Act13:階下より聴こえる詩
――ある街の一角。夜も遅くなり、街の騒音も静まり返った時間。
そこに住む少年はいつも、夜寝る前になると二階の窓を開けて外の音に耳を傾けている。
「ニコル。まだ起きてたの? 早く寝なさい」
ニコルという少年の後ろから声をかけたのはニコルの母親だった。ニコルは身体を半分母親の方へと向けた。
「うん、ごめんなさい。でも、そろそろだよ」
「あら、その時間かしら?」
ニコルの母親もニコルの元へと近づいていき、窓の外を眺め外の音に耳を傾ける。深夜に近い時間である夜は、さすがに街の賑やかさはなく静まり返っている。
そんな時に、どこからともなく声が聞こえてきた。それはよく聞くとどうやら歌声のようだ。誰かが歌っている。その歌声はとても綺麗で澄んだ声だった。まるで陽気のいい日に、自然の中で太陽の光を浴び、自然の音を聞き、いつのまにか眠ってしまえるような、そんな安心という言葉がそっくりそのまま当てはまるような歌だった。
ニコルも、その母親もその歌に聞き入っている。まるで癒しの効果を全て含めたような声に、心を奪われていたのだ。
その歌は街全体に広がっていた。その声に誘われ何人もの人間が窓を開ける。まさに、深夜のライブショーだ。だが、他の人間が窓を開けたのは別の理由もあった。それは、この歌が消えかかるときにほぼ必ず起きる出来事に備えるためだ。
そして、街全体に届いていた歌声はやがてゆっくりと聞こえなくなる。その瞬間街の地下から、振動が伝わってくる。それは確実に、星の内部から伝わってくる振動。心臓の鼓動のように幾重にも重なり、現れる衝撃。
――この揺れを人は地震と言った。
それほど大きな地震ではない。だが、毎晩ほどに起こるこの地震に不安を抱いている人も少なくはない。そのため一部の人の間では、この歌声を悪魔の歌声とし、聞かないようにしている人もいた。そして、歌声が消え地震も収まると、再び街は静かな夜を迎えるのであった。
その地震が起きる国よりもはるか遠くにある国リシュレシア。ここはティキが住んでいる所である。リシュレシアは、数多く存在するサガルマータの中でも特別大きく、リシュレシアという国の名前と共に、街の名前にもなっている。故に国家都市とまで呼ばれ、繁栄を刻んでいる。それは、やはり月の復活をしようと他の国の中心になっていることが大きいだろう。リシュレシアをはじめ、月の復活をしようと同盟を組んでいる国は多数存在する。
「それで一体どんな依頼を持ってきたんだ?」
ティキは、ルティーにやってきたリディアから話を聞いていた。リディアはどうやらティキのために依頼を持ってきたというのだ。
「うん、最近地震が頻繁に起きてる国があるのは知ってる?」
「あー、なんかニュースかなんかで言ってたな」
「へぇー、ニュースなんて見るんだ。えらいえらい」
リディアはそう言いながら、ティキの頭をなでる。
「……てめぇ、今すぐその手をどけねぇと殺すぞ」
ティキは頭をなでられ、子供扱いされたことに気分を害したようだ。
「まぁ、知ってるなら話は早いよ。その国から、地質調査の依頼があったのよ」
リディアはティキの気持ちを横に置いといて話を進めた。
「地質調査? そんなもん、その国の奴らにやらせりゃいいだろ」
「あのね。依頼をしてきたメセアニス国は、リシュレシアの同盟国でもあるの。そんな無碍に断れるはずがないでしょ。それに、今回の地質調査はアンクレストなのよ。普通の人間は、マスクをしなきゃ行けないし、オームもいる。それならマスクもせずに、しかも自らの身を守る術すべも持ってる月の産物を持つあたし達が行ったほうがいいじゃない」
――月の産物。
それは、月のカケラより創られた武器や道具などの総称である。月のカケラは月の破片から出来た鉱石で、そのほとんどは長い年月をかけ粒子となっている。また、月の産物の精製には多くの月のカケラを要し、月のカケラそのものが貴重なものとなっている。それ故に月の産物を持つものは非常に少なく、またソレ自体が非常に大きな戦力となるため、月の産物を持つ者にも特別な者が選ばれる。
ティキやリディアがいるリシュレシアのように、一個の国に二人もの月の産物の所持者がいるのは非常に稀である。
「まぁ、金が貰えるなら俺はどんな依頼でもいいんだけどよ」
「そうこなくっちゃ。それでね、その地震が起きる国なんだけど、地震が起きる前にその前兆のような現象が起きるみたいよ」
「前兆?」
「そう。歌が聞こえるんだって。遥か階下アンクレストより聞こえる謎の歌声。その澄んだ歌声が聞こえた後起きる地震。人はそれを悪魔の歌声と呼んでるそうよ。あたし達の見解では、その歌は大地の裂け目を風が通って奏でる旋律だと思ってるんだけど。今回の調査は、その歌と地震の調査なの」
「歌……か」
「じゃ、説明は終わり。さっそく出発するから準備して」
「え、今から出るのか?」
「当然。歌が聞こえるのは夜なのよ。結構遠いし、今から出ないと間に合わないしね」
リディアに促されティキは準備をし、さっそくリシュレシアを飛び出した。今回の依頼は国外なので、結構な距離がある。目的地であるメセアニスは、リシュレシアの隣にある国のさらに隣にある。
しばらく行くとリシュレシアの隣の国が見えてきた。ここも中央に官邸がある。それはリバティーに乗り上空から見ているティキ達にはとてもよく分かる。だが今回はこの国に用はないので、そのまま上空を通過する。通過する際に領空を支配しないように、サガルマータから離れて飛ばなくてはいけない。
なぜなら上空はリバティーだけではなく、大型の飛行船である”ヴィマーナ”という乗り物も飛んでいるからである。リバティーが一人乗り専用なのに対して、ヴィマーナは一度に五百人もの人間を乗せることができるため、気軽に遠くにいくにはこのヴィマーナが最適である。
その隣の国も通りすぎさらに飛んでいくと、見えてくるのが今回の目的地であるメセアニス国。国土はそれほど大きくなく、主に商業が盛んな国である。そのため、投資関連の事業主の多くが住んでいる。上空を流れる気流を切り裂き、ティキの髪もリディアの髪も乱れる。ティキもリディアもリバティーに乗る時はゴーグルサングラスをかけている。というより、リバティーに乗る時の法律としてゴーグルサングラスをかけることが、義務付けられている。
ティキとリディアは、国にある広場を見つけ降り立った。とりあえず現地で地震に関する聞き込みをするためだ。そのため人の多い広場を選んだ。そこにいる人は夕方が近いからなのか、帰ろうとするものがほとんどだった。そんな人達を呼び止めティキとリディアは別れて地震について聞いて周る。
何人かに聞いた後、ティキとリディアは再び合流した。
「ふぅ、何人かに聞いたけどみんな大体同じ答えだな。天使の歌声か、悪魔の歌声か」
「うん、あたしが聞いたのもだいたいそんな感じだった」
「ま、綺麗な歌である天使とその後に来る地震が悪魔ってとこか。やっぱ実際に歌聞いてみないとなんとも言えないな。それからでいいんだろ? アンクレストにいくのは?」
「うん。歌が聞こえてくるのがだいたい、いつも23時から0時までの間らしいから、それまでどこかで時間を潰してましょ」
そう言って時間を潰せる場所へと移動しようとした時、ティキの後ろから声が聞こえた。
「ニコル、それなんだよ?」
声につられて興味本位からかティキは後ろを振り返る。そこには少年が二人ボールを持ってベンチに座っていた。
「これはね。歌を歌ってる人にあげるんだ。いつも綺麗な歌声を聞かせてくれてありがとうって」
「歌って。お前あれは悪魔の歌なんだぞ」
「悪魔なんかじゃないよ。あんな綺麗な歌声の人が悪魔なわけないじゃん」
「でもみんな言ってるよ。あれは悪魔の歌だって」
少年が手に持っているのは、小さな手作りの人形のようなものだった。ティキはその少年達に近づいていく。
「なぁ、君達も歌のこと知ってるのか?」
突然声をかけられ少年達は一瞬驚いたようだが、ティキの質問に答えた。
「うん、毎晩聴こえてくるから。この街で知らない人なんていないよ」
「そうか。それ、歌ってる人にあげるのか?」
ティキは少年の持っていた手のひらサイズの人形を指差した。
「うん、でも歌は下から聞こえてくるんだ。歌ってる人に会いたいんだけど僕は下にはいけないから」
「だったら、俺が渡してきてやろうか?」
「え?」
少年はティキの言葉に驚く。
「俺達は、これから下に行くんだ。その歌ってる人を探しにさ。だから見つけたらソレ渡してやるよ」
「ほんとう!?」
少年は嬉しそうにティキに確認する。
「ああ、約束するよ」
「絶対だからね」
ティキは少年から人形を受け取ると、ポケットへとしまった。少年達と別れたティキ達は、夜になるまで時間を潰すために街を歩き回っていた。
「ティキ、あんたもいいとこあるじゃん」
ティキの横にいたリディアがティキに話しかける。
「あ?」
「さっきの人形。人形を渡してやるなんてさ」
「ああ、そんなことか。ついでだよついで。どうせ下に行って歌の現象を突き止めるんだろ? アンクレストに人なんかいるわけないと思うけど、一応ああやって信じてる奴がいるんだから、叶えてやれることは叶えてやりたいじゃねぇか」
ティキ達は、街を見て周り夜まで時間を潰した。そしてついに歌が聞こえるという時間になり、ティキ達はその歌を聞くため郊外の丘の上まで来ていた。
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