第03話 火を灯す闇

 王国側は劣勢となっていた。

 放たれる炎。

 炸裂する岩石。

 貫く流水。

 暗黒の大軍による激しい侵攻を前に、王国側の戦士が次々と悲惨な最期を遂げていた。


 その悲惨な光景に、王は身体の震えが止まらず、心が崩れかけていた。

 認めたくない、『敗北』という二文字。

 そう強く思いながらも、心は正直に呟いた。


「奴らの『幻想術』、そして『生命力エナジー』がここまでとは……これが『魔王』の力……!?」


 直後、呻き声が王の背筋を凍らせた。

 振り向くと、力抜けた部下の首元を掴み、こちらを見る男がいた。


「あ、赤備え……!?」


 腰の剣を取る、そんな考えは過らなかった。

 戦士を手放されたが、自分が槍を向けられる。

 その男の目は冷たかったが、王には見えた。

 その内に宿る魂は万物を焼き尽くす業火。


 この男にはそれを秘めている。

 恐ろしいのは魔王。

 だが、この男はそれ以上に恐ろしい何かがあった。

 いつまでも黙っていたので、槍先が次第に近付き喉元まで来ていた。


「そ、その者よ」


 王は決断した。





 一方、暗黒の大軍本陣。


 本陣から戦況を伺う将軍達は笑みを浮かべていた。

 彼らも黒い甲冑を着ているが、それぞれの個性がわかる着方だ。

 用意されたお酒を口にする。

 体に広がる酔いは別格だった。

 これ程美味しいお酒は滅多に飲めないだろう。


「今宵の戦も、我々の勝利で終わりそうですな」

「ああ。近隣の諸国はもう小さな国ばかり。もう幾つかは忠誠を誓う様だ」

「まだ幾つか手強い国はあるが、我がソーマザードに敵などいない」


 直後、将軍達は爆笑した。

 慢心を表した顔だ。

 それ程、怖いものがいないのだろう。


「おい」


 凍える様な一言。

 将軍達は笑うのを止めて、奥に座る男に視線を向けた。

 やはり黒い甲冑を着ていたが、他の者達と比べてかなり浮いた姿だ。

 鉄をそのまま纏った様な感じではない。


 一枚の鉄板を重ね合わせて、それを紐で繋げている。


 更にその上を、焦がした様な赤いマントを羽織っていた。

 身体の一部には黒い布地で覆われた所もある。

 防御よりも機動性を重視した様な甲冑だが、マントのせいでそうは見えない。

 奇抜な甲冑を着た男が話し出す。


「貴様、今何と言った?」

「え? 我々の勝利と……」

「その後だ」

「我々の勝利で……終わりそうですな、と……」

「貴様、『終わりそう』だと? これだけの状況で何故『予想』する必要がある?」

「……は?」

「もう『終わっている』んだ。『結果』は既に『完勝』と出ている。もうすぐ根を上げる筈だ」


 すると、本陣に味方の戦士が駆け込み、膝を下ろした。


「報告。スパゲットが降伏の意思を表明。開城するとの事であります」


 どよめきが走る将軍達。

 特に先程、戒められた将軍は動揺を隠せず、ひれ伏した。


「……し、失礼を。陛下」

「まあ良い。すぐに開ける様にと伝えろ。開けなかったら城をぶっ潰すとな」


 伝言係の戦士は『ハッ』と叫ぶと、すぐに戦場へ戻った。

 漆黒の髑髏。

 髑髏を手に、口へ運ばれる深い赤。

 とろける苦味が全身を満たしていき、陛下を心地良くさせる。


 その男、アンビシオン・ボナパルト。

 ソーマザード帝国を統率する皇帝陛下である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る