第42話 報復の開始

 ダージリンは戦慄した。

 何人かの教師や生徒が力尽きて転がっている。

 舞台は血で染まり、生々しくて苦しく、その上で二人、女の子が襲われていた。

 そして、顔に覚えがあった。

 鎖で細い首を縛られているのは、前に数学を教えてくれたシレットだ。


 ――助けなければ。


 戦慄を激怒に変え、静かに燃え出した。


「こ、こいつ!」


 男が銃をダージリンに向けた。

 撃たれる前に、ダージリンは掌から火の球を生み出して、それを男にぶつけ、吹っ飛ばす。

 腹に直撃すると共に男は炎上し、叫んだ。


「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああ」


 男が火達磨になっている間に、ダージリンは一歩二歩と進んでいく。

 今、その姿をはっきりさせた。

 悪人をはじめ、皆が目を丸くして注目している。


 光り輝く丸い瞳。

 その瞳から広がる白銀の仮面。

 仮面を隠すローブから繋がる広い袖。


 そして、炎と化した姿。


 今の自分は多分、不思議な姿をしている。

 漲る力は熱く、全身を走っていく。


「な、何故だ!? 何故ここに『スピルシャン』が!?」

「く、クソ!」


 男達は酷く戸惑いながら、弾丸を一斉に放ってきたが、ダージリンは落ち着いたまま、その場で飛び上がり、腰を大きく曲げて一回転。


「と、飛んだ!?」


 男達の戸惑いは加速するも、諦めずに発砲を繰り返す。

 だが、弾丸は横を通り過ぎるばかり。

 遂に一つも当たらず、ダージリンは着地し、後ろへ回り込む事に成功した。


「す、すげえ……」


 捕らわれの身だった生徒達の目に、輝きが戻っていく。

 ダージリンは反撃を開始した。

 掌から飛び出した小さな火炎を、まず正面にいた男に炸裂させ、燃え上がらせる。

 その調子で、左、右と男達を次々倒した。


「や、野郎おおおおおおおおおおおお」


 残った男が激昂し、向かって来る。

 銃を捨て、懐から短剣を取り出した。

 凄い速さで向かって来たが、動きが見える気がする。

 いや、見えていた。

 意識を集中させると、くっきりした動きで、男がゆっくりと向かって来る


 おかげで、振り下ろした短剣を掴めた。

 男の顔が青く染まるが、刺そうとして全力を出してくる。

 お互いの腕力が抵抗し合った。

 男は歯を食いしばっているが、大した力ではない。


 ダージリンは、左手を見せた。

 人差し指から小指までを滑らかに折り、最後に親指を重ねる。

 男を壁にぶつけた。

 そして、抜ける様に落ちた。


(シレット……!)


 ダージリンは短剣を拾い、炎で包んでいく。

 振り向いて、それを勢い良く投げると、流星の如く飛び、空気の間を突き進む。

 そして、赤き刃はシレットの首を縛る鎖を砕いた。

 解放されるシレット。

 後ろへ落ちていくシレットをフラウアが支えた。


「シレット! ごめん……ごめん……本当に……」

「……大丈夫。無事で良かった……フラウア」


 背後から被さる様にフラウアはシレットに手を回し、泣いた。

 肩に沁み込む涙が、心の温もりを取り戻していく。


 死ぬかもしれなかった。

 でも、助けて良かった。


 フラウアが死なずに済んだ。

 その思いが、シレットの瞳から頬へ、雫が流れ落ちる。




 壁に突き刺さる炎の短剣。

 ヤーグルはスピルシャンを見た。

 燃え上がるその姿は、英雄。

 絶望である自分の前に、希望という『敵』が降臨している。


 理不尽な希望だ。

 必ず、悪を倒しに善がやってくる。

 目の前の存在もそうだ。

 特にスピルシャンほど、歯痒い奴はいない。


 だが、妙だ。

 ――見た事ない。

 脳裏で様々な思惑が走る中、ヤーグルへ炎が向けられる。


「う、動くな!」

「一歩でも動いたら、こいつらぶっ殺すぞ!」


 ダージリンは振り向いた。

 その先で、生徒の首を腕で絞め、銃口を向けている男が二人いた。

 生徒は怯えて泣いている。


 火炎を両手に、男達へ向けたは良いがこのままでは生徒にも当たってしまう。

 悩んでいる間に、男達は『動くな』や『殺す』等と吼え続け、生徒のこめかみに獣を向け脅してくる。


「おい。聞いてんのか!」


 それでも、手の炎を消さなかった。

 ここで消したら、奴らの思う壺。

 これ以上の犠牲は出したくない。

 しかし、どうすれば良いのか。


「な、何だこの音は?」


 忽然と流れてくる音。

 男達もそうだが、ダージリンや他の生徒も不思議そうに辺りを見渡した。

 舞台から見て右側の、二階のスペースに少女が歩きながら笛を吹いている。

 男は生徒のこめかみに向けていた銃口を、少女に向けた。


「おいお前! 何妙なもん吹いてんだ!」


 少女は演奏を止めない。

 額や服の中、流れ出る汗は止まらなかった。

 しかし、覚悟した眼差しで吹き続ける。

 例え、銃口が向けられても。


「お前から殺して……」


 その時、二人の男は突然の衝撃に襲われ、唾を吐きながら倒れた。


 ――犬乱掌底。

 ――牛怒鈍ぎゅうどどん


 背骨に炸裂する銀狼の一撃。

 剛腕が繰り出す猛牛の鉄槌が振り下ろされた。


 鼻息を深く吹きながら、自信ある笑みを浮かべるブランドン。

 その側で、アクバルが人質だった生徒を起こし、急いで逃げる様にと施した。


「う、上手くいった……」


 笛を口から離し、テレーズは肝を落とした。

 信じられない。

 こんなにも簡単な作戦が上手くいくとは思わなかった。


「テレーズ……」

「フラウア! シレット!」


 血だらけの友を見て、テレーズは叫び、下のフロアへ急いで向かった。

 走り抜けながら、溜まっていた思いが目から零れ始める。


 情けない。

 私らしくない。


 腕で目元を擦りながら、テレーズは喜びを抱いた。

 しかし、そんな彼女に、また違う男が銃を向ける。

 テレーズは気付いていない。


(今だ!)


 男が背中を見せた瞬間、二人が動いた。

 リールフは立ち上がり、背後へ回ると、雷の幻想術を発動。

 眩く裂かれた黄色を男の背に送り込み、黒焦げに変えた。

 断末魔を上げながら倒れていく。


 更に余所見していたもう一人を、ミーナが膝を砕かせ、崩れた所を一気に蹴り飛ばす。

 回り舞う蹴りが顔面に炸裂。

 黒く滲んだ歯が飛び散った。

 伸びた所で、ミーナは男が落とした銃を遠くに蹴り捨てた。


「皆! 逃げて!」


 総崩れになった今、シレットの声が切っ掛けとなった。

 生徒達は一斉に動き出し、各自で炎上した出口を消火し、逃げていく。

 脚の遅い友を引っ張る等、お互いに助け合った。

 残されたヤーグルとルーク。

 逃げ出していく生徒達を襲おうとはせず、ただ立ち尽くした。


「台無しだな」

「……ああ」

「引き上げるぞ」

「引き上げる? ここまでコケにされたんだ。ぶっ殺さなきゃ俺のプライドが許さねぇ」

「ヤーグル! 目的を忘れたのか? 王子を見つけ次第殺す。それが俺達の、第一の目的だ。無差別な殺人など、いつでも出来る!」

「俺達はMADだぞ? MADの恐ろしさを思い知らせてやるのも目的のひとつだぁ!」

「お前の方が余程のガキだな。自分の事しか考えないとは」

「てめぇ……」


 ドスのある声で、ヤーグルはルークへ重く歩み寄る。

 そんな怒りは、もう慣れた。

 ルークは凍てつく様な眼差しを向けた。


「喧嘩している場合か?」

「自分らが黒幕か!」


 その声と共に、リールフとアクバルが睨む。

 同じ様に、ブランドン、ミーナも熱く満ちた眼差しを鋭く向けた。

 一方、フラウアはシレットの手を引っ張りながら、更に合流したテレーズも不安そうに見つめた。

 そして、中心にはダージリンが炎を纏わせている。


「調子に乗るなよ……ガキ共」


 ヤーグルは歯を剥き出しながら、向かい合う。


「逃げたきゃ、てめえ一人で行けよ」

「……勝手にしろ。クビを受けないチャンスを捨てたな」


 ルークは振り向くと、素早くその姿を消した。

 残されたヤーグルは両腕を交差すると、素早く下ろし、掌から太い鎖を生み出した。

 鳴り響く鉄に、ダージリン達は身を固め、後退り。

 特にフラウアはシレットの腕を更に強く掴んだ。


「全員、ぶっ殺してやらああああああああああああああ!!」


 大きく振り下ろされる鎖。

 それは想像以上に長く太く、床に大きな痕を残した。

 ダージリン達はそれぞれ身を躱したが、破壊された床の惨状を見て動揺する。


「な、何て力だ!?」


 冷や汗を流すブランドン。

 鋭く折れた木片が一直線に続いている。

 あのまま食らっていれば、間違いなく身体が粉々になっていた。

 ブランドンだけではない。


 皆、顔が曇り始めている。

 恐ろしさだけは、実感してしまったみたいだ。

 鎖を振り回しながら、ヤーグルは舞台から一歩ずつ降りていく。

 次の一撃が来る。


 ――危ない。


 その時、ダージリンは駆け出した。


「お、おい待てや!」


 アクバルが止めようと手を伸ばすが既に遅く、ダージリンは突っ込んでいく。

 ヤーグルの鎖を避けながら腹へ飛び込み、壁を破壊しながら、外へ出た。

 宙に落とされた二人は転がりながらグラウンドへ着地。

 砂が肉体へ食い込み、更に塵が舞い上がって視界を暈す。


 一足早く立ち上がったヤーグルはもう一度鎖を振り下ろすが、ダージリンには飛び上がって回避されてしまった。

 二人は広場で睨み合う。

 両手の鎖を振り回す鬼の形相のヤーグルに対し、ダージリンは左に拳を作り、右に手刀を構えた。

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