プレドマチート
翔が毎夜潜っているイスタルスの世界はオフラインにある——。
プレドマの発売以前には長く家庭用ゲーム機器の主流とされてきた型だ。
世界観の調整や本体にかかる負荷軽減などの為に家ではディスクを読み込みながらプレイしているが、データ自体は本体に保存されている。
出先では遊べないということもない。
……そうして、夢の世界へと旅立った翔が目を覚ます頃。
奮闘を続ける生徒たちに花笠は解けなかった問題が次の授業までの宿題になることを明かした。
有形無形に関わらず教科書をめくって地道に答えを探し出すしかない生徒の中では半ばまで終えていれば早い部類に入る。
現に京介のプリントは3分の1しか埋まっていない。
というか、目視で文面をデータ化するなんてバカげた芸当の出来る人間を京介は翔以外に知らないし、問題文をデータ化できたとしてもそこから正答を導き出すのには、また別の技術が必要となる。
1限丸々を費やしても半分解けて早い方と言えるような問題をたったの5分で解き切るだけの検索スピードだってそうだ。
この現実を理不尽と言わず何と言おうか。
「つーことでプリントを見せろ」
弁当を片したそこに筆記用具を並べていく。
プリントを広げた京介に翔は2個目のパンに
「自力で解けよな」
「いや、お前にだけは言われたくねーよ」
パンを片手に持ったままもう一方の手で机の中を漁る。
プリントを見つけ出した翔はすでにヨレてしわくちゃになりつつあるそれを京介に渡した。
「俺のはちゃんと自力だ」
そして、そう主張する。
「ちゃんとしたチートだろ」
京介の返答を翔は否定しない。
プレドマを用いたチートである、と。
自覚はあるようだ。
*
パンを食べ終わると手持ち無沙汰となり翔は何をするでもなく京介を眺めた。
……写すだけなら数分で済むそれに時間が掛かっているのはきちんと問題を読んでいるかららしい。
不真面目なのかそうでないのか。
あの、と不意に話し掛けられ振り返った。
翔が口を開くより早く京介が反応を返す。
「桜井さん! どうしたの、何か用?」
……まあ、いいんだが。
放り出されたプリントから「勉強よりも恋愛優先」そんな言葉が聞こえてきそうである。
翔は思わず半眼になった。
「うん。あ、でも迷惑じゃなければで良いんだけど……」
眉を下げた璃乃はチラッと翔を見た。
その手にはプレドマのコントローラーだろうヘッドホンが握られている。
……苦手なんだったか。
璃乃との関係は朝の通りだ。
京介からか。京介と彼女が話しているのを聞いたか。
そのどちらかになるが認識として覚えがある。
「プレドマのこと教えてもらえないかな?」
案の定とも言うべきセリフに翔は首の裏を掻いた。
教えるのが面倒なのではない。
いや、面倒なのは面倒なのだが。
それ以上に問題があるのだ。
「……悪い。多分、俺の説明じゃ何の参考にもならないから他の奴に頼んだ方が良いと思う」
以前、京介にも教えを請われたことがあったのだがしかし、いくら説明しても伝わらず……。
最終的にお互いが諦める結果となった。
翔が取る手法は正直に言って一般的じゃない。
ほとんどが感覚に頼っているので言葉に直すのが難しいし、何より、授業で教わった内容を否定するところから始まる。
万人向けに規格化されたそれに沿った説明というのはできないというか、翔自身が理解していない部分も多いので無理だ。
文字をデータ化するのにどうしていちいちキーボードを生成する必要があるのか。
思い浮かべたものがデータ上で再現されるなら、キーボードよりも文字自体を生成した方が早いだろう。
理屈では分かってもそれを実行するのが難しいからキーボードを生成するんだよ! と、京介には殴られた。
理不尽がすぎる。
「……そっか」
迷惑でなければ、と言いつつも声を掛けてきたくらいだ。
期待をしていなかったと言えば嘘になるのだろう。
残念そうに璃乃は表情を曇らせた。
————直後。
ゾクリ、と走った悪寒に翔は猫背気味の背を伸ばした。
背後を確認する。
当然そこには京介がいて。
(お前なに桜井さんを落ち込ませてんだよ)
(いやいや俺の説明が壊滅的なのはお前が一番知ってんだろ)
(知るかよ畜生死ね)
彼らがお互いに向けた視線を会話に直すならそんなところか。
どうにかしろという無言の圧力だった。
無茶言うな。
……代われるならば立場を代わりたい京介の心情も、しかし、彼自身が人に教えられるほどプレドマの操作に長けている訳ではないことも翔は知っている。
部活動で色々としごかれてはいるようなんだがな……。
伸び悩んでいるらしい。
じゃなきゃさっさと名乗り出て翔の代わりを務めてくれたことだろう。
仕方ない。
体の向きを直して自分に出来ることを探す。
「……桜井とプレドマのリンク状態を解析するくらいなら。多分、できるが」
「えっ。そんなこと出来るの?」
驚く璃乃に頷いてみせる。
外出モードでお互いの仮想空間を繋いで取得した情報を解析に掛けるだけだ。
「計測機でも持ってるのかい?」
すっと現れた照充が璃乃の肩を抱く。
「藤原くん!?」
動きが滑らかすぎて一瞬スルーしかけそうになったが慌てる璃乃の声にそれが不自然なことだと思い当たる。
会話に混ざってきたことはともかくとして何故肩を抱く必要があった。
しばらく目線を合わせた後。
翔は否定の言葉だけを返した。
「……いや」
こういうのはツッコミを入れたら負けな気がする。
「だったら解析なんてどうやって? そんなソフトがあるなんて聞いたことも見たこともないけど」
「こいつにはんなもん必要ねーんだよ」
立ち上がって回り込んだ京介が照充の手を思い切りつねり上げた。
翔が黙認したからと言って放置できる筈もなかった。
璃乃に距離を取らせると面と向かって睨み合う。
「馴れ馴れしく女子に触ってんなよ女好きが」
「果たしてそれは『女子』だからなのかな」
「あ?!」
凄む京介を照充は笑顔でかわした。
横に立った璃乃を翔はチラリと見上げる。
こちらの視線に気付いた彼女は眉を下げると微笑んだ。
……やっぱ、鈍感ではないな。
京介が分かりやすすぎるというのも、もちろん理由としてはあるのだろうが。
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