Act14:唄う少女
街の明かりが一望出来る丘の上。そこは風も心地よく当たり、夜の街の明かりがまるで散りばめられた宝石のような輝きを放っていた。そんな丘の上にティキとリディアが、アンクレストより聴こえるという歌を聴くためにやってきていた。
「聞いた話だとそろそろだな」
ティキ達は耳を澄まして、自然の音に耳を傾ける。夜にも関わらず多少の街の音は聞こえる。そして、風の音も。風の音に混ざって心地よい音が聴こえてくる。それの正体にティキもリディアもすぐに気が付いた。それは、この街で噂になっている歌声に間違いなかった。
とても澄んだ歌声は耳から入ると、脳でそれを受け取り全身で感じることが出来る。まるで、全身が歌に支配され、身体全体がその歌という空間に包まれてしまうような、他の全てを忘れて思わず歌を聞き入ってしまうほどの歌声。ティキもリディアもこんな身体の隅まで響き渡るような歌声を聞いたのははじめてだった。
普段歌を聞かないティキにも、それがどれだけ素晴らしい歌声なのか理解するのに時間はかからなかった。リディアの目からは思わず涙が出てくる。それが感動によるものなのか、リディア自身にも分からなかった。
――ただ、自然に出てくる涙。
そして、しばらくその歌を聴いていると突然地面が微かに動いた。いや、それはほんの一瞬だった。次の瞬間、さらに大きな地震がティキ達を襲う。歌に聞き入っていたため警戒するのを忘れていたティキは、その地震に足を取られ倒れる。リディアも歌に聞き入っていたようで、地震に対処出来ずに倒れてしまう。
それほど長い地震ではない。それほど大きな地震でもない。地震が収まった時、歌声はすでに聞こえなくなっていた。そして何事もなかったかのようにいつもの夜に戻る。
「リディア……聞いたか?」
「うん」
「すげぇ綺麗な歌声だった。ほんとに誰かが歌ってるようだ。自分のボキャブラリーの少なさに後悔するぜ。俺の知ってる言葉じゃ言い表せない。俺としたことが聞き入って地震に対処出来なかった」
ティキは少しの間沈黙した。そして地面からお尻を離し立ち上がった。
「よっし。俄然やる気出てきた。俺もこの歌の正体が知りたくなったぜ」
ティキの顔には笑みが零れていた。
ティキとリディアは、リバティーに乗ってアンクレストへと向かう。夜でも当然のように月のカケラの粒子が覆っているので、その粒子を越えてアンクレストへと向かう。リバティーのライトがその暗く見えにくい視界を照らす。
アンクレストはかつては繁栄を極めた地上である。そのため忘れられた文明が今も多く存在する。ほとんどは崩れて土に返っているのだが、大昔のビル郡それがこのメセアニス国の下のアンクレストにはあった。それはとても不気味な雰囲気を放っている廃墟そのものだった。
「それで、多少なりと事前調査はしてるんだろ?」
「ええ、歌の発信源を音波で確かめてるの。それによると、地上のF231-632654地点。間違いなくこの下に見えるビル郡のうちの、あの半分崩壊しているビルね」
ティキとリディアの前に現れたのは多くの忘れられた文明だった。ティキ達が目的としているのは、その中の一つ。ティキ達はその目的地の前にリバティーを停めるとビルの前に立った。
「近くで見ると迫力っていうか、不気味だな……」
「ほんとね。あ、気をつけて。あたし達の見解では地面に開いてる亀裂から風の音が漏れて音を発してるって予想だから」
「その亀裂に落ちないようにってか? 馬鹿言うな。俺がそんな失敗するわけないだろ?」
ティキはそう言いながらゆっくりとビルに近づいていく。
「お前こそ、亀裂に落ち」
ティキは、あるはずであった地面がないことに気が付いた。しかしその時すでに遅く、ティキは地面に吸い込まれるように下へと落ちていった。
「ティキっ!」
「んなぁぁぁぁぁぁあっ!!」
リディアの叫びが空しく木霊する。ティキは重力に逆らうことが出来ずにどんどん落ちていく。その亀裂からの穴は相当深く、浮遊感を感じることが出来るほどだった。
次の瞬間ティキの全身を冷たいものが包み、息をすることが出来なくなった。ティキはそれを一瞬で水だと理解し、息を止め浮上する。
「ぷはぁ!」
浮上して空気を確保したティキは、息が上がっているが岸まで泳いでいく。そして岸に上がると辺りを見渡す。
「はぁ、助かった」
まずティキは上を見渡した。ここは空洞のような場所で天井は暗くて見えない。どれほどの高さから落ちたのかすら分からないほどの高さだった。
「くそ、まさか落ちるとは思わなかったな。ここはなんなんだ?」
こんどは辺りを見渡す。するとティキの目に光の粒が入ってきた。その光に誘われその方向を見る。ティキが見た方向は先ほどティキが落ちてきた水溜りだった。そこは相当な深さを持った泉だった。
「水が……光ってる?」
その泉は眩いほどの光を放っていた。暗いはずの空洞内が多少明るく照らされ、周りが見渡せるのはこの泉から発せられている光のおかげだ。それに共鳴するようにティキが首からさげている月の産物も光っている。それに気が付いたティキは月の産物を手に取る。
「これは共鳴……。この光は月のカケラか」
そう、この泉に溶け込んだ月のカケラの粒子が、互いに共鳴し輝きを放っていたのだ。それは暗く深い穴の中にある太陽のような光。生命いのちを彷彿させるような光だった。その泉を見ていたティキの眼にふとありえないものが映った。一瞬ティキは幻かと思い目を拭う。そして再びそこを見る。だが、それは幻ではなく確かに存在していたのだ。
――そこには、泉の横にひっそりと座る一人の少女がいた。
それは信じられない光景だった。月のカケラの粒子が蔓延している地上アンクレスト。生物は存在できない。そこはオームのみが生存できる世界。動物や植物は死滅した死の世界。そこにいるはずのない一人の少女。ティキはあまりの驚きに一瞬人形のように固まってしまった。
少女はその真っ直ぐな目でティキを見ている。その視線に気が付いたティキは平静を取り戻し、少女に問いかける。
「キミは……どうやってここに?」
ティキの問いに少女は無言でひたすらティキの目を見ている。
「名前は?」
ティキは質問を変え再び少女に問う。
「……ディアナ」
少女は、その小さな身体に見合った澄んだか細い声でティキの質問に答えた。
ティキには名前よりもいろいろ疑問があった。一体このディアナという少女はどうやってここにきたのか。このオームしかいない死の世界でどうやって生きてきたのか。
だが、ティキの疑問の一つはすぐに解消されることとなる。
ティキの耳に聞きなれた声が飛び込んできたのだ。それはアンクレストでのみ聞ける特有の声。いや、これは雄たけびというのだろうか。ティキはその声を聞くと声の方向を向きすぐに身構えた。
「この声は、まさかオームか?」
一瞬、この場所にはオームはおらずそれ故に、ディアナはなんとか生き延びてきたのではないかというティキの考えは、その声により打ち消された。そしてその声によりティキの疑問はさらに深まったのだ。オームの足音は少しずつティキ達のいる空洞へと近づいてきていた。ティキは月の産物を手に構えると、戦えるように巨大化させる。そして、この空洞にある唯一の入り口の奥から聞こえる足音に耳を傾ける。
暗闇の中から徐々にオームが姿を現した。それは猛獣のような姿をした二足歩行のオームだった。
「ちっ、猛獣型か。だが一匹ならなんとかなるか」
ティキはルナフォースを構えると戦闘体勢になった。そして一瞬ディアナのほうを見る。
「おい、ディアナ。そこにいると危ないから下がってな」
ティキの呼びかけに相変わらず答えないディアナ。ティキがディアナに巻き添えがいかないように、オームを誘い込むように移動しようとした時、ティキの耳に声が入ってきた。
それは地上で聞いた歌声。地震の原因であり、今回の調査の対象。ティキ達がアンクレストにきた目的。ティキは一瞬耳を疑ったが、その歌声が聞こえる方向へと顔を向けた。そこにはディアナが立ち上がり、そのか細くも力強い声で、歌を歌っていたのだ。一瞬、ティキは再びその声に耳を奪われてしまった。目の前にオームがいることなど忘れ、聞き入ってしまったのだ。
だが、戦闘の経験からティキはすぐに意識をオームへと向けた。すると、オームはまるでその音楽を嫌っているかのように少しずつ後ずさりしていた。そして再び唯一の入り口から、ゆっくりと姿を闇に消していったのだ。 ティキは戦闘体勢を解く。そして再びディアナのほうを見る。ディアナは歌うことを止め。再びその場に座り込んだ。ティキはルナフォースを元の大きさに戻すと、ゆっくりとディアナのほうへと近づいていった。近くまできたティキは気が付いた。ディアナは自分と同じ銀色の髪に、金色の瞳をしていたのだ。
「……ディアナ。キミは一体何者なんだ……」
ディアナは相変わらずティキの質問には答えず、そのまっすぐな目でただティキを見ていた。
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