例えるならば水と油

 それよりも、と話を戻した照充は翔に視線を移した。

 まっすぐにこちらを写す瞳には敵意のようなものが宿っている。

 思わず眉をひそめた。


「必要ないっていうのはどういう意味なんだい」


 ……どういう意味と聞かれても。

 言葉を濁すくらいのことしかできない。

 先程も述べたように翔の操作は感覚頼りだ。


 できると直感したことで失敗した試しはない。

 できるからできる。

 必要ないものは必要ない。


 それが簡潔かつ明瞭な答えでも相手に求められている水準には到底及んでいないことぐらいは分かる。


 ただ、2つ以上のプレドマがリンクしている状態にあって共有されたデータがどこに帰属しているものか……説明がなくても正確に仕分けできることを大前提として、それを精査し統計を取って傾向を分析するだけ……なんて話をして通じるか?


 プレドマの扱いについては残念な京介だが理解力はある方だし、何より根気強い。

 操作方法を教えている時もそうだった。

 何度も翔の言っている言葉の意味を噛み砕いて整理しながら……それでも、彼の出した結論が『分からない』だった時点で翔は色々と諦めている。


 逃がさないとでも言うような目を向けられても閉口する他ない。

 ……どうしたもんかな。

 納得ができない限り照充は一歩も引かないだろう。

 そういうタイプだ。おそらく。

 下手にあしらうよりさっさと理解させた方が後々絡まれずに面倒も少なく済む。

 質問に答えられるだけの言葉を翔が持っていれば、の話だが……。


「お前に教える義理なんてねーよ。翔、行くぞ」

「……ああ」


 広げていたプリントや筆記用具を手早くまとめると京介は翔を急かした。

 璃乃にも声を掛けて一緒に来るよう言う。


 ……誤解のないよう言っておくと京介は基本的に人当たりの良い性格をしている。

 どこでどう知り合ったのか分からないような相手とも友人だったり交友関係が老若男女を問わなかったり。

 しかし、同時に好き嫌いが激しく、嫌いなものは嫌いとはっきり口にするタイプだ。

 ここまであからさまな態度を取ることは滅多にないが原因は言わずもがな。

 照充の璃乃への接し方だろう。


 止める理由もないので翔は促されるまま立ち上がった。

 動かしていた机の位置を戻し教室の外へと移動するべく足を動かす。


 逆に照充に辛く当たる理由のない璃乃はどうすべきかとおろおろしていた。

 京介に背中を押されて戸惑いつつもそれに従う。


「待ちなよ!」


 ……まあ、タダで見送っちゃくれないよな。

 眉尻を吊り上げた照充は京介の肩を掴んだ。


「説明もできないような方法に女の子を関わらせる訳にはいかないな。それが正式なものではないならなおのこと、危険も伴うだろう」


 ごく一般的に認知されているプレドマの仕様で説明しよう。


 結論から述べるなら『相互に接続された仮想空間において共有される情報の解析』は容易である。

 危険を伴うような行為でもない。


 何故なら、絶えず送受信されるデータによって構築されているそれは各々が複合されているように見えて独立した1個体であり、再現しているのは自らのプレドマであり解析は受け取ったデータを元に行う。

 言わば内部作業だ。


 しかし、他人のリンク状態を測るということは少なくとも相手のプレドマ内に侵入しなければならない。

 接続ではなく同一化。

 外部作業となる。


 そもそもの原理が異なるのである。


 神経系に直接作用するプレドマは慎重に慎重を帰し、状態の解析ならば特にそれ相応の機器を使って然るべきと考える照充は何も間違っていない。

 同級生の危険行為を見過ごさず止めに入った彼の行動は正しい。


 ただ、翔に言わせればプレドマにおける【接続】は【同一化】と同義であり、同空間にあって何を隠して何を開示するか、閲覧制限の設定を権利者が行えるというだけの話になる。


 異なるのは原理ではない。捉え方だ。


「危険はない」

「だったら説明してくれ」

「……苦手なんだ。口であれこれと理屈を並べるのは」


 言うより見せた方が早い。

 翔はそれでも構わないが……。


 チラと京介に視線をやれば鋭く睨まれた。

 照充の同行は却下だとよ。


「日を改めてくれないか」

「改めたら説明をしてくれるっていうのかい?」

「見せたって構わないくらいだが、京介の機嫌を今この場で直せるか?」


 照充は無言で京介を見た。


「おととい来やがれ!」


 璃乃の肩に手を置いていなければ中指を立てていたことだろう……。

 取り付く島もないとは現状の京介のことである。

 噛み付かんばかりの勢いに照充はため息を返した。


「桜井さんの方の日を改める、という話なら僕も納得して引き下がれるんだけどね……」

「ありがとう、藤原くん」


 本人に断られては納得ができなくても引き下がる他ない。

 京介から手を離して肩をすくめておく。


「大丈夫だよ。信山くんは嘘を吐くような人じゃないから」

「……自覚がないだけ、という可能性もある」

「確証のないことを人に提案するような奴じゃねーよ。バカにすんな」

「京介、その辺でやめとけ」


 収拾がつかなくなる。


 ひとまず話は付いたのだ。

 約束は果たすよう念を押してきた照充に頷いて、それからようやく教室を後にする。


 首の裏に手をやりながら翔は横を歩く京介に尋ねた。

 ため息混じりに。


「俺、あいつに何かしたか?」


 心当たりがあるようなないような……。

 どちらにしろ、食ってかかられた主な原因は翔にあるのだろう。

 璃乃のことを心配していたのも本心だろうがそれだけでは瞳に宿っていた敵意に説明がつかない。


「知らねーよ。お前の態度がしゃくにでも障ったんだろ。あれでかなりの真面目だからな、藤原のやつ」


 まあそんな感じだったよな。

 教室でのやり取りを思い返しながら京介の返答に「へぇ」と相槌を打っておく。


 その後は取り留めもない話が続いた。

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