3.訪れる狂気編

プロローグ~不和~

第29話 二つの正義

 晴天に恵まれたが、とても居心地の良い雰囲気ではない。

 リールフ達が黒い蛇に襲われた後日、現場には結界が張られていた。

 結界の外に集まる見物人が入らぬよう厳重な監視がされている。

 群青の甲冑に赤い縁取り、腰には剣を収める鞘。


 カメリア王国の民達を守る『カメリア騎士団』だ。

 結界の外を見張る者。

 現場に残された黒焦げた跡等を特殊なルーペで写し、紙に焼き付け絵を残す者。

 そして今、若い騎士が襲われた男の遺体に、鼻を抑えながらも調査をしていた。


「こりゃあ、派手にやられたな」

「ここんとこ、派手な事件が起きてなかったからな。久しぶりに肝が冷えたぜ」

「おい! 奴らだ!」


 調査を進める最中、一人の騎士が叫ぶ。

 結界の中に二人組の男が入って来たのだ。

 黒い上着を着た大男は短い髪に顎髭を生やしている。

 右目には焼かれた跡が残っており、瞼も半分開いていない。

 見るからに痛々しいが特に支障はない様だ。

 そして、上着の襟は鋭く、中からは金属板の様なものが見えており、腕にも金属のガントレットを付けていた。


「GOHカメリア支部のウィタードだ」


 大男はウィタードと名乗り、騎士達が返す様に敬礼する。

 そして、もう一人の男も続く様に名乗った。

 銀髪に、銀のアーマー、銀のブーツを履き、更に背中に銀の剣が二本背負っている。

 露出した肩からは少し明るい土の様な肌が全身に伸びていた。


「同じくコーベットだ。早速だが、遺体確認しても良いか?」

「どうぞ」

「うーわ。グロいなこれは。まだマシな部類だけど」


 銀尽くめのコーベットが腰を下ろし、遺体に掛けられた布を取る。

 生臭い異臭は目にも鼻にも毒だ。

 思わず鼻を摘まんでしまう。

 確認し終えると、コーベットは布を再び掛けて立ち上がった。


「この不可解な事件、主導権は俺達が引き継ぐ。後は……」

「いきなりふざけた事言ってんじゃねぇぞ!」


 突然、一人の騎士が怒声を上げながらコーベットに指を差した。

 着て早々、偉そうな言い方が気に食わなかった様だ。

 いきなり怒り出した騎士にコーベットは掌を見せながら宥めようとするが、騎士の怒りが収まる気配はない。


「GOHの連中が。この国の治安を取り締まるのは『カメリア騎士団』の役目だ。余所者である貴様らに指図される筋合いはない!」

「止そうぜ。そういうプライドのぶつかり合いは。俺達は王様のお墨付きだ。お互い仲良くやろう。だが――」


 背中に背負っていた剣が引き抜かれ、食い掛かって来た騎士に向けられる。

 同時に、鋭い眼つきとなり、くの字に口を曲げたコーベットの姿があった。


「売られた喧嘩は買う主義だぜ。俺は」


 鍔がなく、握り手が黒く塗られた銀色の刃は自信に満ち溢れるコーベットを表しているように見え、何の変哲もない剣だったが、刃の輝きはその場にいた騎士達を圧倒させた。


「だ、だから、何だ。剣を向けたくらいで英雄気取りしてんじゃあ……」

「よさないか!」


 騎士が剣を抜こうとしたその時、中年で、薄い茶色の短い髪に細目をした騎士が止めに入った。


「GOHの者達と協力するのは王家から下された命令。我々は従うのみ。彼らに罪はない」

「ら、ラトゥール隊長」


 騎士は慌てて剣を離した。

 ラトゥール・ダルジャンと呼ばれる中年の騎士は彼らの上司らしい。

 ラトゥールは、ウィタードの前まで行くと、その頭を下げた。


「申し訳ございません。部下のご無礼をお許しください」

「気にするな。こっちじゃあよくある事だ」

「我々カメリア騎士団は、GOHの方々とは全面協力していくつもりでございます。御用件がございましたら、何時でも仰ってください」

「感謝する。ラトゥール隊長。コーベットの失言の詫びとして、この一件はアンタ達に任せる事にしよう。いいな? コーベット?」


 コーベットは剣を回転させながらしまうと、不満そうに両手をあげ、溜息を吐いた。


「そういう事だ。そんじゃあ俺達は失礼する。行くぞ」


 ウィタードとコーベット。

 黒い岩の様な男と銀で滑らかな男は、蒼い鎧を纏った騎士達を掻き分けるかの様に結界を潜り、現場を後にした。

 彼らが去った後、ラトゥールの元に騎士の一人が怒気を立てながら迫った。


「隊長、良いのですか!? あれでは『どうぞ。我々をこき使ってください』と言っている様なものですよ!」

「本音を言ってしまえば私だって気に食わない。だが、我らが信じるのは王家。そこは変わらない筈だ」


 ラトゥールの目は相変わらず細かったが、眼つきが鋭くなり、頬も上に揺れていた。

 頭を下げた事は彼の誇りに触れてしまった様だ。

 そして、来てすぐに帰ってしまったウィタードとコーベットは鬱屈そうに歩いていた。

 ポケットに手を突っ込んだコーベットは歩道を歩かず、何故か滑る様に進んでいる。


「少しは効きましたかね?」

「さあな。嫌われ者は勘弁してほしいぜ」

「まあ、どこの支部も地元の騎士や自警団やらに毛嫌いされているみたいなんで、気にする事はないっすよ」

「それは別にいいんだが、ここじゃあ平和ボケしちまうな。刺激が欲しい所だ」


 ウィタードは右腕を持ち上げ見つめた。

 黒鉄のガントレットが日に当たり、鈍く光った。

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