Act9:月の裁き

 ティキがリディアに連れられてやってきた場所、それは中層域であるストラムにある病煉だった。そこでティキが見たのは、”月斑症候群”という病気が発症した人達だった。






「第二の月の裁き?」


「そう。この世界は八百年前に起きた大戦争で月が落とされた。それが、”月の裁き”と呼ばれる大事件。それから長い年月を経て、破壊され地上に落ちた月の破片は、月のカケラとなり、そして月のカケラは粒子となり、この世界を深い霧で覆った。月のカケラの粒子は、時にはオームとなった。けど、それを人が吸い込めば、人体に有害な粒子は病気を引き起こす」


 ティキは、リディアの説明をリディアの顔を見ながら聞いていた。


「それが”第二の月の裁き”、――月斑症候群」


 リディアはそれを言い終わると、しばらくの沈黙に入った。その間、聞こえてくるのは患者達のうめき声だった。うめき声というのは聞いてて当然良いものではない。時には耳を塞ぎたくなるような声を出す。それでもリディアは決して耳を塞ぐことなく、患者達を見ていた。


「今、世界で月班症候群の患者達が、急激に増え始めてるの。感染はしなくてもその数は増すばかり、治療法も見つかっていない。致死率80%を誇るこの病気は、まさに悪魔の病気なのよ。ヒドイと思わない? 治療法もなく、突然発症し発症すれば8割は死ぬ。その数は増え続け、その対処に追われた国は患者達をストラムへと強制隔離しているの」


「え?」


 ティキはその言葉に驚きを隠せないでいた。


「一度発症すれば、治療は出来ない。感染しないとは分かっていても、万が一も考えられる。だったら、月のカケラの粒子がほんの少しとはいえ漂うこのストラムに隔離するのが、一番だと国は思ったんじゃないかな。国は共同で、月斑症候群の患者達を強制的に各国のストラムへと移送した。もう二度と家族と会えないかも知れないのに、そんなこと考えずに……ね」


 ずっと、患者を見ながら話していたリディアがティキのほうを見る。ティキもリディアのほうを見ていたので眼が合う。


「ティキ、あなたの目的が月を復活させることだってことはプレシデントから聞いた。戦争により破壊された月。月が無くなったが為に、この星ルーファは重力のバランスが崩れ、少しずつ崩壊への道を歩んでる。それを救うためには、月を復活させるしかない。そして、月の復活手順書である紙碑の製作。それらは、この星そのものを救うためには必要なこと。でもね。あたし達月の産物を持つ者はこれ以上、患者に近づくことはできないの。なんでか分かる?」


 ティキはなにも答えることが出来ず、沈黙する。


「答えは、月斑症候群が月のカケラに反応するから。月のカケラから出来た月の産物。それは、患者の体内に入った月のカケラの粒子と反応し、症状を悪化させる。それは、ある一つの事実を指すの。それは、月を復活させるということは、彼らを殺すことに繋がるということ」


 ティキは、衝撃を受けた。今まで目的としてきた月の復活。それは、この星を救うため。全ての人が幸せに暮らせるように。それは、間違ってはいない。でも。


「さっき言ったように国は、患者達をストラムへと強制移送した。これがどういうことか分かる? 国は天秤にかけたのよ。月斑症候群の患者達全てと星の命をね。そんなものどちらが多く死ぬかは火を見るより明らか。星が死ねば、彼らもあたし達も全て死ぬ。それなら、患者達は見捨て、星を救おうと。……その様子だと知らなかったようね」


 リディアの言っていることは当たっていた。ティキは、この事実を知らなかった。月を復活させることこそが、全ての人を救うことになると思っていた。今それが、まさに崩された。


「知らなくて当然だけどね。国は、このことを隠してるんだもの。患者が発見されればすぐにストラムへ。家族には多額な金額を渡し、口止め。しかもそれを国ぐるみでやってるもんだから、分からなくて当然ね」


 ティキは黙って、患者達を見ている。


「ティキ、別にあなたがやろうとしている月の復活が、間違ってるって言ってるわけじゃないの。月を復活させなければこの星の死に、より多くの人が死ぬんだもの。ただ、その裏にはこういう事実があることも知っておいてほしいの。それに、悪いことばかりじゃないのよ」


 ティキは、リディアのほうを見る。


「あなたもあたしも持ってるその月の産物。あたし達はアンクレストにマスクを付けずに行っても平気でしょ? 今はまだ理由がよく分かっていないんだけど、月の産物を持っていると、月斑症候群にはならないらしいの。月斑症候群を発症すれば脅威になる月のカケラも、発症する前だと味方になってくれるみたいね。そして、これこそがこの病気の謎を解く大きなキーワードになると思うの。もしかすると、月斑症候群の人達を治すことが出来るかも知れない」


「そんなことが?」


「まだ、可能性の段階であって。実際にはどうなるかは分からないけど、調べてみる価値は十分あると思うの。だから、あたしは国の仕官になりたかったの。この患者達を救いたかったから」


「え?」


「この国が、いえ世界中に100以上もある国のほとんどが手を結び、ストラムに強制移送した患者達。国から見捨てられたはずの患者達。でも、ここの施設は全て国からの援助金で賄われてるの。国も本当はまだ諦めてはいないってことよ。この国はまだ……希望がある」


「この国は? どういうことだよ?」


 リディアは沈黙した。


「お前、本当にいったい何者なんだ? お前の目的は分かったけど、お前の正体が全然見えてこない。この病気となにか関係があるのか?」


「……まぁね。でも、教えてあげない」


「な、なんでだよ?」


「あたしが抱えてることは、そんな簡単に人に話せることじゃないのよ。あなたの過去と同じで」


 その言葉にティキは反応する。


「勘違いしないでね。あたしはあなたの過去を知らない。ただ、プレシデントからあなたは大きな闇を抱えてると聞いただけ。あなたが国に従わないのも、国に所属せず一人で月の復活への情報を集めているのも、全てその過去が原因なんでしょ? あなたにとっては触れられたくない過去があるように。あたしにとってもそれは触れられたくない過去なのよ」


 ティキはその言葉になにも言うことが出来なくなった。


「ティキ、たぶんこれからこの世界には大きな変化が訪れると思うの。それは、人にとって良い方向なのか、悪い方向なのかわからないけど。その時、あなたには正しい選択をしてほしいの」


「正しい選択?」


「悪いけどもう一つ、ついて来て。こっちもとても重要だから」


 そう言うと、リディアはその部屋を出て、入場管理場へと向かう。ティキもその後に続くが、そこを出る前にもう一度その目で、その真実をしっかりと焼き付けて部屋を出た。

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