第13話 幻想術
四人は屋上のベンチに席を取り、昼食を広げた。
冷めたソースが絡んだ焼きそばパンを頬張りながら、アクバルが愚痴をこぼしている。
焼きそばパン。
それは、小麦粉を細く伸ばしたものを大量に焼き、更に刻まれた豚肉と野菜類を加えてウスターシャという調味料で和えた『焼きそば』をしっとり感のあるパンで挟んだ料理だ。
王都ステュアートの商店街にあるちょっとしたお店でも販売されている。
「先生がよぉ、今日もグチグチ喧しかったわ」
「まあまあ、僕達の為に言ってるんだからさ」
「せやけど、もう七月やのにここはあんま暑くないんやな」
入学して三ヶ月が経ったので、気温も高くなっており暫くすると汗が流れてくる。
おでこを拭くアクバルに対して、ソフトボールくらいに大きいお握りを食らいながらブランドンが口を開いた。
このお握りには『米』と言う作物が使われている。
東の国から伝わった米をカメリア王国が年月掛けながら特産品へと進化させ、炊いた状態の『飯』は不思議とどんな料理と合わせても抜群である。
その飯を文字通りに『握った』ものがブランドンが食べている『それ』である。
「ほうか。あぶばるはよほからひたからかめいあでのはつははひめてなんだよな」
(そうか。アクバルは他所から来たからカメリアでの夏は初めてなんだよな)
「ちょっと! 僕も忘れないでよ! ご飯粒まき散らしてるし!」
慌てるスティーブに注意され、ブランドンは口の中にあるものをゴクリと飲み込んだ。
「あ、ああ。スティーブもそうだったな。スマン」
思わずスティーブを省いてしまったブランドンは彼に謝罪すると、二人にカメリア王国の季節事情を話した。
四季があるカメリア王国は他国と比べて夏でもやや涼しいらしい。七月の後半までは快適に過ごせるが八月から一気に暑くなる。
「へー。俺がおったトコはもうジメジメしとるわ。こんなええトコ、早よう良かったわ。なあ、ダージリン?」
アクバルがダージリンに振るが、彼は応える事はなく黙々と唐揚げを口にいれ、次に白いご飯を噛んで、お弁当を食べ続けた。
「って、聞いとんのか? ダージリン?」
「……うん」
黙って頷くダージリンに、今度はスティーブが話し掛けた。
「そう言えば王子様」
「……何?」
食べるのを一旦止め、ダージリンはスティーブの顔を見る。
一瞬ビクッとしたスティーブだったが、何とか話を切り出した。
「こ、この間のテスト、どうでしたか?」
「……え? あ、まあまあかな」
その話題に、嘲笑いしたアクバルが乱入する。
「まあまあって、ヤバかったんやろ?」
「……ヤバくないから」
「ホンマかー? 国語は?」
「……何で答えなきゃいけないの?」
「質問しとんのは俺や。国語は?」
「……多分、一番出来た」
「ほな社会は?」
「……で、出来た」
お握りを頬張りながらブランドンが質問する。
「んじゃあ、理科は?」
「……ま、まあまあ」
続けてスティーブが口を開く。
「数学は?」
聞かれる度に声も元気も薄くなるダージリンだが、その質問だけは答える事なく顔を真下に向けた。
「余程悪かったらしいな」
「……う、うるさい」
ブランドンに図星を付かれたダージリンは肩を落とすが、話題は続く。
「ほんなら、幻想術の方はどうなったん?」
「……え?」
アクバルが言う『幻想術』とは、この世界で多くの人間が使う特殊な技術で、大抵は五つの属性を操る『自然幻想術』の事を指すのだが、ダージリンはどうも浮かない様子だった。数学と同じ、若しくはそれ以上に青ざめている。
「……ああ、いや、その」
「せっかくや、ちょ、やってみ」
そう言うと、アクバルは少し離れた所に飲んでいた缶コーヒーの空を置いた。
「……む、無理だって」
「ええからやれや」
「……いや、だから当たんないって」
断固拒否するダージリンだが、アクバルに続いてブランドン、スティーブもやって欲しいと言い始める。
三人に推されたダージリンは、溜息をしながら立ち上がり、空き缶と向かい合った。
「……当てれば、いいの?」
「うん」
アクバルが頷いたのを合図に、ダージリンは掌を重ね合わせて意識を集中させた。
すると、掌から小さな火の玉が生まれ、やがてダージリンの顔を照らすくらいに大きい炎と化した。
「おお!」
「何や自分、出来るやないか!」
アクバル達が声を合わせて感心した。
これこそ、幻想術の基本中の基本である『火の幻想術』だ。
火とは、人間が古くから使われてきた最初のエネルギーであり、術者の「熱い」や「燃える」等の強いイメージで作られる。
「はあ!」
掛け声と共に、ダージリンは火の玉を思い切り放った。
しかし、その力はまだ理解し切れていないらしい。
火の玉は空き缶へ向かって突進していくが、当たる事無く間抜けな音と共に消えてしまった。
「惜しい!」
「もうちょいやったのに……」
思わず叫ぶブランドンと顔に手を当てて肩を落とすアクバル。
ダージリンも意識を相当集中していたのか、汗を垂らしながら息を切らしており、おまけに火の玉が当たらず消えてしまったので、落ち込み具合が半端じゃなかった。
「一国の王子様が、こんなんじゃねえ……」
「やめろスティーブ」
「ご、ご、ゴメン‼ 今のはつい……」
思わず零れてしまったスティーブの本音。
心無い言葉にブランドンは注意するが、スティーブもわざとじゃなかったのか、たじろぎながら謝罪した。
「謝るなら俺じゃなくてダージリンだろ」
ダージリンの青ざめた顔がスティーブに向けられていた。息を切らしながらこちらを見るダージリンに申し訳ない気持ちがいっぱいとなる。
「ちちちちち違うんだ‼ 別に馬鹿にしたとかじゃあ……」
「……いいよ。別に気にしてない」
俯きながら、ダージリンはお弁当箱を包んでいく。
その間、スティーブはダージリンを心配そうに見つめるが、二人が目を合わせる事はなかった。
「……アクバル、もう行くね」
「あ、ああ」
お弁当をしまい、アクバルに一言声を掛けて、ダージリンは屋上を後にした。
「ぜ、絶対……気にしてたよね?」
「ああ。完全にお前の事見てた」
ブランドンに指摘され、余計に落胆するスティーブだが、うやむやに苛立つ気持ちに負け、その矛先をアクバルに向けた。
「そもそもアクバルがやれって言わなきゃ……‼」
「テストの話題を始めたのは自分やろ」
「何!?」
「何や?」
睨み合うアクバルとスティーブ。
どちらかと言うと、アクバルは冷静でスティーブが一方的に怒っている。
「やめろ。罪の擦り付け合いするな」
拳が飛び出す前にブランドンが二人の間に入って宥めると、プンプンしながらもスティーブはベンチに座った。
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