第43話 正義の執行

 キラーチェーン。

 人々はヤーグルをこう呼ぶ。

 幾多の人間を『鎖』で殺してきた事から、そう呼ばれる様になった。


 ――やりがいのある殺しをしたい。


 その欲望が、MADに入る切っ掛けとなった。

 掌から鎖が伸び始める。

 覚醒系とは、本人しか扱えない特別な力の総だ。

 ヤーグルは掌から鎖を生み出し、操る事が出来る力を持つ。

 それがこの、覚醒系だ。


「お前だけは、じっくり苦しませてから殺してやる!」


 相対するダージリンに向け、鎖を豪快に振り回した。

 波打つ様に下ろされる鎖が避けられれば、次の一手をすぐに出す。

 それを繰り返し、向こうが炎を放てば螺旋の如く振り回し、かき消していく。


「ちょこまかと逃げやがって。だったらこうだ!」


 生み出した鎖を両手に巻き付けた。

 正に鉄の拳。

 ヤーグルは大きく跳び、叩きつけた。

 ダージリンには避けられてしまったが、その跡には亀裂と共に拳がめり込む。


 地面から引き抜き、もう一度拳を叩きつけた。

 またも避けられてしまうが、やはり同じ様に亀裂が出来た。

 その繰り返しが何度も続いていく。

 空に舞う砂塵。


「同じパターンが……何度も続くと思うなよ?」


 攻め手を変え、左手から鎖を飛び出させ、それを脚に巻き付けた。

 急激に引っ張られるダージリン。

 至近距離まで来たところで、鉄拳を胸に食らってしまい、鈍い声を吐き出す。


「ぐふ!?」


 もう一撃を食らう前に、炎で脚の鎖を切り、空中で後転し、距離を取った。

 今度はこちらの番だ。

 ダージリンは右手に炎を生み出し、ヤーグルへ向け伸ばす。


「ふん!」


 しかし、炎は再び鎖でかき消されてしまう。

 折角、強力な炎を放てる様になったのに、これでは意味がない。

 ――他に何かないのか。

 ダージリンは残り火を潰した。


「どうした? お得意の火をもっと出せよ!」


 挑発しながら、ヤーグルが向かって来る。

 その時、何か違和感があった。

 掌を開くと、潰した筈の残り火が小さな虫の様に動いている。

 地面に転んだ時と同じ感触だ。


(も、もしかして……)


 ダージリンは炎を放った。

 真っ直ぐ進んで行く炎。

 そこで、思い切り引っ張ってみた。

 すると炎が有り得ない動きで大きく湾曲し、ヤーグルの片腕、胴を捕らえた。


「何!?」


 ヤーグルが驚いた時には、既に強引に引っ張られていた。

 ダージリンは炎の縄を両手に、力強く振り回す。

 地面に擦り付けられた衣服は布切れとなり、露わになった肉体が砂や砂利で削られていく。

 炎が離れた時には、顔に砂利が付いたヤーグルが血を流していた。


「こいつ、パクリやがって……」


 額の流血を腕で払いながら睨む先に、炎を纏ったダージリンが迫って来る。 


「はあああああああああああああああ!!」


 ダージリンは掌に炎を集め、握りしめた。

 灼熱の拳をぶつけてやる。

 刻々と距離を縮めた。


「だが、詰めが甘かったな」


 不気味な呟き。

 気付いた時には既に遅かった。

 ヤーグルが殴った個所から鎖が飛び出し、それが全部ダージリンの体に巻き付いたのだ。


 幾らスピルシャンとなり、力が向上しても、十数本ある鎖に雁字搦めにされれば、簡単には抜け出せない。

 腕、脚、胴だけでなく、肘や太もも等、細かく拘束される。

 ダージリンは腕を振るうも、五本も巻かれた鎖を解く事は出来なかった。


「さっきのは鎖か? それともロープか? まあどうでもいいが、俺の方が長けてんだよ」


 ゆっくりと立ち上がり、ヤーグルは再び鎖を生み出すと、ダージリンの首へ目掛けて放った。

 鎖に絞められた首から苦痛が流れていく。

 息、というのか。


 今の自分に呼吸という概念があるかはわからないが、とにかく苦しくなった。


 全身を、鎖が食らう。

 優勢に立ち、瞳孔を開いて笑うヤーグル。

 その最中、不安そうに見守る者達がいた。


「あの赤いの……負けちゃうよ……!」

「味方かどうか、わかんねえ」

「私達を助けてくれたじゃん!」

「危機を脱したのは俺達だ。彼奴のおかげでな」


 リールフ達は崩れた壁穴から外へ覗いていた。

 圧巻な戦闘を前に、皆固まっている。

 ミーナが心配そうにリールフの顔を見るが、リールフは動じない。

 助けに行こうとは思わなかった。


 確かに、あの『赤いの』は味方かもしれないが、突如として現れた素性不明の者に心を開くなんてそう簡単な事じゃない。

 もしかすると、今度は敵になるかもしれないのだ。

 リールフの尖った目がテレーズに向けられる。

 どうも、『彼奴』呼ばわりされたのが気に入らなかったらしく、テレーズは眉間を少し寄せたが、状況を思い返し、皆に叫んだ。


「今の内に、皆逃げましょう! 赤い奴なら大丈夫よ!」

「シレット、行こう! 早く!」


 急ぎながら、テレーズは逃げる事を提案した。

 フラウアはシレットの腕を引っ張り、逃げようと施す。

 ところが、シレットはその足を頑なに動かそうとしなかった。


「ねえ! シレット!」

「ごめんフラウア」

「え?」

「私、まだやる事があるから」


 袖を掴むフラウアの手を取り、シレットは外へ飛び出した。


「え? あ、おい!」


 ブランドンの声には気にも留めず、掌の風でゆっくりと着地。

 全力で駆けながら、風輪斬ディスクカッターを投げ付けた。

 ダージリンの首を絞める鎖が散り散りとなる。

 頬を震わせながら、ヤーグルが黒い声を漏らす。


「この娘……余程殺されてぇ様だな!」


 再び鎖を生み出し、シレットへ向けるも、何故か真っ直ぐ伸びた鎖は急に曲がり、校庭に生えていた木を貫いた。

 シレットが振り向くと、そこには両手を前に突き出したフラウアがいた。


 ――やっちゃった。


 そんな思いが心を刺すが、後悔はない。

 今度は自分が、友を助けた。

 その思いの方が強かったのだ。

 口を堅くし、フラウアは頷き、シレットもゆっくりと応える。

 そして、アクバル、ブランドン、リールフが前に立った。


「自分をぶちのめすのは」

「ここまで滅茶苦茶にして、ただで済むと思うな」

「ま、まだ俺、喋っとったろ……」


 リールフに言葉を遮られ、アクバルの怒りが落ち込んでしまい、それを見ていたブランドンは「カッコ悪いな」と呟く。


「そんなに死にてぇのかぁ? なら……ぶっ殺してやる!」


 首を傾げながらヤーグルは吼え、鎖をアクバル達へ向けて思い切り伸ばした。

 アクバルは腰を落とし、指を鋭く立てる。

 鎖をそれぞれに分かれて躱した後、アクバルは両手を地面に付けながら駆け出した。

 狼は鎖の下をくぐり抜けて、ヤーグルまで迫る。

 一撃。


「ぐう!?」


 犬乱掌底が炸裂。

 決まった。

 ヤーグルから声を漏らす事に成功した。


「なぁんて、な」


 驚愕するアクバル。

 叩きつけた掌は鎖だらけの胴に埋まっていた。

 急いで距離を取ったが、じわじわと掌が痛みだす。

 少々悔しそうに、痛みを和らげようと手を振った。


「さあ、楽しもうぜ?」


 地面を砕く鎖。

 狂気の笑顔。

 ヤーグルは三人を相手に戦闘を再開した。

 身軽なアクバル放つ手数の多い掌底や蹴り、力強いブランドンの突進を避けながら、鎖を振るって二人を苦しませる。


 少し離れた場所から放たれるリールフの雷。

 全身を襲うそれは、尋常じゃない痛みだったが、それすらも気合で耐えた。

 圧倒的な強さは伊達じゃない。

 ヤーグルは暴れ続ける。


 ダージリンを絡める鎖を外す為、ミーナが手を伸ばした。


「待ってて。今外すから!」


 続く様にテレーズ、フラウア、そしてシレットが鎖を掴み始める。


「ぐぬぬぬぬ……ビクともしない……」

「固すぎよ! 全く!」


 鎖は引っ張ってもビクともしないが、四人が手を止める事はなかった。


「鎖を外す気か? そうはさせるか!」


 一瞬の隙を突き、ヤーグルはシレット達に向けて鎖を放った。

 それに気付いたのは、ミーナだ。

 一度手を離し、迫り来る鎖と向かい合うと、思い切り脚を振り上げた。

 弾かれた鎖が地面に突き刺さり止まる。


 リールフ達が再び時間稼ぎをした隙に、急いで鎖を手に、外していく。

 彼女達の手は赤く腫れ上がっていたが、それでも手を止めなかった。

 スカートの中が見えてしまう不安すら忘れ、脚を力強く踏みしめる。

 腕を縛る最後の鎖が今、解かれた。


「どうして……助けてくれたの……?」

「貴方が助けに来てくれたから! 英雄だから!」


 片膝を落とし、掌を地面に付けて身体を支えるダージリン。

 面と向かって、シレットから激励を受けた。


 炎を再び手に起こす。

 粒の様な火が勢いを増して大きくなっていく。

 その炎に、シレットも手を翳して風を起こした。

 更にフラウア、テレーズ、ミーナからも風を送られると、炎は急激に燃え上がり、やがて灼熱の拳となった。


「ありがとう。シレット」

「え?」


 力を貸してくれた三人に顔を合わせてから、最後にシレットへ感謝の一言を授けた。

 シレットが少し唖然となる事には気にも止めず、砂を吹き飛ばす勢いで走り出した。

 足が地を踏む度、拳の炎は揺らめきを繰り返す。




 全身に鎖を絡まれ、右、左へと暴れるブランドン。

 ヤーグルの鎖がアクバルを叩き付け、体のどこかに衝撃が走る。

 同時にアクバルの声が零れた。

 そして、ヤーグルはリールフの首に鎖を放った。

 首を絞められたリールフが苦しみに耐えながら、ヤーグルを睨む。


「クソガキ共が! 英雄気取りしたのが間違いだったな! 英雄になったお前達には絶対に死んでもらう!」


 しっかりと鎖を握り、動きを止める。

 短剣を懐から取り出し、リールフに一歩ずつ近づいていく。


「まずは、お前だぁ!」


 振り下ろしたその時、リールフの顔が変わった。

 鎖を伝って走る光。


「何!?」


 気付いた頃には雷が全身に流れていた。

 鎖を握りしめ、全力で雷の幻想術を発動するリールフ。

 眩い光と轟音。

 声なき声がヤーグルから漏れていく。


 だが、くたばるわけには行かなかった。


 急いで鎖を離し、距離を取った。

 疲労で脚がふらつく。

 視界も何だか歪んでいた。

 今の自分を支えるのは、殺意。

 ヤーグルは歯を噛みしめ、顔を上げる。


 その時、決着が起きた。

 ヤーグルの目の前に、ダージリンがいたのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 炎を握りしめ、ダージリンは叫ぶ。


(こんなガキ共に……見た事もねえスピルシャンに……俺が……!!)


「チェーンメイル!」


 胸や腹回りの鎖の上に、更に鎖を纏って鎧を作る。

 だが、鎧は砕け、鎖は破片となって飛び散った。

 絶叫と共に、ヤーグルは炎に呑まれていく。

 炎の拳、フラムフィスト。

 大いなる火炎が、正義を下した。

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