Act11:盗まれた銅像

 今日もルティーには依頼者が来ていた。髪に微妙に混じった白髪と顔のシワの寄り方から見て、おそらく初老と思われる男は、ティキの前に座りながらとても申し訳なさそうにしている。ティキもその男を見てどうしようものかと悩んでいた。


「あー、悪いけどもう一度だけ言ってくれる?」


「あ、はい。えっと、お金をくれませんか? 5000万オーラムほど……」


 ティキは男の言葉に、驚くのも忘れて聞き間違いだと思い込もうとしている。


「えー、俺はどう言えばいいんでしょうか?」


 二人の間に沈黙が走る。無理もない。ティキからすれば、そんなことを言われたのは始めてだろうし、初老の男からしても、常識の範疇を越えていることに気がついていた。


「……すいません。なんでもやってくれると聞いたので、依頼しにきたんですがやはりさすがに無理なお願いですよね。他をあたります」


 そう言うと男は椅子から立ち上がると、ルティーから立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待った。お金はやれないけど、なにか訳ありなんだろ? 理由くらいは聞いてやれるよ」


 ティキは、残念そうに肩を落とす初老の男の姿を見て止められずにはいられなかった。男は、ドアに向けていた身体をティキのほうへと向けると、その大金が必要な理由を話し出した。


「実は、数年前に家に強盗が入ったのですが、その時ある大切な品物を盗まれたのです」


「大切な品物?」


「それは息子が死ぬ前にくれた大切なモノなのですが。盗んだ者が売り払った後、長い年月をかけてあちこちの家を回ったみたいでしてつい先日偶然にも、もうすぐ開催される世界最大のオークションに出品されることを突き止めました」


「世界最大のオークション? なんか聞いたことあるな」


「有名なオークションですからね。それで、なんとかして買い取りたいのですが、そのオークションの最低落札価格が5000万オーラムなのです」


 ティキは、その時にふと思った。


「盗まれたものなんだろ? だったら、事情を話して返してもらえばいいんじゃないか?」


 男は、顔をしかめると俯いた。


「ええ、私もそう思い、事情を話したのですが、なにしろ相手はあの世界最大のオークショニア”サミュエル・クリス”。すでにカタログも発行しているようで、出品者や落札者の信頼を守るためそのようなことは出来ないと断られました。なんとか取り返したいのですが、5000万オーラムなんて大金持っているわけもなく。どうしようかと悩んでいます」








「ってことなんだが、なんとかならねぇかな?」


『うーん、なんとかしてあげたいけど難しいかな』


 ティキは、店の外で携帯電話で話している。電話の相手は、リディアだ。リディアは国の仕官なので、国関係のことならなんとか出来るかも知れないと思い、聞いてみた。もちろんそうは言っても、かなり無理があることだというのは、理解していたが。


『サミュエル・クリスって言えば、世界中から名品中の名品が集められ、出品される世界最大のオークションだよ。一年に一度しか開催されない権威あるオークションだしね』


「なぁ、じゃあそのオークションに出品される品物って、どこに置いてあるのかな?」


『え? そりゃあ、オークションが開催されるのはサリュレシラ国なんだし、もうオークション開始まで一週間もないでしょ? だったら間違いなくサリュレシラのオークションハウスにあるはずよ』


「サリュレシラか」


『それにしても、世界最大のオークションに出品されるほどの品物ってなんなの?』


「ん? ああ、銅像らしいぜ。なんか、超有名な奴が作った最初の作品らしくてな。でもそいつは、数年前に他界。まぁいわゆる形見だったってことだな」


『ふーん。わかった。こっちもなんとか出来ないか一応やってみるけど期待はしないでね』


「ああ、ありがとう。頼んだ」


 ティキは携帯の電源を切ると、携帯をポケットへとしまった。そして、手で頭を掻く。


「うーん。どうしようかな。やっぱアレやるしかねぇかな」


 ティキは空の天気を確かめる。空は、少し曇っていた。








 夜の闇に紛れて動くものが一人。黒い服に身を隠すその人物はティキだった。ティキは、見つからないように静かに、闇を利用し動く。ティキの前には、五メートルほどの高い塀がある。そこは、世界最大のオークションハウスの前だった。そのお城のような景観から、夜はライトアップされているのだが、深夜ともなればそのライトアップも消され、闇が支配する。


 ティキは草むらに隠れ、期を伺う。


「見つかったらどうなるんだろうな。一生牢獄は間違いないな。品物が品物だから、極刑も……」


 捕まった時のことを思うと、ティキは身体が震え、鳥肌が立った。


「やっぱ、やめようかな……」


 弱気になるティキの脳裏に過ぎるのは、依頼主の言葉だった。自分が大切にしているものを盗まれ、さぞ悔しかっただろう。やっと見つけたと思えば、それは遥か手の届かない場所にある。ティキには、その悔しさがとても他人ごとだとは思えなかった。


「いや、ここまで来たんだ。やってやるさ」


 ティキがやろうとしていること、それはオークションハウスから銅像を盗み出すこと。5000万なんて大金はティキに出せるはずもなく、国も手が出せない。だとすれば出来ることと言えば盗むしか方法がなかった。




 ライトアップも消された深夜。ティキはルナ・フォースを出すと、それを地面に突き刺した。そのまま剣を塀を越えられる程の長さまで伸ばすと、剣を元に戻し、塀の向こう側へと着地した。暗闇ながらもティキは容易に着地することが出来た。それは、ティキの足元がライトで照らされていたからに他ならないだろう。


「あっ」


 ティキが、塀を越えて着地した場所に、偶然にも警備員がライトを持って見回りをしていたのだ。ティキは、あろうことか侵入したのと同時に見つかったのだ。警備員がティキの侵入に気がつき、ティキを捕まえようとティキを見るのと同時に、ティキも警備員を見る。そして、お互いに目が合ったのを合図とばかりに、ティキは一目散に逃げ出した。


 間一髪でティキを捕まえ損ねた警備員は、腰につけていた警報装置のボタンを押す。その瞬間、オークションハウス全体がライトアップされ、高々と警報が鳴り響く。その音を合図に、異常に気がついた他の警備員達も、辺りを警戒する。


「なんて、こったぁぁぁあ! いきなり見つかるなんて予想外だぁぁ」


 ティキは必死に走りながら、とにかく隠れることが出来る場所を探したが、警報が鳴り響くこの場所は、複数の警備員に、複数のカメラでまさに死角がなく、隠れることは不可能だった。ティキは瞬時にそれを判断し、頭を切り替えた。隠れることが出来ないのなら逃げるしかないと。捕まることは許されない。なんとか、この高い塀の外へと逃げるしかないと。


 その時、複数で行動していた警備員が、ティキを発見した。


「見つけたぞ。逃がさん」


 警備員が、ティキを取り押さえようと向かっていく。ティキは、警備員の突進を避けると、その隙間から逃げようとした。しかし、すぐに他の警備員がその逃げ道を塞ぐ。その瞬間、ティキは警備員の目の前で地面にルナ・フォースを突き刺すと、塀よりも遥かに高く伸ばした。ティキの身体も剣が伸びるのに比例して上がって行く。そして、入ってきた時と同じように剣を元に戻すと、ティキは遥か上空から塀の向こう側へと、飛び出していった。


 外まで逃げれば、隠れることが出来る場所はいくらでもある。逃げたティキをさらに追ってくる警備員達を、ティキは木陰に隠れてやり過ごした。


「くっそー。まさかいきなり見つかるなんて、さすがにもう警戒されてて無理だろうな」


 警備員に見つかる前にティキは、その場を後にした。








「と、いうことで盗むのは無理でした」


「そんなことまでして頂いたなんて、ちょっと驚きました」


 ティキは、ルティーに呼んだ依頼主の男に盗みに入ったことを教えた。依頼主の男もティキの行動に非常に驚いていた。


「けど、どうしようかな。金もない。盗むのも無理。これじゃあどうしようもないぜ」


「そのことなんですが、もう諦めようかと思ってます」


「え? なんで?」


「ティキさんが盗もうとまでしてくれたのは、ありがたいんですがこれ以上迷惑はかけられません。お金も払ってないですし」


 ティキは、ため息をつく。


「おいおい、なにを今更言ってんだ。それに別に迷惑なんかじゃねぇよ。俺はあんたの話を聞いて協力したくなったから勝手に協力してるだけだ。俺が勝手にやってることなんだから、あんたが気にすることなんかじゃないぜ」


「……しかし」


「まぁ、あんたがどうしてもって言うんなら止めなくもないけど」




「なぁに、弱気になってんの? ティキらしくないなぁ」


 その声にティキは入り口のほうを見る。そこには、手に紙を持ったリディアが立っていた。


「リディア? どうしたんだ?」


 リディアは、ティキのほうへと向かっていく。その途中で目があった依頼主に軽く会釈をした。依頼主もそれにつられるように会釈をする。


「電話で言ったでしょ? こっちはこっちでなんとかしてみるって」


「あー。そんなことも言ってたかな? ……ってことは、なんとかなったのか?」


「まぁ、なんとかなったって訳じゃないんだけど。とにかくコレ」


 そう言いながらリディアは手に持っていた紙をティキへと渡す。ティキはそれを受け取ると、紙に書いてある内容を確認する。そこには住所のようなものが書かれていた。


「これは?」


「ある金持ちコレクターの住所だよ」


「コレクター?」


「そ、今回の依頼主さんの息子さんの作品が好きで集めてるコレクターがいるの。その人は毎年必ずと言っていいほど、このオークションに出品される作品を落札しているの。聞いた話だと、息子さんの作品の九割はこの人が持ってるらしいよ」


 ティキは、リディアの説明を聞きながら紙を見つめている。


「へぇ、そうなんだ。それで、そいつの住所を知ってどうするんだ?」


「鈍いなー。やっぱりティキちゃんは子供だなー。決まってるじゃない。そのコレクターが落札したそのお目当ての品物を譲ってもらうのよ」


 リディアの言葉に、ティキも依頼主も一瞬固まる。


「ど、どっちが子供だよ。そんなん常識で考えて無理に決まってるだろ? 最低でも5000万オーラムの品物だぞ。ただで譲ってくれると思ってんのか?」


「そこが、あなたの腕の見せ所でしょ?」


「お、お前なぁ。簡単に言うけど……」


「じゃ、あたしはコレで。コレでも結構忙しいから」


 ティキの言葉を遮り、リディアは再び入り口へと向かっていく。途中依頼主の男と再び目が合う。


「依頼主さん、彼に頼まれてあなたの息子さんのこと調べました。ほんとに凄い息子さんですね。亡くなられたのが惜しいです」


「いえ、そう言って頂けて息子もきっと喜びます。協力して頂きありがとうございます」


 リディアはニッコリ笑うとルティーを出て、リバティーへと乗り、空高く飛び去っていった。




 ティキはその紙を見つめている。


「しゃあねぇか。今はコレしか方法ないしな」


 ティキは、リディアの考えた作戦を実行してみることにした。そして、依頼主と共にその紙に書かれている住所へと向かった。


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