第09話 火が着く前

 僕は、生きる意味を探している。

 いや、やっと見つけた意味を失くして、新たな意味を探している。

 小さい頃、父さんは僕たち姉弟にこう教えてくれた。


 ――王は民を守り、民は王の為に動く。

 ――この二つがなりたたなければ、王国はすぐに崩壊する。


 要は誰かの為に生きる人間になれ、と。

 僕と、姉さんと兄さんはこの教えを信じて頑張ってきた。

 おかげで、姉さんと兄さんは皆から認められて、仲間や友達もいっぱい出来たし、夢とかやりたい事も見つけた。


 だけど僕はダメだった。


 認められる所か、周りから疎まれたり、憎まれたりする落ちこぼれになってしまった。

 慌てて生きていたんだと思う。

 この前まで『心』を失っていた程だから……


 でも、『あの娘』のおかげでわかった気がした。

 ――生きる事は、苦しい以上に幸せなものであると

 僕は何のために、何をしていけばいいのだろう――












 陽が徐々に姿を現し、王都全てに光が灯された。

 ここは『カメリア王国』。

 木組みの家屋と南に広がる海、三方には山脈が存在し、資源豊かな王国だ。

 王都は『ステュアート』と呼ばれており、今日もまた、鍛冶屋から掃かれる灰、瑠璃色に輝く小鳥が囀り、市場には野菜や肉、魚が並べられ、鮮やかな色彩が広がる。

 王都の真ん中には『ステュアート城』という一回り小さなお城が建てられており、そこに『アールグレイ王家』というこの国を統治する王家が在中しているのだ。

 王家に使える執事や侍女達がそれぞれの家事を始め、家臣達も国王に挨拶し、仕事を始めていた。


 そんな中、王子はまだ自室で眠っていた。


 ふんわりとした焦げ茶色の髪に高くとも低くもない背丈と肉付き。

 名前はダージリン・アールグレイ。みすぼらしいが、一国の王子様である。

 ふかふかで心地良い布団はダージリンの身を包んでいるが、決して彼を安心させる事はなかった。


 時刻は九時三十五分。


 瞼をわずかに開け、虚ろな瞳で朝だと言う事を確認する。

 ‎全てが煙の様にしつこく充満し、憂鬱な気分。

 ‎ダージリンは重たい体を何とか持ち上げてベッドから下りると、気だるそうに着替え始めた。


 広く大きく出来たタンスの戸を引くと、中から色とりどりの洋服が出てくるが、ダージリンは端っこにある白のワイシャツを重たそうに取り出した。

 ‎寝巻を脱ぎ、取り出したワイシャツを着て、その上に慣れた手つきでネクタイを結んだ。

 ハンガーに掛けられた制服のブレザーとズボンは日光を浴びてポカポカと暖かく見えたが、そんな事はどうでもよく乱暴にブレザーとズボンを手に取り、ズボンを履く為にブレザーを一度机の上に投げた。


 ‎憂鬱な気分とはいえ、王子様にしてはどこか庶民っぽく上品な印象には見えない気もする。


 制服に着替え終わると、すぐに鞄とブレザーを持ち、部屋を出た。

 赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いて行く。


「王子様、おはようございます」


 掃き掃除をしていた侍女からの挨拶に小さく「おはよう」と返しながら、頭を下げたが、憂鬱なダージリンを見て侍女は心配そうにその背中を見つめていた。


 廊下を歩いていくと、今度は執事服を纏った年輩が現れた。

 年輩はアールグレイ王家で家令の座に就くセバスティアン・ドアーズだ。

 皆からは親しみを込めて『セバスチャン』と呼ばれているが、当の本人は不服らしい。


「おはようございます。王子」

「……おはよう、セバスチャン」

「セバスティアンでございます」

「……行ってきます」


 侍女と異なり、セバスティアンは通り過ぎていくダージリンを慌てて引き留めた。


「ああ! 王子、朝食は?」

「……いらない」

「いけません。今日一日分の体力が作れませんぞ。それに王子、お弁当をお忘れです」


 そういうと、セバスチャンはどこからともなく、布に包まれたお弁当を出す。

 ダージリンは唇を結びながらも、セバスチャンが持つお弁当を手に取り、それを鞄に閉まった。


「じゃあ行ってくる。朝食はいらない」

「そうですか……せめて、お紅茶だけでも飲まれてはどうでしょうか?」

「……そ、そうだね。ミルクティーだけでも飲もうかな」

「かしこまりました」


 ダイニングへ来たダージリンは、テーブルに座り紅茶が出来上がるのを待った。

 セバスティアンは白いポットに入れた熱々の紅茶を、予めミルクを入れておいたティーカップに注ぐ。

 白と真紅が交わる様子を楽しみながら、最後に砂糖を入れてミルクティーが完成した。


「……いただきます」


 熱々のティーカップを持ち、ダージリンはゆっくりとミルクティーを口の中へ入れた。

 すると、ほのかな香りと甘さが口全体に広がり、僅かに口元が緩む。

 その様子を見ながらセバスティアンもニコニコと笑っていた。


「……ごちそうさまでした」


 ティーカップを下ろすと、改めて学校へ行く準備をする。


「……じゃあ行ってきます」

「では王子。お気をつけて」


 セバスチャンに見送られながらダージリンは玄関を潜った。

 入れ替わる様に先程ダージリンに挨拶した侍女がセバスチャンの元に来た。


「王子様、今日も元気がない感じでしたね」

「そうですね。王子は今、心を取り戻している最中。我々に出来る事は支える事です。貴方も力になってあげてください」


 玄関を潜り、更に門を潜った先で、ダージリンは空から眩しくも暖かい光を貰うが、険のある顔を浮かべながら建物の影へ隠れた。

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