第54話 鮮血の夜

 夕焼けが消えかけた空に、青年の剣士がポケットに手を突っ込みながら歩いている。

 腰に備えた剣は乱暴に揺れていた。


「くっそ! あのマスク野郎のせいで騎士団にしょっぴかれたじゃねえか。変な炎で俺を晒し者にしやがって!」

「そのマスク野郎の話、聞かせて貰えないかな?」

「ああ? 何だよ! まだ用でもあんの……か」


 苛立ちが爆発した剣士は振り返り、怒鳴り散らした。

 しかし、その怒りは急激に静まった。

 何故なら、後ろにいた人物がどう見ても異様だったからである。

 腰に構えているのは自分のとは異なる反りのある剣、いや刀だろうか。

 容姿も、まるで大きな布を直接纏った様で腰には帯を巻いている。


「誰だよ?」

「剣士さん、私にどうかマスク野郎の話を聞かせて貰えないかな?」

「何でアンタに話さなきゃなんねーんだよ」

「マスク野郎に、恨みがあるんじゃないのか?」

「ああ嫌いになったよ。でもな、お前みたいな不審者とは仲良くする気はねえ」

「そうですか。ならば、バラバラになってもらいましょう」

「何!」


 双方がそれぞれの得物を抜いた。


「剣の腕、少しは楽しませてくださいよ」

「上等だ。死んでも知らねえからな!」


 次の瞬間、金属が激突した。

 鈍く鳴り響くそれは、家の間を通り抜け、壁と壁に伝わっていく。

 しかし、次に響いたのは青年の悲鳴だった。


「う、腕があぁ! 脚があぁ!」


 瞬く間に青年の腕が体から離れて飛んだ。

 更に脚も同じ様に体から離れ、ぼとっぼとっと崩れ落ちた。


「さあ、話す気になりましたか?」


 不審な影は口元を歪ませ、達磨となってしまった青年に少しずつ近付いていく。

 青年が気付いた頃には手遅れだった。


 ――殺される。


 命にしがみ付いた青年は、持っているもの全てを口から吐き出した。


「は、配達員だ。配達員の親子と話していた。娘の方が後から来てお礼とかを言ってた気がする!」

「その配達員は、どんな名前でしたか?」

「知らねえよ。赤の他人なんだ」

「他に知っている事を全部話してください」

「もうねえよ!」

「では、首を飛ばします」

「ま、ままま、ままままままま、待ってくれよ!」

「さようなら」

「こ、こ、こ、こ、子持ちだ! そ、そそ、そ、その配達員は所帯を持っている! 娘がいる筈だ!」


 振り下ろされた刀は、青年のすぐ目の前で止まった。

 影はもう一度だけ囁いた。


「……その人達の名前は?」

「そこまでは知らねえよ! もう知っている事は全部言った。だから許してくれ」

「わかりました。許しましょう」

「あ、あ、あ、あ、ありがとうございます」


 青年は安堵のあまり涙した。

 腕と脚は失ってしまったが、命だけは取られずに済んだ。


「だからここからは、私の『楽しみ』に付き合ってもらいします」

「え?」


 冷酷に笑うその顔を見た時、青年に意識はなかった。

 煉瓦作りの道路に染み渡る鮮血が黒く馴染んでいく。

 青年のものだった頭は体から離れており、縦に割かれ、脳味噌が零れていた。

 血生臭い刀が、月明りによって紅に光っていた。


「ふふ。さてと、配達員と娘がいる家族で探すとするか」


 人の姿をした恐怖が、ステュアートの街中に消えていく。

 夜はまだまだ長い。

 惨劇の序章は次へと向かっていたのであった。

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