やんちゃした過去の名残り
中庭まで来た3人は設置された自販機の前に立った……。
より詳しく言うと、校舎と校舎の間にあるひらけた空間というだけで中庭と言っても噴水や池、芝生などはない。
コンクリートの地面に数本の木々。
自販機とベンチが壁際に並んでいるだけだ。
ポケットから小銭を取り出した翔は自販機にそれを投入してボタンを押した。
「まだんなもん使ってんのかよ」
呆れを滲ませた声で京介は言う。
ガコンと音を立てて吐き出された珈琲を彼に投げて渡しながら翔は眉を寄せた。
「うるせー。電子マネーなんて認めるか」
上手く相手がキャッチしたのを見届けてから再び小銭を入れて紅茶を2つ、追加で購入する。
……プレドマが世界レベルで普及してしばらく。
電子マネーの分野は以前にも増して注目を集め、現在、硬貨や紙幣による売買は衰退の一途を辿っている。
以前にはオンラインゲームの大型サイトや携帯、スマートフォンのアプリゲームなどでも見られた有料のポイント制度が発展した形だ。
プレドマ内でソフトを購入するのに使用されていたそれが、普及率に伴って、全世界共通の通貨として認識されるようになった……。
従来型の不可逆な制度を撤廃し、各国の金融機関と連携してポイントの換金を認めたことが決め手と言えるだろう。
レートの算出や両替機能の充実によりポイントを保有していれば国内に限らず海外でも買い物ができるようになったのだ。
免許や資格、パスポートなどの身分証までもがプレドマに依存する時代へと移りつつある——。
翔はしかめ面を崩さないまま紅茶の1つを璃乃に差し出した。
「……えっ?」
「苦手だったか?」
「ううん」
どちらかと言えば好きだ。
しかし、そうではなくて……。
紅茶と翔を交互に見る。
普段から口数の少ない翔と自分が親しい間柄にあるとは言えないことを璃乃は自覚している。
話しかければ相応に返事をもらえるけれど、好意的と言うより煩わしく思われていると言った方が近いし正しいだろう。
飲み物を奢ってもらうような関係ではない。
受け取っていいものかを判断しかねた。
「貰っときなよ桜井さん」
悩む璃乃を京介が促す。
ニコリと笑った彼は腕を回して翔と肩を組んだ。
紅茶は差し出されたまま……。
おずおずと受け取ってお礼を言うも反応らしい反応は返ってこなかった。
優しいのかそうじゃないのか。
「つーか何で俺だけハブ!」
唐突に憤った京介に翔は嫌そうな顔を見せる。
璃乃には京介が何のことを言っているのかさっぱり分からなかったが翔には伝わったらしい。
多島くんだけハブって……?
「この前紅茶苦手だっつってたの誰だよ」
「お前も珈琲飲めば良いじゃねーか、珈琲。その前に何で珈琲だよ。他にもココアとかフルーツオレとかあんだろ」
飲み物のことだったらしい。
文句を重ねられて、そんなに言うなら返せと手を出した翔に京介は嫌だと答えて彼から離れる。
プルタブを押し上げるとそのまま口を付けた。
気心が知れているからこそできるじゃれ合いとでも言うべきだろう。
「そういや今いくらになったんだ?」
「変わってねぇ」
「何でだよ! お前なら稼げんだろ!」
「うるせーな。面倒臭いんだよ」
……今度は何の話だろう?
首を傾げる璃乃の横で京介は頭を抱える。
ふい、とあらぬ方に視線を向けた翔に説明を求めるのは難しそうだ。
内容的に金銭が絡んでいそうな話だけれど私が聞いてもよかったのだろうか。
悩んでいればそれに気付いた京介が教えてくれた。
何でも、翔にはプレドマのゲーム大会で荒稼ぎをしていた時期があったとのだとか。
優勝賞金の合計総額は日本円に換算して一千万。
学生の懐にしては暖かすぎる。
璃乃は驚く。
しかし、目的と言えるようなものがあった訳でもない。
あえて言うなら大会への参加自体を目的としていた翔は後になってからそのことに気付いて念入りに履歴をさらったくらいだ。
何か手違いでもあったのかと……。
間違いなく自分自身で稼いだ賞金が積み重なった結果だった。
慣れない大金というのは人に恐怖心を与える。
不正に得たお金ではないのだから問題にはならないが使用を躊躇うようになったのはある種、仕方のないことと言えるだろう。
電子マネーを使用するとなると連携しているネットバンク——そこに収まる賞金に手を付けることになる。
……まあ、本体やコントローラーのスペックを上げるため、周辺機器や専門書の購入などプレドマに関連するものだけはその限りにないが。
「すごいんだね、信山くん」
璃乃の素直な感嘆に翔は口をへの字に曲げた。
「……別に」
返答も素っ気ない。
いつものことと言えばいつものことだ。
けれど、なんだか。
「そ。こいつスゴイんだ。気持ち悪いって言った方がいいくらいに」
違和感が言葉になる前に京介のからかいを含んだ明るい声が璃乃の思考を遮った。
「うるせーよ」
しかめ面で言葉を返す翔はいつも通り。
……自分より付き合いの長い彼が何も言わないのであれば気のせいか、踏み入るべきではないということだろう。
やいのやいのと騒ぎ出した2人に璃乃は頰を緩める。
「多島くんって信山くんのこと大好きだよね」
他意はなかった。そういう意味でもない。
純粋な感想としてそう思った。
しかし、ピシリと固まった男2人は無言で顔を見合わせて距離を取る。
……お互いに気持ち悪いモノでも見るかような目をしていた。
「俺に2度と寄るな」
「ひでぇな、おい! 誰もお前なんて好きじゃねーよ!」
「ああ、お前が好きなのは……」
翔はチラと璃乃を見る。
「ちょっおまっふざけんなよ?!」
焦った京介は反射的に掴み掛かった。
ひょいとそれを避けた翔はそのままベンチに向かう。
「つか、早くしよーぜ。昼休みが終わる」
「……たくっ。桜井さん、行こう」
悪ふざけの時間は終わりらしい。
ガシガシと頭を掻いた京介に促されて璃乃は翔の後を追う。
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