第02話 焼き散る撫子

 両軍が入り乱れる戦場となったが、王国側の敗色は濃厚であった。

 倒れていく戦士達。

 侵略を止めない暗黒の大軍。

 遂には赤備えの男が城門の前まで迫り、その門を突破しようとしていた。


「待ちなさい! ここから先は一歩も行かせないわ」


 赤備えの男が足を止めた。

 門の前には華麗な髪と顔をした女が鎧を纏っていた。

 手には大剣。

 その後ろには同じく鎧を着た女達が弓を引いている。

 城門の小窓にもいた。


 先頭の女が大剣を両手に高く跳び上がると、矢の雨が放たれる。

 

 ――上へ跳ぶか、このまま矢の雨を凌ぐか。

 

 そう頭を過らせながら、女は一気に大剣を下ろした。

 そして、赤備えの男は動いた。


「な、何ぃ!?」


 しかし、それは女の考えを覆すものだった。

 赤備えの男は、何と矢の雨へ突っ込んだのである。

 いくら甲冑を纏っているとはいえ、無数の矢を食らえばひとたまりもない。

 だから赤備えは、矢が当たる直前に姿勢を崩し、滑りながら進んで行くと、弓を引く女達の脚を切り裂いた。


 小窓にいた女達はその強さに戸惑いを見せるが、それでも弓を引いて次の発射に備える。

 だが男はその隙を逃さず、散らばった矢をすぐに集め、ばら撒く様に小窓へ投げつけ、小窓の女達に矢を食らわせた。

 門を阻む者がいなくなった所で、赤備えの男は早速門を開けようと手を伸ばす。


「行かせない!」


 怒鳴り声と共に来る殺気。

 何かを察したのか、男はしゃがんだ。

 すると、衝撃を発しながら門に鉄塊が食い込んだ。

 鉄塊を確認すると、それは大剣だった。

 振り向くと、先程の女が歯を食いしばって睨んでいる。


 門に向けて大剣を投げる事、それは自らの城を開城させる行為に等しいが、こんな大きい大剣が突き刺さったにも関わらず、門は壊れていない。

 なるほど。

 これならば、躊躇なく投げられるものだ。

 赤備えの男は、コクッと顎を落としながら手を伸ばす。

 大剣の柄を掴み、それを強引に抜くと、女の方へと投げた。


 しかし、大剣は先程と比べて勢いがなく、二、三回、宙を舞うと女の丁度足元へ滑る様に止まった。

 足元に滑り込んで来た大剣を見てから、女は赤備えの男に視線を移す。

 槍先をこちらに向けている。

 刃が陽の光で真っ直ぐに輝いた。

 それが、女の怒りに油を注いだ。


「望むところだあぁ!」


 女は大剣を拾うと、両手でしっかりと握った。

 華奢な体かもしれないが足腰は固く、腕の筋肉含めて男に負けないくらいの固さを持っている。

 雄叫びと共に、女は走り出す。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 豪快に、大剣を降り下ろした。

 空間に伝わる振動。

 女は動揺した。

 渾身の一撃があっさりと止められてしまったのだ。

 男は槍を地に刺しており、その厚い手で刃を受け止めていた。


 しかも両手を合わせる白刃取りなんかじゃない。

 片手ずつ挟む様に止めている。

 本来ならば、親指がそのまま切り落とされる様な止め方をしているのだ。

 

 ――このまま剣を引いて、その親指を落としたい。

 

 だから力を込めたが、剣は微動だにしない。

 前代未聞だ。

 こんな奴がこの世にいるとは。


「ぐ、ぐ、ぐううううううう!!」


 闘志が滾る女に、男は静かに呟いた。

 

 ――空は思う以上に広いぞ。

 

 その瞬間、女は軽くなり、青空の中にいた。

 右頬から伝わる痛みなど、どうでも良かった。

 白い雲はいつにも増して美しく、まるで羽ばたく白鳥みたい。

 でも、無念だ。


 女は涙を落とした。


「つ、強い――!!」


 青空から落ちて来るまで、男は見送った。

 刃こぼれした大剣を捨て、得物である槍を抜く。

 男は振り返ると、門から少し離れた所で駆け出し、その門に強烈な蹴りを食らわした。

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