはそっとディアナを泉の中へと入れた。




 するとディアナの身体から光が発せられた。月のカケラの粒子が染みこんだ泉も光り輝く。


「光が……」


 その光景を見ていたリディアがそっと呟く。


「共鳴してるんだ。月のカケラ同士が……」


 リディアの疑問を解決するかのようにティキも呟く。




 泉の中へと入ったディアナの身体から、傷が見る見るうちに治っていくのが分かる。ディアナのいつ死んでしまってもおかしくない身体の傷が完全に治るまで五分とかからなかった。傷が治ったことを確認したティキは、ディアナを泉から上げ地面へと座らせる。


「ディアナ。ごめんな。痛い思いさせちまって」


「ううん、大丈夫」


 ディアナの言葉を聞いた後、後ろから見ていたリディアがティキに呼びかける。


「ねぇ、ティキいったいどういうことなの?」


「言っただろ? この子は月のカケラから生まれた人間だって。さっき、上から泉に落ちたオームの腕が再生してただろ? あれはオームの身体が月のカケラで出来ていたから。月のカケラの粒子が染みこんだ泉に落ち再生したんだ。ディアナの傷が治ったのも同じさ」


「そう。私はここで生まれた。自分が何者かもわかってる」


 ディアナが自分から口を開く。


「私は、月のカケラの粒子が集まって出来た生命体。だからこの泉があれば生きることができ、この泉が無ければ生きることができない。けど、それももう限界。私の身体はもう長くは生きることが出来ない。だから歌うの」


「歌うって、じゃあ……」


「ああ、歌の正体はこの子だったんだ。この子の歌がサガルマータまで聞こえていたんだ」


「歌が頭の中に流れてくるの。私は、それを口ずさむ。この歌は星からのメッセージ」


 ディアナは、穴の開いた天井を見つめる。

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