『灯火の章』

第08話 うしなわれた光

 これは、約半年前の夜に起きた出来事である。


 満点の星空の下、とある王国は民達の賑やかな声で包まれていた。

 ジョッキを片手に仲間と笑い合う者、男と手を繋ぎ、微笑ましく歩む女、はしゃぐ子供を何とか手を焼く、絶え間ない幸せが、王都の街全体に広がっていた。

 だが、幸せとは言い難い様子もある。


「探せ‼ 探すのだ‼」


 甲冑を纏い、腰に剣を構えた騎士達が、金属音を鳴らしながら民達を払い退けていく。

 急に現れた騎士達に怯える子供を抱きしめる親。

 男の背に隠れる女。

 ジョッキを片手に唖然とする男。

 騎士達が走る姿を見て、王都の民達は不安を隠しきれなかった。

 怖い、何事だ、と戦慄する民達。

 だが、その感情は騎士達も同じであった。


「ダメです‼ どこにもいません‼」

「クソ‼ 王子は一体どこへ……⁉」




 




 王都から離れた森の中を一人の少年が駆け抜けていた。

 纏った制服は汚れと共に、枝であちこちを切られている。

 その少年こそ、騎士達が探している王子であった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、」


 王子は今、血眼になり、枯れた声を叫びながら闇夜に消えた少女を探している。

 木々や草花が行く手を阻む様に生い茂り、‎王子の身体を傷つけていくが、王子は己の身を気にせず、ただ少女の無事を祈りながら森の中を走り続けていた。

 しかし、少女は一向に見つからず、それどころか、自身の身体が重くなっていくばかり。

 気付けば森の奥。進むのも戻るのも困難だ。重くなっていく足が進む度に、枯れ枝や葉っぱが粉々になっていく。


 走り続けた末に、王子は胸を押さえながら膝を着き、激しい咳から赤黒く混じった唾や痰を吐き出してしまった。

 ここで倒れるわけにはいかない。王子は重たい足を何とか持ち上げ、少女の探索を再開したが、既に意識は朦朧としており、進む度に頭が揺れ、その都度木に手を掛けて呼吸を整える。最早探す処ではなかった。


 轟音。


 視界がぼやけていく中、王子の耳に衝撃が伝わる。

 今の音は何だ。

 衝撃が聞こえた方へ向かうと、目に映った光景に王子は冷静さを失った。

 麗しい『光』と禍々しく燃える『闇』。夜空を舞う二つの存在が激突していたのだ。

 交差にぶつかる『光』と『闇』。衝撃は森を響かせ、草木を揺るがし、風は吹き荒れる。

 僕は何を見ているのだろうか。今まで感じた事がない出来事を前に、王子は呆然と口を開けるしかなかった。






 猛攻の闇。

 不吉に燃える火の球を隕石の如く降らせていき、刻々と『光』を征していく。

『光』は、『闇』からの攻撃を縦横無尽に避け続けた。

 だが、火の球の数は遂に避け切れず地面に叩きつけられてしまった。

 砂煙が立つ中、側にいた王子は『光』の正体を見て驚いた。

 ハッキリと見えなかったが、輝きに包まれたそれは王子よりも小さい背丈で、蝶の様に揺らめく布、手には杖らしき物を所持している。


 その姿は、一言で表すなら『精霊』。


 乳白色に光る瞳はそれを物語っていた。

 その輝きに見惚れた王子は思わず手を差し伸べかけると、倒れていた精霊も王子の方へ顔を向けた。

『精霊』に気付かれた王子は思わず手を引っ込めて身を竦めた。

 すると、精霊は突然起き上がり、王子の元に駆け寄った。


(逃げて‼)


 その声に聞き覚えがある気がした。

 だが精霊の慌てた姿が、その感情を急変させる。

 一体どうしたんだと、王子は震えた眼を空へ見上げると、火の球がこちらに迫っていたのだ。闇も王子の存在に気付いたのである。

 精霊は杖を前方に向けると、光る円形の壁、魔法陣を展開した。

 迫る火の球は魔法陣にぶつかると共に大爆発を起こす。先程のものとは思えない威力だ。


 紅蓮に広がる風は木々を焼き尽くし、精霊と王子を巻き込む。

 爆風は、王子を大木に叩きつけ、彼の視界を遮断した。

 抜けた様に落ちる王子を見た精霊は、すぐに彼の元へ駆け寄り、肩を抱いて顔を覗き込んだ。

 微かに息がある。王子は気を失っているだけだ。

 すると、精霊は王子の頬を撫で、強く抱きしめた。その間、瞳が乳白色から青色へと変化し、更には涙の様な光の粒が流れていた。



 やがて精霊は、王子を樹木の下へ運び、そこへ寝かすと、杖から光を放ち、王子の周りに結界を作った。

 涙を払った精霊は肩を震わせて、闇と向かい合う。


 ――フフフフ……フハハハハハ………


 闇から嘲る様な笑い声が森に響く。


 ――許さない。絶対に。


 精霊は杖を強く震わせながら上へと翳した。

 杖から放たれる五つの光は、円を描くと虹色と化し、周囲を昼間かと思うくらいに照らす。

 その明かりは闇をも包み込むが、闇も攻め手に入った。

 ‎空間が青紫に染まると、まるで吸収されるかの様に闇へパワーが集まっていく。


 ――無駄な事を。今、終わりにしてやる。


 闇から現れる邪悪なる存在。

 人の姿をしたそれは、左掌を開き、黒い炎を作り出した。

 轟音。

 高まっていく二つの力は遂に激突。

 混沌と化す二つの力は飲み込み合い、森を殲滅させ、動物達をも消していく。

 やがて天をも貫く様な火柱と化し、全てを焼き尽くした。

 ‎










 




 山々の間から僅かに陽が現れる。

 焦げた草木の臭いが鼻に伝わり、顔をしかめながら王子は起き上がった。

 制服は原状を留めておらず、上は完全に布切れと言っても過言ではなかった。

 だが、それは大した問題ではない。

 目覚めた先に広がる光景が、王子に更なる衝撃を与えたのだ。


 焼け野原。

 プスプスと音を立ててはいるが、残り火どころか火の粉一つも見当たらない代わりに白い粒子が消滅を繰り返し、黒い炎が木々を蝕んでいる。

 その神秘的かつ壮絶な光景を前に王子は硬直した。

 頭を抱えて何が起こったのかを考えてみるが、覚えている事は、『誰か』が守ってくれた事と大爆発に巻き込まれた事。


 それと――光と闇だ。


 ふと、王子はここに来た目的を思い出した。

 ‎ふらつきながらも、重たい足を持ち上げて、朽ち果てた野原を慌ただしく歩いた。

 お腹だけでなく、全身から声を出して少女を呼ぶが、残酷な静けさだけが待つばかり。

 それでも僅かな希望を胸に、懸命に探し続けたが、まるで追い討ちを掛ける様に、残酷な事実が王子を襲う。


 黒く朽ち果てた地面から、僅かな輝きがある。

 輝きを見つけた王子は、乱暴に草木をかき分け、震えた手の中に包み込んだ。

 輝きの正体はブレスレット。炎の様な揺らめきを持っている。

 その瞬間、王子の目から雫が流れはじめた。

 雫は次第に流水となり、王子の心を絶望と悲しみに満たしていく。


 ――この場所で、少女は死んだ。


 その結論は、己の無力さ、愚かさ、弱さを自覚させ、心を蝕んでいく。

 全身の震えは次第に増していき、

 手に溜まる涙をブレスレットと一緒に握りしめる。

 やがて、感情は崩壊。

 夜が明けると共に王子の悲しみがどこまでも響いた。

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