第56話 双火の舞

 スーザンの震えは止まらなかった。

 激しい剣戟を、ただ眺める事しか出来なかった。


「どうした? この程度か?」


 バラハタの刀は速度を増し、強靭になっていく。

 ダージリンは防ぐ以外の方法が無かった。

 バラハタの刀に追い詰められ、成す術が無い。

 こちらが降っても、バラハタは紙一重で避けて、倍返しで斬り付ける。

 腕の痺れがどんどん強まっていく。


「どうだ? これでどちらが上か、わかっただろう!」


 壁際に叩きつけ、迫るバラハタ。


「怖いか? スピルシャン!」


 鉄同士がぶつかり合い、響き渡る。

 壁際に押し込まれたダージリンは、蹴りを食らわして距離を取ろうとするも、バラハタはしつこく付け回す。

 炎で迎撃するが、バラハタは身軽に避ける為、攻めにならない。

 もっと奴を、追い詰める為の力が必要だ。


「ま、負けちゃう……スピルシャンが、負けちゃう」


 体の震えはただでさえ止まらないのに、遂には英雄の敗北をも考える様になってしまった。


 ――悔しい。


 父さんや皆を守れる様に強くなりたかった。

 だけど、MADがやって来て、友達や先生が殺されていくのが、凄く恐ろしかった。

 病床の母さんとの、最後の約束を果たしたかった。


 ――スーザン、お母さんはね、スーザンが無事でいる事が一番大事なの。


 ――だけど、困った人を見かけて、助けたいと思ったのなら、すぐに行動しなさい。


 ――見捨てたらきっと、貴方の心に永遠に残るから。


 ――そして、誇りに思いなさい。私は誰かを救う事が出来るんだって。


「お母さん……」


 零れていく涙が止まっていく。

 重い脚を持ち上げ、両手を前に突き出す。

 炎が両手に灯される。


「終わりだぁ! スピルシャン!」


 押し込まれたダージリンの首に、刃が立てられる。

 バラハタは歯を剥き出しに笑った。


 炎上と衝撃。


 いつの間にか、バラハタは炎と共に飛ばされ、逆に壁に叩き付けられた。

 ダージリンは炎が来た方へ視線を向けると、そこにはスーザンが掌を燃やしながら鋭い眼差しで立っていた。


「スーザン……」


 両手を回し、力強く踏み込む。

 己を取り戻した。

 もう以前の、邪悪に怯えるスーザンはいない。

 心を熱くし、正義を燃やす戦士がそこにいたのだ。


「うちが援護するから、彼奴を倒して」


 彼女の決意に、ダージリンは深く頷く。


「クソガキが。舐めた真似をしてくれたな!」


 立ち上がったバラハタが、再び刀を手に迫る。

 しかし、スーザンが両手の炎を投げてバラハタの動きを止めた。

 その隙にダージリンが刀で攻撃した。


 だが、バラハタも刀で炎を斬り、直後にダージリンを迎撃する。

 それでもスーザンは手を止めなかった。

 炎を片手ずつ、上や下から投げた後に、更に火炎放射も加えてバラハタを追い詰める。


 その強靭な動きは、ダージリンの目に深く焼き付いた。

 猛々しく舞うその姿は、猛火の如く。

 放たれる火炎は流星群だった。


 次々と向かって来る火炎に、バラハタは一切の隙が出来ず、遂にダージリンの刀を食らい、吹っ飛ばされた。

 炎と共に壁へぶつかり、膝を付く。

 刀を杖代わりに支えた。


「畜生。鬱陶しい奴らだな……!!」


 焦げた服から漂う煙が鼻に来る。

 全身も異常に熱い。

 炎で焼かれたから当然か。


 更に、滴る水滴が火傷に沁みた。

 思わず片目を瞑ってしまう痛みだ。

 それが一滴一滴、連続に来るので不愉快だ。


「……水滴?」


 バラハタは視線を上げた。

 戦闘で気が付かなかったが、屋根の向こうから何かが轟いている。

 バラハタは笑顔を浮かべた。


 ――これだ。


 頭上へ向けて剣を振るう。

 切り裂かれる屋根。

 木材が無作為に落ちていく。

 三人は瞬く間に濡れてしまった。


「雨……!?」


 豪雨。

 昼間から悪かった天候が、今は豪雨と化していたのだ。

 部屋中が水浸しになり、残り火が消えていく。

 これがバラハタの狙いだ。


「さあ、締めと行こうか」


 刀を下に構え、バラハタは駆け出した。

 迎え撃つスーザンは炎を再び流星の如く放つ。

 だが、豪雨によって炎の勢いは弱まってしまう。

 濡れた服には着火出来ず、出来てもすぐに消火されてしまうのだ。


 バラハタは炎を気にせず、ダージリンに襲い掛かる。

 今までの仕返しをするべく、力を込めて連撃。

 ダージリンの体勢が崩れていく。

 バラハタを止めようと、スーザンが背後へ回った。


「戒院流剣術・円融院!」


 大きく振りかぶった斬撃が、ダージリンと背後にいたスーザンを巻き込んだ。

 二人はそれぞれ壁に叩き付けられ、ダージリンは古びた家具が崩れた事で下敷きにされてしまった。


 同時に彼の肉体が変化を起こす。


 弱々しい炎と化した後、元のダージリン・アールグレイへと戻ってしまった。

 ダージリンは動かなかった。

 感覚の全てが真っ暗になっている。

 バラハタは歩んでいく。


「それが、お前の正体か」


 ダージリンの首下に刃が触れたが、彼は目覚めなかった。

 バラハタは刀を大きく上げ、振り下ろした。

 だが、何処からともなく現れた炎がバラハタを襲う。

 濡れた服のおかげで大事には至らなかったが、バラハタには、その炎が何なのかを理解していた。

 振り向いた先に立つ満身創痍の少女。


「しつこい奴だな」


 片目を閉ざし、横一文字に胸を斬られている。

 裂けた下着の先から、滝の様に血が流れていた。


「うちはまだ、終わってねぇぞ!」


 スーザンは枯れた声で叫んだ。

 そして再び火球を放ち、バラハタを攻撃した。

 バラハタは火球を弾き続け、刻々とスーザンに迫る。

 スーザンは火球をやめて、両手を突き出して火炎放射に変えた。

 炎に呑まれていくバラハタ。

 水で濡れた体も、すぐに蒸発してしまい、再び火傷が全身に走り始めた。

 だが、バラハタは炎の中で刀を構えた。

 刃を前方へ真っ直ぐに伸ばし、力強く踏み込む。


「戒院流剣術・長勝院!!」


 刀が炎を突き破った。

 衝撃が廃墟を響かせ、一瞬、豪雨が止んだ様に見えた。

 爆炎が静まっていく。

 バラハタは狂気に満ちた笑顔で、刀を回していく。

 その都度、スーザンの口から鮮血が飛び出した。


 ――もう終わりだ。


 自分の命が。

 この娘の命が。

 お互いに確信していた。

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