第45話 白雪の魔女

 ミレッジは両手を重ねながら背筋を伸ばした。


「ルーク、後ろにいなさい」

「……やるんですか?」

「たまには運動しないとね」


 辺り一面が冷たく覆われていく。

 冬を思わせる光景。

 微々たる白い結晶だったのが、透き通る様な雪景色を作り出した。

 最早、王座を思わせない真っ白さだ。

 あっという間に、雪原と化した王宮にダージリンは絶句したが、更なる光景が衝撃を与える。


 ミレッジが少しだけ浮き上がり、吹雪が彼女を包み始めたのだ。

 あるがままに受け入れた女の、白くなっていく姿は心の底をくすぐる。

 冷たき妖艶は純白に美しい。

 雪の体から生まれる器官。

 目、顔、腕、脚、そして水色に光る胸の水晶。


 それは、今のダージリンと同じであり、異なる姿だった。


「お、お前は……!?」

「驚いたかしら? そう、貴方だけの力じゃないのよ」


 精霊人間がそこにいた。

 腰の帯が、身を包む為の衣を巻いている。

 水色に光る少しだけ鋭い丸の瞳。


「私は白雪の魔女スノーウィッチ……そして、スピルシャン」

「スノーウィッチ……」

「……さあ、遊びましょう?」


 二人のスピルシャンによる戦いが始まった。

 ダージリンが身構えようとしたその時、広がる雪に異変を感じた。

 辺りをよく見ると、既に雪が変形しており、棘となってこちらに向いていた。

 攻め手を仕掛けられた。

 ミレッジが手をかざすと、雪の棘は一気にダージリンの方へ伸びて襲う。


 刺されたら、ただでは済まされない。

 ダージリン大きく跳び上がった。

 棘は自分がいた場所へ深く突き刺さり、動きを止める。

 今度はこちらから行く。

 ダージリンは掌を伸ばし、火炎を放った。


「フルオート・スノー」


 ミレッジの掌から弾が撃ち込まれ、ダージリンの炎の下を滑っていく。

 これは雪の弾だ。

 小さな雪の弾が群となり、勢いを付けてダージリンにぶつかる。

 炎はミレッジを焼く前に消滅。

 姿勢を崩され、落下したダージリンは両手を雪の上に付け、何とか立て直す。


「フラム……フィスト……!」


 こうなったら、あの技だ。

 今回は一人だが、それでも充分に使える筈。

 右の拳を握りしめ、中から炎を生み出し凝縮する。

 真っ赤に揺れる拳が完成し、いざ勝負に出た。


 一方、ミレッジは宙からゆっくりと降りて自然体となっていた。

 熱き拳のダージリンが攻撃しに向かって来るも、取り乱さない。

 蒸発。

 何故か、拳は白い巨壁にめり込んでいた。

 めり込んだ穴から湯気が立ち上り、同時に炎が消えている事を実感。


 先まで貫通していないので分厚い。

 そして冷たい。

 溶けた水が気持ち悪く拳に滲みこんでいく。

 その裏で、ミレッジが呟いた。


「カッコいい技ね。それがヤーグルへのトドメになったの?」


 受け答えには応じず、ダージリンは拳を引き抜こうとしたが、巨壁から抜けられない。

 寧ろ中から圧迫されていた。

 拳がめり込んだ穴は余裕ある空間を保っていたが、いつの間にか腕を捕らえる程に狭くなっていたのだ。

 急いでダージリンは、左手をかざして炎を放とうする。

 しかし、ミレッジの攻撃は既に始まっていた。


「無駄よ」


 呟きと共に巨壁が広がり、ダージリンを包み込む。

 大きな丸となった雪は浮遊。

 ミレッジが手を握りかけると、雪が少し縮んだ。

 握り具合に応じて雪は段々圧縮され、中にいるダージリンは苦しい声を漏らした。


「ぐ、ぐう、ぐあああ……」

「後、何分持つかしら?」


 四方八方から迫る雪の壁。

 このままでは押し潰されてしまう。

 危機に陥るダージリン。


(と、父さん……!)


 ある姿がふと頭に過った。

 ボロボロに倒れている父親。

 きっと助けを求めている。

 ここでやられるわけにはいかない。


「ま、まだだ!」


 掌の熱を集中させ、自分を縛る雪を溶かした。

 解放。

 距離を詰め、ダージリンは炎の拳を繰り出した。


「や、やば!?」


 腕を交差した時、爆発が起きた。

 後ろへ滑っていくミレッジ。

 ダージリンは追いかけ、再び拳を放つ。

 だが今度は、ミレッジに片手で受け止められた。


「殴り合い、してみる?」

「はあああああああああああああああああ!」


 雄叫びと共に拳の連撃を放ち、どれも真っ直ぐ飛んでいった。


「素人ね。ま、私もだけど」


 しかし、それが当たる事はなかった。

 左右に揺れながら、ミレッジは避けていく。

 隙が見えた所で、今度はこちらからダージリンへ拳を繰り出した。

 精強な衝撃が顔を突き抜け、更なる攻撃が襲う。

 右と左の交互で、頬、胸、腹という急所が狙われる。

 その度にダージリンは苦痛を吐いた。


「もう終わりにする?」


 一撃を食らった所で、ダージリンは膝を着いた。

 対するミレッジは余裕の様だ。

「……はあ!」


 隙を突いて掌から炎を放つが、ミレッジは華麗に飛び上がった。

 そして空中で止まり、ダージリンを見下ろした。

「雪はまだあるのよ? 手中にいるって事を忘れないで」


 ミレッジが掌を大きく開くと、部屋全体に残された雪が太い蛇の様な姿へと変化していく。

 それが突如飛び上がってダージリンに向かって突っ込んだ。

 ダージリンが避ける度に雪の塊は大きく跳び散り、粉雪となって落ちていく。

 容赦ないミレッジは、次の手として猛々しい吹雪を生み出した。

 吹雪は見る見るうちにダージリンの足下を埋もらせた。

 最早、埋もれている処か半分凍結している。

 ダージリンが藻掻いている間に、ミレッジはゆっくりと静かに着地した。


「言ったでしょ?」

「くっ!」

「スピルシャンになって、追い詰められる気持ちはどう?」


 その質問にダージリンは答えなかった。


 ――まだ負けてない。


 手を下に向け、氷を溶かした。

 燃え上がる炎と共に跳び立ち、再び拳に火炎を集めていく。


 ――これに全てを賭ける。


 ダージリンは叫んだ。


「そろそろ仕事しなきゃ、ね」


 突然の事だ。

 炎を纏っていた右の拳が急に固定されたのだ。

 見ると積まれていた雪が、腕を食らう様に包んでいる。

 呆気に取られる中、更に首と左腕が雪に飲まれてしまい、完全に動きを封じられてしまう。

 雪に包まれた両手から炎や熱を起こそうとするが、首を絞められてしまい、思う様に身体が動かない。


 ダージリンは苦しさから逃れようと足をばたつかせるが状況は変わらなかった。

 ミレッジは手をゆっくりとあげ、周囲の雪を鋭い波の様に変化させていく。

 二つの波が出来た時、ミレッジは手を振り下ろした。

 そして、ダージリンの胸を深く貫いた。

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