6.街の英雄編

『闘獣の章』

第65話 悪友との再会

 買い物かごを片手に、ユータが青菜を入れた。


「怪我、大丈夫?」

「うん。心配してくれてありがとう」


 ユータと並んで、ダージリンは商店街を歩いて行く。

 青菜の次は、今朝採れたらしい魚を、ユータが選んでいた。

 親から渡された紙に書かれた品をよく確認している。

 ユータが魚を探す間、ダージリンは昨日の事を思い返していた。



 夕方、空にそびえ立つ様に大きい馬。

 その馬に乗りながら、紅蓮戦神はダージリンに言葉を残した。


 ――死者の事は一々考えるな。それは過去にしがみ付いているのと同様。過去は戻って来ない。未来を見ろ。己がどうするべきかを考え、行動しろ。そして戦え。


 ふとした間に、まるで何も無かった様に、紅蓮戦神は消えていた。

 夏なのに、そよ風が肌を震わせるくらいに冷えていた。

 外が真っ暗になった後、祖父母に秘密を話した。

 夕食の後、三人で紅茶を嗜みながら、祖父が聞いて来たのだ。

 向かいの席に座っていたので、祖父の視線から逃げていた気がする。


「教えてくれダージリン。お前はどうして外に出るのか」

「教えるって……僕は王子様だから、何か、出来る事ないかなって」

「もっと重大な事を、お前は持っているんじゃないのか?」


 相槌を入れる間もなく、続けて祖母が語る。


「この前、貴方と同じくらいの女の子が死んじゃったの、知っているでしょう? その親御さんにお婆ちゃんは会ったの。そうしたら、噂の『精霊人間スピルシャン』との戦闘に巻き込まれたのですって。ダージリン、貴方事件があった夜から、暫くご飯を食べないくらい元気が無かったじゃない。どうしてなの?」

「そ、それは……」

「誰かの役に立ちたいという気持ちは良い事だわ。だけどダージリンは、何か抱え過ぎているんじゃないの?」

「……もう、無理か」


 カップを置く時、ソーサーが赤く染み付いた。

 椅子から降り、右へ少し歩いた所で止まると、刀を取り出した。

 体が燃え上がっていく。

 その身を変えて振り向いた時、祖父母は目を開いて固まっていた。


「ごめんなさい。隠しているつもりは無かったんです」


 深々と頭を下げた。

 当然だ。

 噂の英雄が自分の孫だから。


「紅蓮戦神から、話は聞いていたわ。だけど、自分から」


 しかし、口を開いた祖母は至って冷静である。

 紅蓮戦神から事情を聞いていたらしい。

 だが、最初からわかっていたとはいえ、もっと驚いても良い案件だ。

 だから気が落ちた。


「他の人には、話したい時に話します。お爺ちゃん達は何も言わないでください」

「わかった。だがダージリン、英雄ごっこのつもりなら、今すぐ止めなさい。どんな事が起きても覚悟を持ってやりなさい」

「はい」


 十分ではないが、心に少し余裕が出来た。

 王家のお墨付きだから、後ろめたさに行動する必要が無い。

 これからは少し、胸を張ってみよう。



 昨日の事を振り返っていたので、ユータが「ねえ、聞いてる?」と言われてしまった。


「あ、ゴメン。どんな話だった?」

「お魚、どれが美味しそうかなって話」

「えっと、じゃあ、これとか?」

「え? この真っ赤なお魚?」

「僕はこっちが良いと思うけど」

「お魚って、青くてピカピカしているのが良いんじゃないかな?」

「そ、そんな事無いよ。赤い魚だって美味しいよ」

「それはダージリンが赤い色が好きだからじゃないの?」

「それもあるけど……」


 ダージリンは赤い魚を提案してみたが、ユータには不評らしい。

 結局、王道な青魚を買う事になった。

 買い物かごから、魚の尾鰭が出しゃばる中、次の品物を買いに歩いて行く。


「次は何を買うの?」

「えっと……」


 ユータが次に買う物を確認したその時だった。


「バッカやろう、てめ、どこ見てんだゴラァ!」

「す、す、す、すみません……作業をしていたので気付かずに……」


 怒鳴り声の方を向くと、派手な髪色をした長身の男が、気弱そうな青年に吼えていた。

 男達の辺りにはひっくり返った箱から、色とりどりの果物が散乱している。

 それと、水筒らしき容器から飲み物が零れていた。


「この服、6万5743マナトもしたんだぞ? お前がぶつかったせいで汚れちまっただろうが!」

「ほ、ほんとにすみません!」


 どうも服を汚されてご立腹らしい。

 実際、腹部辺りが大きく染み付いた跡がある。

 だが、青年の胸倉を掴みながら怒鳴っているので、正直やりすぎである。

 道行く人が困惑し、ダージリンもユータも、眉を寄せていた。


「ちょちょちょちょ、そこまでにせぇ。その人謝っとるやろ?」


 すると、何者が胸倉を掴むその手を引き離した。

 背丈は小さく、変に訛った喋り方をしている。

 当然ながら、長身の男は仲介に入った小さい男に、怒りの矛先を変えた。


「ああ? お前何だ? 関係ないだろ!」

「せやけど、このまま見過ごすわけには行かへん。あんさんが落ち着くまでおるつもりや」

「ほう? ガキのクセして首突っ込むとは……黙らせてやろうか!」


 生唾が飛んだ。

 体の中心から痛みが広がっていく。

 気付くと、長身の男は苦しそうに吼えていた。


「黙されましたやな」

「ううううう、いいいいい……」

「どないする? 次は一本折ったろうか?」


 その右手はくねらせる様に動いていた。

 冷徹に囁く。

 陽気な割に、何処か恐ろしい印象だ。

 長身の男はお腹を抱えながら、背中を向けて走っていく。


「もうシャバい事はやっちゃアカンで~」


 返事は来る筈もなく、長身の男は街中へ消えた。

 落ちた果物を拾いながら「自分、大丈夫か?」と青年に聞くと、青年は「ありがとうございました」とお礼を告げ、仕事へ戻っていった。

 全てが解決した所で、背丈の小さい男が何かに気付く。

 ダージリンがいる方を見て、手を振り始めた。


「ん? おお。ダージリンやないか。久しぶりやな!」

「アクバル。何やってるの?」


 ズボンに手を突っ込みながら、アクバルが陽気に喋り出した。

 対してダージリンは、乗りが悪そうに答える。

 そしてユータは、ダージリンの後ろへ回り込み横から覗き始めた。


「そら、こっちの台詞や。自分こそ、どないしたん? そのダージリン二号みたいなもん連れて」

「あ、ああ、これは……」

「まあ、ええわ。暇やろ? お茶でもせえへん?」

「え? どうして?」

「久しいのに何やその反応。連れない奴やな。ええやろ? 仰山聞きたい事あるんや」

「……じ、じゃあ、丁度良い所あるから、そこ行こう」

「おお。それはええな」

「でも、その前にお使いを頼まれたから、それを済ませてからでも良い?」

「了解」


 手早くお使いを済ませ、三人はユータの家が経営するカフェ『トーマス』へと向かった。

 お店は相変わらず、静かなお客さんで集まっている。

 席に着くと、アクバルはメニューを開いた。

 紙とペンを持って、ユータが伺う。


「おお。いっぱいあるな。何がオススメや?」

「『オススメは?』だって」


 ユータの方を向いて、聞いてみたが、固まってしまっている。

 仕方ないので、代わりに伝えた。


「ミルクティーが美味しいよ。ここ」

「ほお……んじゃ、パフェにしよっと」

「紅茶頼めよ」


 暫くして、トレンチを慎重に持ちながら、ユータが戻って来た。

 しっかりと、パフェとミルクティーが乗せられていたが、中身が揺れている。

 正直、心配である。

 ユータは「お待たせしました」と呟きながら飲み物を置いた。

 新緑の様に輝くパフェが今、アクバルの前に現れる。

 口当たりが良さそうな冷たさだ


「そういや自分、名前は?」

「ゆ、ユータ……です」

「おお。ユータやな。俺はアクバルや。ほな、よろしく」


 アクバルはゆっくりと掌を出した。

 掌をユータは凝視するが、結局握られる事はなく、一目散に厨房の方へ逃げた。


「見とると、ホンマにダージリン二号やな」

「二号じゃない」

「いや、二号やろ」

「そんな事は言いとして、聞きたい事があるんじゃないのか?」

「あ、せやな……」


 まずは一口。

 豪快にスプーンでパフェを掬い、口に運んだ。

 先程の朗らかさとは打って変わり、スプーンを置いて、頭を掻きながら黙り込む。

 そして、気まずそうに口を開いた。


「えっと、その、まずは、親父さんの件、大丈夫か?」

「……ああ。もう落ち着いたよ。何とか」

「せやったら、ええけど」


 安心したのか、少しずつアクバルから元気が蘇っていく。

 ダージリンも調子を尋ねると、アクバルは「俺は不幸に慣れとるから」と笑った。


「そう。ところでアクバル、今日まで何してたの?」

「あ、俺な、『悪い奴をやっつけ隊』に入ったんや」

「は?」

「これや」


 アクバルはズボンのポケットから乱暴に何かを投げた。

 机に落ちたそれは、生徒手帳の様に見えるが、学校のものではない。

 派手な紋章が刻まれている。

 黄色の縁取りに赤い文字が特に目立った。


「GOHカメリア支部? あのGOH?」

「学校で色々あったやろ? 何でも『君という最高の英雄を探していたから、是非力を貸してくれ!』ってな」

「は、はあ」

「いやぁまさかな、スカウトされるとは思わなかったわ」

「それは良いけど、学校とかはどうするの?」

「ああ。定職見つけたもんやし、辞めるかもしれへん」

「そ、そう、なんだ……」

「後な、ブランドンも一緒やで!」

「ブランドンも?」

「ああ。相当嬉しかったみたいや。気色悪い笑顔を浮かべるくらい、な!」

「へえ……」


 どうやら、良い仕事が見つかったらしい。

 嬉しい事があったみたいで何よりだ。

 ダージリンは砂糖を混ぜながら、熱いミルクティーを口にした。

 談笑はやがて終わりへと向かう。

 二人はカフェの前へ出て、お互いの帰り道へ向いた。


「久しぶりに喋れて良かったわ」

「うん。元気で何よりだよ」

「ダージリン、自分、これからどうするんや?」

「……出来る事からやってみるよ」

「……それは、ええな」

「今日はありがとう」

「ほな、おおきに」


 アクバルは手を振りながら、ダージリンと別れた。

 姿が見えなくなった所で、ポケットに手を突っ込み、歩いて行く。

 所が、顔が険しい。

 先程の陽気さが失っている。

 そして、度々後ろを振り返っていた。


 ――何か付けられとるな。


 香るコーヒーを嗜んだばかりなのに、虫が這う様な気分だ。

 気付けばアクバルは、人気の無い小路にいた。

 子供達の声が遠くから聞こえてくる。

 踏みにじった砂利の音も聞こえた。

 よし、折角、誰もいない道へ来たのだ。

 賭けてみよう。


「おい! こっちはわかっとるんや。出て来んかい!」


 アクバルが怒鳴ると、気味の悪い笑い声がすぐに返って来た。


「勘が良いな。お前。その様子だと、わざと人気の無い行き止まりに来たみたいだな」

「いーや。ここには偶々来たんや」


 物陰から黒い影が現れる。

 何処を見ているのかわからない見開いた目が、邪に輝いていた。

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