第14話 風の訪問
午後の授業が全て終了し、帰り支度を始めたり、部活動へ向かう生徒が溢れ返る。
「……ダメだ」
そんな中、ダージリンは課題である数学に悪戦苦闘していた。
紙を掴みながら睨み続けるも、閃く事はなく、周りをグチャグチャにし、遂に不貞寝してしまった。
「……スダップ先生、来るって行ってたのに……これじゃあ帰れない」
ブツブツ文句を呟いていると、ドアからコンコンという音が響いた。
(先生かな?)
背筋を伸ばし、身構えるダージリンだったが、入ってきたのはスダップではない。
目の前に現れたのは、自分と同じ学生服を着ている。
長いこげ茶色の髪は風の様に優しく、紫色の瞳は引き込まれそうなくらいに輝いている。
ブレザーとスカートに包まれる引き締まった体から繋がる細い足。
思わず目を逸らしてしまう美しさに、ダージリンは顔を熱くしてしまい、身体も微動だにしないくらい固まった。
「えっと……ダージリン君だよね?」
「……う、うん」
「私、一応同じクラスのシレットって言うんだ」
少女は眩しい笑顔で自己紹介をする。
名前はシレット・キャンディ。どうやらダージリンの同級生らしい。
「……えっと、それで、僕に何の用ですか……?」
伏し目になりながらも、ダージリンはシレットから経緯を聞いた。
それは遡る所、三十分前の事。
「失礼します」
シレットは、集めた書類を片手に職員室へやって来ると、机に向かいながら眼鏡に手を当てて溜息を付くスダップがいた。
「先生、どうしたんですか?」
困り果てたスダップを見て、シレットは気遣う様に声を掛けた。
「ああ! シレットさんではありませんか。丁度良かったです。この後お時間ありますか?」
曇った表情から一変して明るくなるスダップだが、今度はシレットが困惑した。
「え? まあ、特にないですけど……」
「実は私、これから教え子に数学を教えに行くのですが……」
「はい」
「急用が出来てダブルブッキングしてしまったんです。そこでシレットさんに一つお願い事を……」
という成り行きで、シレットがスダップの代わりに数学を教えに来たのだ。
「あの、ごめんね。いきなり」
「…………い、いや、だ、大丈夫、です、うん」
――先生、余計な事しないでよ…………
眉をひそめながら、思わず心の声が漏れた。
「え?」
「あ、何でもないです」
「じゃあ、数学教えるね。隣、座っていい?」
「え? あ、はい。どうぞ」
椅子を引き、ダージリンの隣に座るシレット。
(ヤバい。緊張してきた)
シレットが鞄から筆箱を取る中、ダージリンは手を膝に乗せたまま固まっていた。
胸の鼓動は強まり、額からは汗が流れてくる。
「それで、どこがわからない……の?」
ペンを机に置き、振り向くとダージリンの様子がおかしい事に気付く。
耳や頬が火の様になっており、このまま燃え上がるんじゃないかと思う程だ。
「だ、大丈夫??」
「だ、だい、じょうぶ。うん」
「お、お水飲む?」
「い、いや、問題ないです」
水筒を取り出すシレットに、ダージリンは掌を見せながら大丈夫だという事を伝えるが、どう見ても問題だと思ったシレットは、冷や汗を掻きつつも、ダージリンを助けたいという気持ちが強まった。
「し、深呼吸すれば?」
水筒を机に置きつつ直感で閃いた方法をダージリンは実践した。
シレットの言う通りに目を瞑りながら息を吸い、はぁーと深く吐いた。
心なしか、顔が少し和らぎ、真っ赤だった頬も消えている。
落ち着きを取り戻したダージリンは、シレットの目を見ながら口を開いた。
「……ご、ごめん。お、女の子、と、は、話すの、慣れて、ないんだ」
「そ、そうなんだ。だよね。よくいるよね。わかる」
「ご、ごめん。余計な気を使わせちゃって」
「ううん。別に気にしてないから大丈夫だよ。さあ、早くわかんない所やろ」
「う、うん」
シレットは口元を隠しながら微笑んだ。少しだけ可愛く見えたが、引いてる様にも見えたので、ダージリンは恥ずかしく感じたのであった。
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