状態解析
ベンチを陣取った3人は翔を真ん中に並んで座った。
どうせならと京介のリンク状態も解析することになったためだ。
……本体同士をリンクさせればいいだけで翔を挟む必要はないのだが。
準備万端です、と言わんばかりの顔で指示を待つ2人に席を変えてくれとは言えなかった。
腰の据わりが悪いことに顔をしかめつつも3人の仮想空間をリンクさせた後はしっかりと意識を切り替え集中するために目を瞑る。
解析そのものは搭載したAIに頼るが過程で吐き出されたエラーに対する判断は翔が行うことになる。
しばらく使われていなかったり更新が滞っていていたりするカビの生えたソフトやデータが回路を複雑化していると上手く処理が進まない場合もあるので、そういう時に道順を示してやるのだ。
解析ついでに最適化してもいいが……。
2人の好みもある。
さすがにそこまですると余計なお世話になるだろう。
古過ぎるデータと競合を起こして処理能力を落としているソフトのピックアップだけに留める。
……この辺りのことは授業でも習ったように思うが、まあ、実際だと思い入れがあるとか、ダウンロードしたっきり存在を忘れていた、なんてことも割とよくあるからな。
分かっていても疎かになりがちだ。
かく言う翔も荒稼ぎしていた時期の名残りで今は不要なデータとか、整理してる最中にはよくAIにつつかれている。
————結果が出た。
それをグラフに直したものと合わせて映像に起こす。
「おっ」
耳に届いたのは京介の声だった。
結果に目を通しているのだろう、少しの間を置いてから彼は翔に尋ねる。
「これ何段評価?」
「10段」
「全部星2つしかねーんだけど! 何基準だよ」
「俺基準」
データに酔った頭を軽く振る。
昼休みが終わる前にと急いだのも1つの理由だが、何より2人のプレドマにダウンロードされた補助ソフトの数に目が回ったのだ。
こんなに必要か?
……必要なんだろうな。
目を開けると京介はガクリと肩を落として項垂れていた。
御影池高校の生徒のように知識としてプレドマの扱いを習うような環境にない一般人であればよくて星1つとかだろう。
評価基準を甘くすれば星は増やせるけれどそれで現実が変わる訳じゃない。
璃乃に向き直ると彼女は自分の表の星を1つ1つ指しながら数えていた。
「桜井は」
「は、はい!」
「イメージがかなり明確な分、再現されたデータに釣られ過ぎて入力ミスが起こってるんじゃないか?」
翔が提示した項目は4つ。
処理速度。
イメージの明確さ。
プレドマが発する情報の認識率。
それら全てを含めての総合評価。
基準としている翔自身は中間地点の5で揃う。
璃乃の表で【イメージの明確さ】は星7つと翔より高い数値を出していて【認識率】も星3つ。
けして悪くはない値にも関わらず【総合評価】になると京介と同じ星2つにまで下がるのは【処理速度】が星無しと足を引っ張っているからだった。
なお、ここで言う【処理速度】はプレドマ本体の処理速度ではなく、使用者が情報を受けて行動に移し結果を出すまでの速度である。
言葉のみで説明しようとするも璃乃の反応は思わしくない。
悩んだ結果キーボードを出した翔は実践してみせることにした。
……上手く伝えられるかは分からないが。
もしダメだったら京介に押し付けよう。
京介本人が実行に移せるかは別として理解力はあるからな。
実行に移せるかは別として。
「例えば『あ』って文字を入力しようとして、タイピングの時に違うキーを押したとする。その時に間違えたっつー認識が強いとそっちが再現される」
ワードの画面とキーボードを見比べさせる。
映っているのは『あ』ではないキーボード入力そのままの文字だ。
「けど……」
と、前置きしてから翔は適当にキーを弾いた。
再び目を向けた画面には『紅茶』の二文字が浮かんでいる。
もちろんそうなるような文字は打っていない。
目を丸くする璃乃に翔は続ける。
「操作する時に大切なのは『何をしたか』じゃなくて『何をしたいか』なんだ。入力が違ってても打ちたい文字は打てる」
というよりキーボードなんかなくて構わないくらいだ。
まどろっこしさに背筋の辺りが痒くなる。
「そう、だったんだ……」
「まあ出来ない奴も多いから参考にならなかったら忘れてくれ」
特に京介とか。
理解はできても実行に移せないってどういうことなのか……。
先入観で凝り固まった頭をどうにかして来いとしか言いようがない。
「うん。ありがとう」
ふわりと笑った璃乃に翔の頬も少し緩む。
————ズシリッ。
後ろから体重を掛けられ前のめりになる。
横目で確認すれば恨めしそうな目をした京介がもたれかかってきていた。
「ようよーう。俺には何かアドバイスはねーのか翔ちゃんよーう」
「うぜぇ。お前は努力次第だろ。低ラウンダー」
「低ラウンダー?」
聞き慣れない単語に璃乃は首を傾げた。
「低位のオールラウンダー。能力値が平均的に低い奴のこと」
「うんうん。つまりは俺をバカにしてんだな!」
コノヤロウ! と京介に首を締められた翔は反射的に裏拳をかましてしまい「あ」と声を漏らした。
慌てて振り返る。
ゆらり。
嫌に緩慢な速度で京介はベンチから落ちた。
「……悪い」
鼻を押さえて起き上がれないでいる京介に翔はそう謝る他なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます