地下牢からの脱出
ガシャガシャとうるさい音が耳に届く。
地下牢の看守たちだけでなくサイベリアに駐屯している兵たちも騒ぎを聞き付けて集まったようだ。
前方後方の通路が塞がれた。
「ツロモア!」
「もうっ。邪魔の多い日ね」
本当にな。
王都のカーニバルには参加できない。
ツロモアと顔を合わせる前にこの場から去りたかったのに本人に見付かる。
今日は厄日か何かか。
……翔は顔をしかめるが、看守たちからすれば地下牢から脱走しようとしている身でふざけたことをぬかしているんじゃないと言ってやりたいところだろう。
厄日と言うなら彼らの方こそが厄日である。
「鉄網の天井から抜ける」
「オーケー。細かい調整はできないけど」
「どうにかしろ」
扉よりもずっと強固な結界によって守りを固められている鉄網に迷いもなく挑むと述べる翔の無謀で無茶な指示にツロモアはふふっと愛らしい笑みをこぼした。
立ち上がって大鎌を構える。
——戦う為の構えではない。
柄を横に寝かせて持ち、ふっと息を吐く。
1秒にも満たない間。
瞼を閉じて意識を切り替えた彼女は
その肌に緑光を放つ紋様が走った。
風が集まり
「気高き鳥の守護せし風よ我が血に応えて形を成せ。招来せしは
詠唱は魔法を扱う上での制御機構である。
言霊でもって制約を課し織り上げられた『力』を支配下に置く。
逆に言えば、制御機構を設ける必要があるほど扱いが難しいということだ。
——翔の体を浮かせたような単純で威力の低いそれなら詠唱を必要としない彼女がわざわざ詠うということは、それ相応に強大な魔法を発動させようとしているということ。
「飛び立てウィングロウ!」
咆哮にも近い。
詠唱の完了をもって風が1羽の烏となる。
その体内に術者であるツロモアはもちろん、翔とユースピリア他、主人公組の3名を収めて飛び立つ。
「紅鏡の王、乾き渇きを統べて燃ゆる明君。獅子宮レグルス! 全てを蹴散らせッ!」
咄嗟の判断で詠唱を省略した翔の声に応えて獅子が顕現する。
加速を続ける風烏が鉄網にぶつかる直前——。
溶け広がるように開いた穴を潜り抜けて外に出る。
ギリギリだ。
どうにかしろと言った翔の言葉を聞き入れるどころか倍にして返してきたツロモアに思わず顔をしかめる。
呼び出そうと掴んだのがレグルスの石盤だったから良かったものの……。
他の魔獣だったら失敗していた可能性の方が高い。
できるという確証のない無茶振りはやめて欲しいところだ。
——砂漠のど真ん中に降り立った風烏は翔たちを降ろすとそのまま霧散した。
一息ついたのも束の間のこと。
べしゃっ。
「うおっ!」
風烏に続いて降り立ったレグルスに後ろから踏まれた翔はなすすべもなく、砂の地面に顔から突っ込んだ。
ちょ、まっ……! 熱い熱い熱いっ!
手をついて背中に乗るレグルスの足を押し返す。
『我を小間使いのように使いおって。何様のつもりだ小童が』
「何様って、ご主人様? いてっいててっ! 言ってみただけだろ! 噛み付くなよ」
『ふんっ』
傷にならない程度の甘噛みだ。
のしかかってきていた重みが消えたので体を反転させて仰向けに寝転がる。
不機嫌だと全身で語る獅子に翔は眉を下げた。
「……お前が1番呼び易いんだ。勘弁してくれ」
返事はない。
代わりにべろり、と顎の裏を舐められた。
頭を撫でてやれば音もなく姿を消して石盤に戻る。
……今度、モンスター溜まりでも探してやるか。
通常の動植物とモンスターの違いは大気中に含まれる魔力の影響を受けて変質した存在か否か。
意思の有無も判断材料になるとか、細かい話もしようと思えばできるにはできるのだが……。
まあ、それはそれとして【モンスター溜まり】と呼べるだけの密集地では相応に高い魔力濃度の中で強敵というのが生まれやすい。
レグルスの遊び場として最適な溜まり場となるとダンジョンの最深部とか……。
手間が掛かるばかりの奥まった場所になる。
何かしらの理由があって立ち寄るなら周囲を焼き尽くす勢いで暴れて回るレグルスには頼らないし、理由もなくダンジョンを踏破することに悦楽を見出せるほど翔は戦闘に狂ってない。
理由というのが魔獣なら呼ぶこともある、といった程度。
しかし、獅子の言葉を借りて『小間使い』ばかりやらせてると翔自身がストレス発散に付き合わねばならなくなる。
それは避けたい。
ハマルとアクベンスはそこまで好戦的な魔獣ではないし……ダビーはなあ……売り言葉に買い言葉の舌戦から始まって長期戦の末、翔に文句を言ってくるに1票。
後腐れなくレグルスの相手をしてくれる魔獣を探そう。
心に決めながら起き上がる。
「ユリア——」
振り返ると、ユースピリアを含めた自分以外のメンバーに距離を取られていた。
10歩進んでも手は届かないだろう。
思わず閉口する。
……慣れれば良い奴なんだけどな、レグルス。
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