第55話 お守りの炎

 震えが続いていく。

 体の芯から止まらなくなっている事がわかる。


『あの時』と全く同じだった。


 突然、学校に現れた不気味な奴らに、友人や先生達が殺された。

 その殺意が、今度は自分に向けられている。

 両手首を封じられ、足も地に付かない。

 これから家畜の様に捌かれるんだ。


「あ、ああ……あああ……」

「怖いよね。恐怖は、俺にとっては大好物なんだ。だから、なるべく楽しんで死なせてあげるよ」

「い、嫌……」


 絶望に呑まれていくスーザン。

 だが、決して終わりではなかった。

 廃墟から外へ、唯一繋がっているであろう扉が突然、大きな炎と化した。


 豪快な音。


 炎から現れる人影。

 スーザンは、その人影に見覚えがあった。

 呑まれていた絶望は、そこで止まった。


「その娘を放せ」

「来てくれたか、スピルシャンビギンズ。君を殺す事を楽しませてもらうよ」

「誰だ?」

「お初に。俺は、日之本の名で志賀払羽太。こちらで名乗るならバラハタ・シガ、と言った所か?」

「ヒノモト?」

「そうだ。カメリアとはお茶の関係もあって、簡単に入国出来たよ」


 その男、バラハタは多分ヒノモトの生まれだ。

 あの独特な、上から下まで全て繋がった服からして間違いない。

 僅かな間だけ、ダージリンは父親の事を思い出していた。

 以前、ヒノモトがどんな国かを父から聞いた事があったのだ。

 父の背中がとても大きかった頃、手を繋ぎながら海が見える道で歩いていた。


 その時に父は、海を見て話した。

 海の向こうにある国の話を。

 猛る血は死ぬまで止まる事ない凶暴な民族『カゲロウ』が治める国。

 そのカゲロウの戦士である『侍』は戦いと勝利が全てであり、それ以外は全て邪道の身の毛がよだつ様な思考の持ち主ばかりだ。


 だが、その心に宿る信念は固く確かなものがあり、戦士としては偉大な者達である。


 主や仲間を大切にする思いは、我々も学ぶべき姿勢だ。

 大雑把だが、とにかく凄い者達がいる国みたいだ。

 だからダージリンは、その理想を崩す男を前に、毒を吐く様に呟いた。


「……恥を知れ」

「誉め言葉だよ。俺は日之本あっちで人斬りをいっぱいやって逃げて来たんでね」


 バラハタは笑いながら、刀を回して鞘に納めた。

 静かに、燃え滾る心を我慢して、ダージリンは口を開く。


「MADの刺客か?」

「そうだ。スノーウィッチからのお願い事さ」


 ――ミレッジ!


 遂に刺客を送り込んできた。

 しかも、この男の異様な雰囲気は只者じゃない。

 本物の悪だ。

 標的を殺す為だけに、見ず知らずの少女を巻き込む。

 胸糞悪い。


「……もうその娘に用は無いだろ。早く放してくれ」

「わかった。放してあげる」


 一瞬の出来事。

 ダージリンの体はいつの間にか、バラハタの後ろへ回り、縛られていた筈のスーザンを抱えていた。

 天井からぶら下がる縄は、先が焦げて煙を立てている。


「大丈夫? スーザン」

「う、うん……少し手が痛いけど」

「良かった。下がっていて」


 スーザンを少し先に下ろした所で、ダージリンは振り返った。

 体から熱が昇り始めていく。

 煮えたぎる我慢が、溢れ出そうとしていた。


「放せと言った筈だぞ……!」

「ああ。だから、手首を切って放してあげようとしたんだ」


 着火。

 ニタニタと笑いながら言葉を返すバラハタに、我慢の限界が到達。

 全身の熱が火炎となって身を包んだ。

 激しい煌めきを見て、バラハタが「おお。熱いねえ」と呟く。


「さあ――今度はお前の首が跳ぶ番だ!」


 冷たい刃を床に向けて、バラハタは姿勢を低くする。


「戒院流剣術――」


 鞘から抜かれた刃が、ダージリンを斬り上げた。


「常高院!」


 下からの斬撃は、ダージリンと共に廃墟の壁をも傷付けた。

 あまりにも速い抜刀は、スピルシャンの肉体をも容易く切り裂く。


「ビギンズ!」


 スーザンが叫んだ。

 傷口から溢れていく粒子を抑えながら、ダージリンは膝を着く。


(全く見えなかった。あの速度から一体どうやって避ければ良かったんだ!?)


 バラハタは再び刀を構えた。

 今度また斬撃をもろに食らえば、負けてしまう。

 ダージリンは傷口から手を離し、バラハタへ向けた。

 豪快な炎が轟きながら突き進んでいく。


「こんなもの!」


 迫る炎に対して、バラハタは刀を振った。

 横から真っ二つに、炎は散り散りになっていく。

 驚くのも束の間、ダージリンはすかさず、もう一度炎を放った。


「無駄な足掻きだねぇ。同じ手は通じないよ?」


 またしても、炎は切り裂かれた。

 しかし、ダージリンは炎を放ち続ける。

 赤い渦を作り、バラハタに繰り出すも、またしても効かなかった。


「どうした? そんなんじゃあ一生俺を倒せないぞ? 戒院流剣術――」


 バラハタが上空へ跳び上がる。


「崇源院!」


 真っ直ぐに、刀が重く落ちた。

 ダージリンの肩に食い込む刃。

 地面への衝撃も加わり、ダージリンは苦しく叫んだ。


「うぐっ!」

「どうだい? もっとやってやるよ! この『人斬り払羽太』が刺身にしてやる!」


 肩から粒子が溢れていく。

 腕が落とされそうだ。

 バラハタの刀を掴むが、刃は肉体を斬っていく。


 ――ダメだ。


 ダージリンは、他の方法を考えた。


「万事休すだな! スピルシャンビギンズ!」


 死んだ魚の様な瞳を輝かせながら、バラハタは嘲笑う。


 ――そうだ。これをやろう。

 お守りだ。きっとお前を強くしてくれる――


 誰かの声が聞えた。

 お父さんだ。

 脳裏に浮かぶ、父親の最期。

 あの時授けてくれた、お守り。

 ダージリンは刃から手を離し、バラハタの胸に火炎を放った。


「何!?」


 赤き衝撃を食らい、地に転がるバラハタ。

 すぐに立ち上がり、ダージリンを睨むと、彼は掌を横にして開いていた。

 掌に炎が集結し、形を作っていく。

 バラハタは首を傾げた。


「何だ?」


 召喚された赤い束。

 やがてその束から、再び炎が噴き出した。

 今度は真っ直ぐに、揺らめきを減らしながら硬くなっていく。

 ダージリンは、炎で作った『それ』を両手に持つと、縦に構えた。


「ふん。珍しい物を持っているな――『炎刃刀』!!」


 刃が炎の如く輝いている。

 反りの無い、真っ直ぐな刀だった。

 束に刻まれた『繋留閃火けいりゅうせんか』の文字。

 今ここに、亡き父の炎が蘇ったのだ。


「大丈夫だ。お前なんか怖くない」

「怖気づけえええええええええ!!」


 刀が交差にぶつかり合う。

 赤き刃を振るい、ダージリンは攻める。

 振り下ろし、薙ぎ払い、突く。

 一振りを熱く込めて、バラハタを狙った。


 だが、バラハタも引けを取らない。

 ダージリンの一撃を全て止め、戒院流の技を繰り出す。


 常高院。

 崇源院。


 どれも強力な技だ。

 しかし、ダージリンは諦めない。

 必ず、真っ赤な斬撃を、お見舞いさせてやる。

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