第15話 苛立ち
その後、シレットが教えてくれたおかげで、わからなかった数学の問題が少しずつ進んだ。
しかし、学問に王道なし。決して簡単な事ではなかった。
「え、エックスが、イコール、うーんと……こうか!」
確信を持ってペンを動かすも、
「違うよ。これは足すんだよ」
と、即座に否定される。この繰り返しが数え切れないくらい続き、ダージリンの頭がいつ破裂しても可笑しくなかった。
青ざめたダージリンがシレットに訴えるが、シレットは冷静に突っぱねる。
「ええ? おかしいでしょ。だってさっきワイがどうのこうのって」
「さっきはそうだけど、この問題の計算式は……」
「そもそもおかしくない?」
「え? な、何が?」
シレットが話そうと、頭を抱え狼狽えるダージリン。
深刻な表情を見て、シレットは再び冷や汗を掻く。
――え? 一体どうしたの?
「何で数学なのに英語が出てくるの?」
「それ、私に言われても……」
今更な話題に返す言葉が見つからなかった。
日は徐々に傾き、やがて山の影に隠れた。
「や、やっと終わった」
最後の一文字を書き、ダージリンは机に倒れ込む。頭の激痛に耐えながらも漸く全ての問題が解き終わった。
「高校になってから、問題が急に難しくなった気がする……」
「ダージリン君」
「な、何ですか?」
「凄く言いにくいんだけど……これ、中学校の復習だよ」
その瞬間、ダージリンは口を開けたまま固まった。
「あ、あれ?」
シレットが顔を傾げて覗き込むが反応はなく、暫く手を振られても変わらなかった。
「ハッ!」
漸く反応し、お互いにビクッと動いた。
「ご、ごめん。驚かせちゃって」
「い、いや、大丈夫」
「あの、凄く『そんなバカな』って顔してたよ」
「だ、だよね……ハ、はははは……」
青ざめた表情を思い出しながらクスクスするシレットに続いて、ダージリンも苦笑した。
「でも、今日の所は全部出来たから良いと思う。少しずつやってけば皆に追いつけるから……」
「う、うん」
「スダップ先生、もう用事済んでるかな? 早く渡して帰ろう」
全ての課題をやり終えたダージリンは、シレットと一緒に階段を下りて職員室に向かった。
「……じゃあ、渡してくる」
「一人で大丈夫?」
「うん」
シレットには職員室の外で待って貰う事にした。
職員室へ入ると、スダップが山の様な書類を相手に格闘していた。
「スダップ先生」
「ああ! ダージリン君、課題終わりましたか?」
「はい。何とか」
「おや。どうかされましたか?」
顔を上げたスダップの目には不貞腐れてるダージリンがいた。
「先生、約束が違うじゃないですか」
少し強めに話すダージリンにスダップは両手を動かして宥めるが、それでダージリンの機嫌が良くなる事はなかった。
「申し訳ございません。でも良かったでしょ? シレットさん、とても面倒見の良い娘だったと思いますが……」
「僕は先生が良かったんです」
「あの、私、独身貴族を貫きますので……」
「ふざけないでください」
スダップのペースに飲まれたダージリンは、眉間にしわを寄せるが、溜息を吐きながら訴えた。
「お願いします先生。もうこれ以上、誰かと関わりたくないんです。もう呼ばないでください」
「ダージリン君、それは違いますよ」
いつも聞く優しめのトーンではなく、少し重い喋り方にビクつくダージリン。スダップは淡々と語った。
「人間は、一人じゃ成長出来ないのです。誰かと絆を作っていく事で人は成長出来るのです。体は勝手に伸びていきますが、心は人と結び合わなきゃ成長出来ません」
――そんな綺麗事、語らないでよ……
「……先生は、『誰か』を亡くした事はありますか?」
思わず強めに質問してしまったダージリン。お説教臭かったのが嫌だったのだろう。
「え?」
急な難題にスダップも一瞬硬直してしまった。
「す、すみません。やっぱり何でもないです」
自分の言った事が良くない事に気付いたダージリンは、視線を逸らしながらもすぐに謝った。スダップも気にしてなさそうだ。
「そ、そうですか……し、シレットさんは?」
「廊下にいます」
スダップはシレットにお礼を言いたく、ダージリンと一緒に廊下へ出た。
壁に寄りかかっていたシレットがこちらに気付き、鞄を両手に持ちながら振り向いた。
「シレットさん、お時間長くありがとうございます」
「い、いえ、これぐらい大した事ないです。ちょっとだけ苦労しましたけど……」
愛想良く答えるシレットに、ダージリンは小馬鹿にされた気がした。
彼女は言葉の最後、ちょっと苦笑いしていたのが少し鼻についたみたいだ。
「今日はお二人でお帰りになられたらどうですか?」
「……先生、からかわないでください」
「顔が赤いですよ。ダージリン君」
言われると思っていたダージリンは冷たく受け流そうとしたが、余計に揶揄われてしまう。シレットは特に気にしてなさそうだが、ついムキになってしまい、思わず吼えてしまった。
「……あ、赤くなってないです! こ、これは、火の幻想術です!」
あまりにも意味不明かつ苦しすぎる言い訳にシレットとスダップが二人同時に、
「ええ?」
と、声を漏らした。
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