エピローグ~白雪~

第28話 雪女の夜

 若い女が一人夜の街を徘徊していた。

 まだ本格的な暑さを迎えていないが、夏本番を前に染みの付いたベージュのコートを着た姿は通る人達に注目を集めている。

 しかし、女は仏頂面をしながら、コートのポケットに手を突っ込み、歩き続けた。

 女を見て鼻の下を伸ばす男達。


「うひょー。あの姉ちゃん、中々イケてるぜ」

「やめとけやめとけ。あーいう冷ました女は関わるとロクな目に遭わねえ」

「んな事言ってもよぉ。おい姉ちゃん! これから俺達と飲まない??」


 男達に声を掛けられた女は、足を止めて振り向く。

 その時、男達の背筋は凍った。

 先程まであった楽しいムードは一気に冷え、代わりに恐怖に近い雰囲気が彼らを包み込んだのだ。

 女が何かしたのか。

 いや、女は振り向いただけで何もしていない。

 ただ、水色の瞳を男達に向けただけ。


「な、なんだよ。そんな怖い顔しなくても……」


 声を掛けた張本人が後退ると、続く様に男達が走り去っていく。

 男達が人混みの中へ消えたのを確認すると、女はポケットに手を入れて再び歩き出す。

 ――度胸のない人達。


「ああ!! 見つけましたよ。ミレッジさん、どこへ行ってたんですか!!」


 すると、先程とはまた違う男が女の前に現れた。

 女性はミレッジと呼ばれているらしい。

 両膝に手を付けて息を切らす男は黒目が大きく、白い上着に短髪をした好青年。


「ルーク、ちょっと出掛けてただけよ」

「旅行じゃないんですよ!!」

「そんなに怒んなくてもいいじゃない」


 怒気を湧き立てながらも困惑するルークだが、ミレッジは相変わらず冷めた顔をしている。

 だが、ナンパしてきた男達と違い、こちらは知人なので口元が少し歪み、目の輝きも増していた。


「だったら連絡の一つくらいお願いしますよ」

「ごめんなさい。次からは気を付けるわ」

「て、どうしたんですかそれ?」


 ルークはミレッジの服に異変がある事に気付き、人差し指で指摘。

 ベージュのコートに付いた染みが気になった様だ。

 染みが付いた個所を引っ張りながらミレッジは事情を説明する。


「これ? 地元の女の子にかけられちゃっただけよ」

「地元って――顔がバレてるじゃないですか!」


 掌を上にしながら指を立て、再び怒り出すルーク。


「大丈夫。名乗っていないわ」

「しかし、時間の問題ですよ。どうしますか? 口封じに――」


 ルークが話す途中、突如ミレッジは一声し、その声を止めた。

 ――ダメ。

 追い打ちするかの様に瞳をルークのと合わせる。

 青い眼差しにルークの肝が冷え、背筋も固まった。

 凝視の末、一呼吸で落ち着きを取り戻し、ゆっくりと口を開けた。


「――わ、わかりました」

「ありがとうルーク」

「――あ、こんな事してる場合じゃない!! ボスから連絡が遅いって……」


 何かを思い出した様に、懐に手を突っ込み慌てて探り始めるルーク。

 少し探索した後、青白く光る何かがルークの手元から現れた。

 蛍の如く点滅を繰り返しており、生きた水晶と言っても過言ではない。

 その生きた水晶をルークはミレッジに渡した。


「……ルーク、あれやって」

「あ、はい」


 ルークはどういうわけか、自分の指を鳴らした。

 ――パチン

 音が、二人を包む様に広がっていく。

 これが何を意味するのかはわからないが、少しの間二人は無言となる。

 そして、ルークは何かを確信したのか、一度目を瞑ってから口を開いた。


「も、もう大丈夫です」

「ありがとう」


 宝石を右、左、上、下、斜め――と様々な角度へなぞると、水晶は点滅を止め、更なる光を発した。

 眩くはないものの、二人の顔全体を照らす光は辺りの家にも届き、夜をより美しくさせる。

 光を発し続ける水晶に、ミレッジは声を掛けた。


「こちらミレッジ。ボス、御用件とは?」


 すると、どこからともなく男の声が返って来た。


「ミレッジ。相変わらず連絡が遅いな」


 それは、ドスの効いた低い声で、まるで獣の様だった。

 威厳。

 その一言に限る男の声に、二人は顔を顰めて硬直、特にルークは冷や汗を掻きながら生唾を飲み込んだ。

 ミレッジも余裕ある笑みを控えて鋭い目付きで応答する。


「すみませんボス」

「まあいい。頃合いは何日いつだ?」

「……やるなら、この一週間。いいえ、三日間がいいです」


 水晶を片手に淡々と喋りながら、ミレッジは見上げる。

 その視線の先には、窓から明かりを放ちながら佇むカメリア王国の象徴ステュアート城があった。

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