Act15:知能を持つ怪物

 そこはアンクレストの遥か地下にある空洞。そこにある泉は月のカケラの粒子の共鳴で光っている。そして、この空洞はその光だけを頼りに明るさを保っていた。


「とにかく、ここにいるのは危険だ。立てるか? ここから移動するぞ」


 ティキはディアナに手を差し出す。だが、ディアナはティキの手を取ろうとはしない。そして今度はディアナのほうから口を開いた。


「……だめ」


「え?」


 ディアナの言った言葉をうまく聞き取ることができなかったティキは、もう一度聞き返す表情を見せた。


「だめなの。私はここから動くわけにはいかない。私は……この場所以外では生きられない」


 ティキは差し出していた手を戻すことも忘れてディアナに聞く。


「どういうことだ?」


 ティキがその疑問を口にした時、ティキの足元から衝撃が振動してきた。ティキはその振動に気がつき地面を見る。




 その瞬間、オームの手が地面から出てきた。それはそのままティキの顔面目掛けて飛んでいく。突然の出来事にそれを避けることが出来ず、そのままティキのいた位置から考えると、十メートルはあろうかという空洞の一番端まで吹き飛ばされる。端まで飛ばされたティキは壁に当たると、そのまま崩れていく。ティキの当たった壁も同じく崩れ、ティキの髪や身体に破片や塵が被さる。




 それを見ていて驚いたのは、ディアナである。ティキが飛ばされるのを目の前で目撃したディアナは、一瞬なにが起こったのか理解できないでいた。だが、それを考えるまでもなくディアナの身体を手が覆う。それは人の身体よりも遥かに巨大な手で、ディアナはその手に包み込まれたのだ。それはオームの手だった。


 ディアナを掴んだオームは、地中からその巨大な身体全体を表す。それは先ほどティキ達の前に姿を現したオームだった。一度引いたと見せかけて地中から襲ってきたのだ。




 壁まで吹き飛ばされ意識を一瞬失っていたティキも気がつき顔を上げる。ティキは頭から血を流し、それは顔の正面を伝って顎まで流れてきていた。顎まで流れた血は行き場を失くし地面へと落ちる。ティキは目を凝らし前を見る。そこには先ほどのオームと、そしてオームに掴まれるディアナの姿があった。


「く……そ……油断した」


 その時、ティキの耳に聞きなれない低い声が聞こえてきた。


「ついに」


 一瞬、幻聴かとティキは思った。頭を打った影響で少しダメージがあるのか。だが、それが幻聴ではないということをティキはすぐに知ることになる。


「ついに、手にいれたぞー! これで、俺は最強だぁ!」


 その目ではっきりと前を見ていたティキには、その言葉を誰が発したのかが見えていた。その言葉が聞こえていたとき、口が動いていたのはもちろん自分ではない。そしてディアナでもない。残るはただ一つ。




 ――それは、オームの口から発せられた言葉だった。




 言葉を話す。知能を持ったオーム。こんなことは今だかつて前例のないことだった。オームとは、月のカケラの粒子が結合して出来る無機物生物。ただ、破壊のみを行いオームを破壊すればそれは再び粒子に戻る。ただ、それだけのはず……だった。


 だが、今ティキの目の前にはそれを遥かに凌駕する事実があった。ティキは驚き言葉を失うが、今この状況はそれどころではない。自分はオームの攻撃をまともに喰らってしまい、しかもディアナはオームの手の中。


 ティキは、ふらつく頭を必死に動かし立ち上がる。相当なダメージが残っている。本来、オームというのは相当な怪力だ。人間がまともに受けてはひとたまりもない。だからこそ、一撃を喰らう前に一撃で仕留める。それがオームと戦う時の定石だ。ふらつく足をなんとか手で支え立ち上がったティキはオームのほうを見る。


「その子を……離せ」


 ティキの声に気が付いたオームはティキのほうを見る。


「おまえ、さっきもいたな。人間か? 人間だったらこいつと一緒に喰ってやろう」


「いいからその子を離せ」


「そいつは出来ないな。こいつはオレがさらに進化するために必要なんだ。オレはこいつを喰ってさらなる知能を付ける。邪魔するな」


「……喰うだと?」


 オームは、ディアナを持つ手を前に差し出す。ティキはその行動に疑問を抱きながら見つめる。


「そう。こうやってな」


 そう言うとオームは口を開け、ディアナを口に入れようと自分の手を口に持っていった。




 その瞬間、オームの腕に激痛が走る。その痛みに耐え切れずオームはバランスを崩す。オームの腕は切断され、切断された腕はディアナごと地面に落ちる。オームは叫びながら落ちた腕を見る。そこには、肩まで伸びた黒い髪をなびかせる女性の姿があった。女性がオームのほうに目線をやるとオームと目が合う。その瞬間、オームにむけて一閃が放たれる。だが、それはオームの胸部をかすめただけだった。オームの野生の本能が無意識のうちに身体を引かせていたのだ。


 予想もしていなかった状況に、オームは自身が出てきた穴から逃げ再び消えていった。




 ティキもその満足に動けぬ身体で、その光景を見ていた。突然現れた女性はオームに掴まれたディアナを助け出すと、ディアナを担いでティキの元までやってくる。


「珍しいね。あなたがここまでやられるのは」


「へっ。ちょっと油断しちまってな。お前こそ来るのが遅いんじゃねぇか? リディア」


「なーに言ってんのよ。あんたが勝手に落ちるからいけないんでしょ? 降りれる場所探して、ここもちゃんと見つけたんだから感謝しなさい」


 リディアはディアナを降ろすと、ティキの顔を見る。


「それより、一体これはどういう状況なの? この子は一体誰なの?」


「説明は後だ。とにかくまずはここから離れよう。降りてきたってことは出口も分かってるんだろ?」


「ええ、ここは昔の隠れ聖堂みたいよ。ここは礼拝が置いてあった場所みたいね」


「そうなのか。この空洞はそのためか。ちょうどいいところに亀裂が入ってたみたいだな」


「それより動ける?」


「ああ、俺は大丈夫だ。リディアすまないがその子を頼む」


 リディアが、ディアナの手を取り担ごうとした時、ディアナは目を覚ました。


「う……。駄目」


 ディアナが気が付いたことに、リディアとティキが気が付く。


「私をここから出さないで。私はここでしか生きられないの」


「どういうこと?」


 リディアがその言葉に疑問を抱く。一方先ほども同じ言葉を聞いたティキは、ディアナが自分と同じ髪の色と瞳の色をしていることからある仮説を頭の中に描いた。


「ディアナ。お願いだ答えてくれ。きみはいつからここにいる?」


 ディアナはティキのほうを見る。


「私は、生まれた時からずっとここにいる」


 その言葉にリディアは驚く。ティキはまるで、予想通りの言葉のように冷静でいる。


「やっぱりそうなのか。きみは……」


「やっぱりってどういうこと?」


 リディアがティキに聞く。ティキはリディアのほうを見る。


「言い方は悪いかもしれないが、この子は……オームと同じなんだ。オームと同じように月のカケラの粒子から生まれた人間だ」


「え?」


 予想もしていなかったティキの言葉にリディアは思わず声が出てしまった。


「厳密にはオームとは違う。けど、生まれ方はオームとまったく同じ。生まれ方以外はどこも人間とは変わらない。この子はここで生まれたんだ。これで全てのことに説明がつく。この子は月のカケラの粒子を栄養源としている。恐らく、その月のカケラの粒子が染みこんだそこの泉があれば生きられ、その泉がなければ生きられない」


「ちょっと待って。月のカケラから人間が生まれるなんてこと……」


「前例が……あるんだ」


「え? 前例があるってそんな話聞いたこと……」


 ティキはディアナの元へと歩いていく。


「ディアナ。事情はわかった。確かにきみはここから出ることは出来ない。けど、ここにはオームがいる俺達二人でオームをやっつけるから、出来るだけ離れていてほしい」


 ディアナはティキの目を見てなにも言わない。


「リディア、この先はどうなってるんだ?」


「え? えっとこの先はいくつか道が分かれてるんだけど、地上へ出るだけならそんなに時間はかからない」


「そうか。なら、なんとかしてオームを地上におびき寄せよう。そこならここで戦うより安全だ」


「でも、おびき寄せるってどうやって?」


「それなんだが、聞いて驚くなよ。ここのオームは知能を持ってるんだ。人の言葉を話し理解もしている」


「うそ?」


「俺もさすがに驚いたよ。まさか言葉を話すなんて思わなかったからな。でも事実だ。それでオームは俺達を喰うと言ってた。だから、俺達が地上に向かってることを示せば追ってくると思うんだ。俺はリディアがオームをおびき寄せるまでディアナのそばにいる。危害が及ばないように。だからちょっと危険だけど先におびき寄せておいてくれないか?」


「うん、任せて。あたしだって月の産物持ってるんだからオームの一匹くらい倒せる」


 そう言うと、リディアは手に持っている武器を振った。それは、槍のような形状をしていた。


「それが、リディアの月の産物か?」


「そうよ。あたしの月の産物”ルナ・スペリア”。槍なんだけど、あたしの意思一つでムチのようにもなる中距離武器」


「誘い出せたら携帯を鳴らして合図してくれ。それと気をつけろよ。あいつは、頭を使ってうまいこと隙を突いて攻撃してくるからな。俺もそれでやられた」


「あんたと一緒にしないで。じゃあ行って来るね」


 リディアは、暗闇の中を消えていった。

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