サイベリアの地下牢

 地下牢に侵入した翔たちは看守に気付かれぬよう道を進んでいた。


 ——要塞都市サイベリア。

 石造りの壁や床にはところどころにヒビの跡が見受けられる。

 単純な老朽化か。

 囚人が暴れでもしたのか。


 ドーナツ型の建物は中心に向かうほど直接光源が差して明るくなる。

 ただの光源じゃない。

 砂漠の太陽がもたらす灼熱の光だ。


 くり抜くように開けられた中央の穴がそのまま牢獄として使われており、天井は脱獄防止の鉄網。

 ほとんどが雨晒しの状態にあるため舞い込んできた砂の山が端々に出来上がっている。


 さらに視線を巡らせると白骨化してそのまま捨て置かれている囚人の姿も見受けられた。

 いったい何年の懲役期間を言い渡されたかは知らないが100年単位なのはまず間違いないだろう。


 夜は冷え込む砂漠の寒暖差を利用して囚人たちを苦しめる悪辣な地下牢から脱獄を試みた者はいても成功例はない。

 ……ここ100年の間は。

 周期的に主人公の逃走経路として用いられるので、皆無と言えないのは、まあご愛嬌ってやつだ。


 ガシャガシャとうるさいくらいに鎧を鳴らして自ら居場所を知らせてくれる親切な看守たちを物影に隠れてやり過ごす。


「……なあ、カケル」

「言うな」


 小声で話し掛けてきたユースピリアの言いたいことは分かる。


 ……歴代の主人公が逃走経路に用いてきたとは言っても他には例がないのだ。

 サイベリアからの脱出が、けして易く叶うものではないことはあらかじめ言っておこう。

 油断してると収容バッドエンドか看守皆殺しルートの2つに1つ。


 不注意で居合わせてしまっただけの翔たちを除けば脱獄の経験なんてあるはずもない素人3人。

 内1人は王女という普通に考えたら絶望的な構成で地下牢からの脱出を成功させるにはそれ相応の条件が揃っていなければならない。


「看守たちが騒いでいるツロモアってまさか」

「言うなって言ったろ」


 ……そう、例えば現状のように素人を抱えていても気付かれずに進めるほど、看守たちの注意を引き付けているバカが他所にいるとか。


 ガシャガシャと鎧をうるさいくらい鳴らすその慌てようを見るに地下牢へ強襲を仕掛けた相手は随分と派手な暴れ方をしているようだ。


「何だよ、知り合いか?」


 訳知り顔の翔とユースピリアにナハトは首を傾げた。


「……知り合いたくなかった知り合いだ」

「やべぇ奴かよ」


 翔は答えなかった。

 あらゆる意味で『やべぇ奴』なのは間違いないからである……。


 通り名で紹介するなら死都しとからす

 あるいは殺戮さつりつ大虚鳥おおをそどり

 殺し屋だ。

 その首には一生を遊んで暮らせる額の賞金が掛かっている。

 一般人でも噂くらいは耳にしたことがあるだろう。

 賞金稼ぎや同業者の界隈ではかなりの有名人で知らない者を探す方が難しい。


 彼女がここにいるということは……。

 東ガトビエナ砂漠の町でラグドールに向かう途中にあったお偉いさんを殺したバカの正体も自ずと知れる。

 クソッ、もう少しバカについても念入りに調べとくんだった!


 ついでなので言っておくと主人公組が知り合うべき人物でもある。

 暴れるだけ暴れて用事を済ませた彼女が地下牢を出るどさくさに紛れて3名も脱出を叶える、というのが物語における流れなのだ。


 そして、その後。

 依頼を受ければ誰でも殺すが、そうでなければ強者にしか興味のない彼女に取り入って道中の助けとなってもらう……。


 主人公組を押し付けられるまたとない機会であり相手だ。

 彼女との邂逅イベントを逃せば代わりを務めるためにストーリーに関わることになる。

 ……が、牢獄と地上を繋ぐ扉の前に着いた翔は立ち塞がる看守たちを手早く倒した。


 邂逅イベントを潰すことがどういうことかを分かってはいても避けて通りたい道というのは存在す————。


「あーっ!」


 後方から響いた女の声に迷わず愛銃を抜く。

 振り返ることはしない。

 練り上げた魔力を銃弾として刹那の間に5発。

 扉に向かって打ち込む。


 強固な結界魔法が仕込まれた扉は健在だが、蹴りを追加で1発。

 パリンッとガラスが割れたような高い音を立てて結界が崩れ去る。


 2発目の蹴りで扉を破ろうと回転させた体を——ヒュッと空を割くように飛来した『何か』を避けるために仰け反らせた。


 黒塗りのナイフだ。

 鼻先を掠めたそれはガンッと勢いよく扉に突き刺さる。

 ……石造りなんだけどな、一応。

 蹴破ろうとした翔が言えた話ではないが。

 

 体勢を整えながら追撃のナイフを弾いて落とす。

 他には目もくれず翔だけを狙う強襲者はすぐそこまで迫っていた。


 振り下ろされる大鎌を回し蹴りで止める。

 2撃、3撃と続く攻撃を防ぎながら隙をついて引き倒した相手の上に乗り銃口を突き付ける。


「相変わらずの腕前ね。愛おしくて憎らしい私のカケル」


 ——強襲者。

 死都の烏の通り名で知られるツロモア・エクリプスはそう言って恍惚とした表情を浮かべてみせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る