Act10:正しいこと
ティキとリディアはリバティーに乗り、今度はストラムを出てサガルマータへと向かう。
「ねぇ、ティキはなんで星の導きの奴らに狙われてるの?」
「あ? 知らねぇよ。月を復活させようとしてる俺が邪魔なんじゃねぇか?」
「それにしたって一個人を狙うのは、どう考えても不自然よ。だって、もし仮にあなたが月を復活させることが出来る手がかりを手に入れたとしても結局は国に渡すんでしょ? だったら、狙うべきはあなたじゃなく国のはず。あなたを倒したところで国が月を復活させようとする動きは変わらない」
ティキはなにも答えず、沈黙している。
「ティキあなた、一度でも直接星の導きからどうして狙われてるのか聞いたことある?」
「あ? いや、ないな。あいつ等、問答無用で襲ってくるし、追い返して終わりだしな」
「だったら、直接聞いてみたいと思わない?」
「あ?」
「こないだ爆発事件があったの憶えてる?」
ティキはすぐにそれを思い出した。爆発事件、それはティキの親友であり、昔からの付き合いのあるリクの仕業。リクは結局あの後逃げ、あの日以降会ってはいないが。リクは確かに星の導きのアジトを爆破しに行ったと言っていた。
「ああ」
「あの事件で爆破されようとしていたのは、星の導きのアジトなの。っていっても、国も捕捉していたんだけど」
「え?」
「星の導きは、巨大な組織になっているのよ。国内外問わず、彼らは存在する。そして、彼らとは均衡を保ってる状況なの。小さな争いこそあるものの、基本的にはお互いに手を出すこともなく。彼らは悪の組織なんかじゃないの。やり方が少し過激なだけで、彼らも彼らの目的があって動いてる」
「それが、月の復活をさせないことだろ?」
「そう、彼らは月の復活を望まないもの。じゃあ、その理由はなに? 月を復活されて困ることってなんなの?」
ティキはしばらく考え込む。しかし、今日の経験からティキはすぐにその答えを導きだした。
「まさか、月斑症候群?」
「そう。まさにそれ。彼らは月斑症候群の患者を救うつもりなの。月を復活させれば、月斑症候群の患者は死ぬ。死なせないためには月を復活させるわけにはいかない。でもそれは、国の考えとは反対のこと。でも、それだって直接あなたを狙う理由にはならないでしょ? 彼らが”あなたを”狙う理由は他にあるとしか思えない」
「理由かー。なんかいろいろあり過ぎて訳分からんようになってきた」
「あらあら、子供の頭じゃ少し分かりにくかったかしら? ティキちゃん」
「おい!」
「あはは。まぁそれは置いといて、とにかくその爆破事件で、一人の男が国に保護を求めてきたの」
「保護?」
「星の導きの人間よ。いまは、国がとりあえず保護してる。直接会って話すことが出来るから、話してみたら? っていうか強制ー」
そんな話をしてるうちに、ティキ達はサガルマータの国の施設へと着いた。そこに、男が保護されているのだ。
ティキ達が着いたのは国の中心にある中央官邸のすぐ近く。遥かな空まで伸びる建物から、さほど離れていない距離にそれは存在する。それは、いわゆる犯罪を犯したものに対しての収容所だった。保護という名目だが、国にとっては敵である星の導き。その人間であるかぎり、収容所に送るのは当然だった。だがそれでも、外よりは安全なことはまず間違いない。
ティキはリディアに連れられ、その中を進む。だが、ティキが案内されたのは収容所ではなく、客室間だった。面会室とも違う。ここに来た客を迎えるための部屋だった。リディアが、その部屋の扉を開けると、一人の男が椅子に座っていた。目の前の机には水が置いてあり、少し飲んだのか減っている。
「おまたせ。連れてきたよ」
リディアのその言葉に、男はティキのほうを見る。
「彼が、保護を求めてきた星の導きの人間。ハルトさんよ」
ハルトと言われた男は立ち上がり、ティキに頭を下げる。
「はじめまして、あなたがティキさんですか。なるほど写真と同じだ」
「ねぇ、ハルトさん。話してくれる? なぜ、星の導きが彼を狙うのか。そして星の導きの活動の理由」
ハルトは少し沈黙すると、机に置かれてある水を飲む。そして、一息つくと、言葉を発した。
「ええ、まず何から話せばいいのか」
「じゃあ、彼を狙う理由から教えてくれる?」
「狙う理由ですか。正直申し上げて、理由は知りません」
「知らない? どういうこと?」
「我々はただ、ティキという人物は最重要人物であり、隙があれば命を狙うこと。そして、それを達成したものには階級の特進と、莫大な報酬を約束すると言われてきました。そして、死体は必ず持ち帰ること……と」
「それじゃあ、お金のために彼を狙っていたということ?」
「……お恥ずかしい話なのですが、私は特別裕福な家庭ではありません。いえ、星の導きにいる者のほとんどが、裕福な人間ではありません。しかし、どこにでもある普通の家庭を持ち、家族もいる」
ティキとリディアは静かにハルトの話を聞いている。
「私にも、娘がいます。兄弟もない、一人娘なのですが。私にとってはとても大切な娘です。でも娘が3歳になろうかという時、月斑症候群にかかってしまいました」
その言葉にティキとリディアは驚く。
「月斑症候群は、現在では治せない病気です。でも、その病状を一時的には抑えることができる。ただ、その薬を手に入れるためには莫大な金がいる。私は、いや我々のほとんどは家族を守るために、あなたの命を狙っています。莫大な金を手に入れるために。自分勝手なことだとは、分かっています。娘の命を救うために、一人の命を奪おうというのですから。でも、娘に少しでも生きていてもらうためには、それしか方法がないのも事実です」
「……それじゃあ、あなたはほんとになぜ星の導きが彼を狙うのか知らないのね?」
「はい。ただ、我々の中には”七曜しちよう”と呼ばれる与えられた任務のみを遂行する狂部隊きょうぶたいがいるのですが、その狂部隊と我々の支部のリーダーである。アール様が、話しているのを少し聞いてしまいまして。なんでも、数年前に起きた事件がなんたらと。確か”悲劇の第九候補生”がどうとか……」
その言葉を聞いた瞬間、ティキが前に出て、机の上に思いっきり手をついた。
「第九候補生だとッ!?」
ティキの行動に驚いた男は、少し身構える。そして、その衝撃で机にあった水が零れた。
「ほんとに、そいつは第九候補生と言ったのか?」
「え、ええ。詳しい内容は知りませんが、確か昔、国にあった機関がその事件で潰れたとか。そして、その時星の導きも大打撃を負ったとか、なんとか。すいません。あまり、詳しく聞いていたわけではないので」
ティキはしばらくその場で沈黙したあと、後ろを向き壁のほうへと歩いていった。リディアはそのただごとではないティキの様子を一部始終見ていた。
「と、とにかく、詳しい理由は知らないってわけね。じゃあ、星の導きの活動理由もやはり、月斑症候群?」
「いえ、星の導きの本当の目的については知りません。我々はいわば捨て駒。ティキさんの命を狙うために用意された駒なんです。たぶん、星の導きの本当の目的を知っているのは上の人間の極一部だと思います」
「そう。わかった。ありがとう。また、なにか思い出したら教えてくださいね」
リディアは、ティキの肩をポンッと叩くと、ティキと共に部屋を出て行った。リディアはそのままティキを先行し、見晴らしのいい場所へと連れて行った。
「ティキ、大丈夫? ねぇ、どうしたの?」
ティキは俯いたまま、沈黙している。しかし、一息つくとリディアのほうを向いた。
「……大丈夫だ。もう落ち着いたよ。悪いな急に」
「ううん、あたしはいいけど。ごめんね。今回の依頼はコレで終わりよ。家に帰ってゆっくり休んで」
「……リディア。俺、”本当に正しいこと”選択出来るかどうかなんて自信ねぇわ。結局、なにが正しいかなんて誰にもわかんねぇもんだろ」
ティキは、自分のリバティーのほうへと向かっていく。リディアはそのティキの姿を見ている。ティキはリバティーの前までくると、立ち止まる。
「だから、俺はいままでと何も変わらない。自分を信じて、自分が正しいと思うことを選択し、行動する」
ティキはリディアのほうは見ていない。それでもリディアはティキに微笑みかけた。
「……うん」
ティキは、リバティーにまたがるとエンジンをかけて、一気に加速して飛び出していった。リディアはティキの後姿を見えなくなるまでずっと見ていた。
風が、リディアの髪をなびいて行く。ふと、首筋に古傷が見える。リディアは、傷を隠すように髪を手で直す。
「もしかしてあたし、余計なことしちゃったのかな?」
リディアは、振り返ると再び建物の中に入っていった。
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