第60話 森の探検

 晴天の下、固められた地面の上を馬車が進んで行く。

 ダージリンはユータと二人、日陰の下で座っていた。


「お父さん達とは上手くいってる?」

「うん。何とか」

「それなら良いけど」


 長袖と長ズボンが汗で沁み込み、額からも流れていた。

 特に前にいるハルタは、馬を鞭で操りながら運転しているが、日光を直接浴びているので滝に入っていたかの様に濡れていた。

 汗だくのハルタが、ダージリンに話しかけた。


「ダージリン君は、カブトムシを飼った事はあるのかい?」

「……いいえ」

「採った事は?」

「……無いです。今と違って、昔は外出するのが厳しかったので」

「そうなのかい」

「う、馬、飼ってたんですね」

「いや。これレンタルした奴だよ」

「そ、そうですか」


 ダージリンは、ふと丘の上に立った小さな家を見つけた。

 二階建ての小さな白い家で、住人らしき夫婦と少女がいる。

 娘と妻が腰を低くして、雑草を抜いており、夫が鍬らしきものを持ち上げていた。

 庭の手入れをしているらしい。

 微笑ましい光景だが、ダージリンは姿を隠した。

 俯いた顔のダージリンを見て、ユータはハルタの隣に行き、話し掛けた。


「何か、静かだね」

「前に巨大な事故があったからな。サンチャ村からは殆ど人が出てっちゃったよ」

「そうじゃなくて、ダージリンさんだよ」

「え? ああ。そっちか」

「お父さん。やっぱりダージリンさん、元気が無いよね」

「そうかな? 大人しい子だとは思うけど、何か気に病む事でもあったのかな?」

「お父さん、大人でしょ? 励ましてよ」

「ええ? そんな事言われても」


 ユータに不快な目で見られ、ハルタは首を傾げて暫く考えた。

 そして、思いついた事をダージリンに伝えた。


「ダージリン君、お父さんが死んで今は苦しいかもしれない。だけどね、生きていれば君を必要としてくれる人が必ず現れる。君はまだ全然若いし、王子様という肩書きに悩む必要もない。自分らしく生きてみるんだよ。例えば好きな女の子の為に頑張ってみるのも手なんだ。だから――」

「ありがとうございます。僕は大丈夫なので……」


 途切れる様に、ダージリンは感謝の言葉を送った。

 ハルタの目が固まり、右往左往にユータを見つめる。

 ユータは肩を落とした。


「もしかして、気に触っちゃった?」

「ダメだこりゃ」


 沈黙の最中、馬車は暑い道を走っていく。

 水の流れ。

 流れに抗う様に魚の群れが泳いでいる。

 三人は馬車を川の麓に止めて、森の中へ入った。

 森は手入れされているのか、とても歩きやすく、どんどん奥へと入る事が出来た。

 ユータは網を片手に振り回し、先頭にいるハルタが草をかき分けていく。

 その二人の後を、ダージリンは付いて行った。

 左右を見渡しながら、カブトムシを探してみるが、特にいそうな気配はしない。


「意外といないんだね」

「昼間は大抵、寝ているからね。早朝に行けば見つかりやすいんだけど、お父さんは寝坊助だから」


 先頭を歩いていたハルタから「悪かったな」という一言が零れる。

 すると、ハルタは急にしゃがみ出した。

 何かを取り始めている様だ。


「お! いたいた!」

「え!」

「見てくれ二人とも!」


 ダージリンとユータは思わず声が上がってしまった。

 特にユータは目を輝かせながら、父の背中へ張り付く。

 ハルタが振り向いた時、その手には確かにカブトムシがいた。

 だが、それは二人の想像を絶するものだった。


「かぶとむしだ!」


 土を被った丸い蕪。

 大きな芋虫が体を激しく動きながら、葉っぱを食べている。

 だから何だというのだ。

 眉を寄せながら、ダージリンは一歩身を引いた。


「お父さん、くだらないよ」

「え? 面白くなかった?」

「うん」


 三人の間に極寒が吹く。

 雪よりも冷たかった。


「ぼ、僕、向こうにいないか見て来ます」


 何を思ったのか、ダージリンは一人、森の中を進んだ。

 単独行動に出てしまったダージリンに、ユータは白い目で父親を見る。


「ほら、お父さんがくだらない事を言うから」

「そ、そんなつもりは……」


 林の中を切り分けていく。

 この道を、ダージリンは知っていた。

 あれはもう、真っ暗な夜の出来事だったが、この太い木と木の間を通り、蔦を千切りながら進んだ事を覚えている。


「こ、ここは……」


 やがて、黒ずんだ野原が目の前に広がった。

 光が地面から現れては消滅を繰り返している。

 ここは半年前くらいに起きた、『サンチャの大爆発』と呼ばれた事件の跡地だ。

 以前までは調査部隊がここで、爆発の原因を調べていたらしいが、国王だった父が殺され、打ち切りになってしまった事を祖母から聞いていた。


「あの夜、確か……」


 ダージリンは煤になった野原の上に膝を付いた。

 ここで彼は、少女を探していた。

 少女を探している時、あの不可思議な光と闇の存在を見た。

 激しく交差する二つの存在に巻き込まれ、意識を失った。

 そして、少女の形見を見つけたのだ。

 同時に、ここで彼女が死んだ事を察した。


「ダメだ。思い出したくない」


 だが、細かい所までは覚えていない。

 何かに助けられた気がしたが、触れてはいけない真実の様に思えた。

 頭の中に浮かぶのは邪悪な闇。

 あの闇が消えても尚、体が蝕む様に震えだす。

 肺が急に狭くなった。

 空気が体に入らない。

 ダージリンはそこら辺にある、適当な石を手にして、尖った所を手に打ち付けた。

 手から体へ、徐々に痛みが走っていく。

 だが、記憶は痛みをもかき消す様にダージリンを苦しめた。

 呼吸が益々荒くなっていく。


「……お父さん。向き合わなきゃ、ダメなんだよね?」


 父親は僕の代わりに、真実を探ろうとしてくれた。

 どうして自分は、父に協力しなかったのだろう。

 父親が怖かったから。

 違う。

 真実に向き合おうとしなかったから。


「な、何だ?」


 鉄砲の放つ音が響き渡る。

 いや、鉄砲にしては強すぎる。

 もっと大規模に何かが破壊された様な音だ。

 それが小刻みに近づいてくる。

 まるで誰かが歩いてくる様だ。

 ゆっくりと立ち上がり、ダージリンは音の方へ走った。

 すると、目の前の林が一気に燃え上がった。

 あまりの熱さにダージリンは身を屈めてしまい、熱風が髪の毛を揺らす。

 熱風が落ち着いた所で、目の前を見た。

 燃え盛る林の中から現れる光の無い眼。

 唾液が滴る牙、金剛石の様な爪。

 巨木と思える様な足。

 そして、山々を隠す程に広い暗黒の翼。

 ダージリンは絶句した。


「ど、ドラゴン……!?」


 禍々しい蜥蜴が吼える。

 ドラゴンと呼ばれるそれは、火炎を吐いて、自然を焼き尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る