狡猾な猫にはご用心

 物語への干渉——。

 それもエンリフの醍醐味ではある。


 けれど、翔が望むのはただ繰り返される時間を過ごすこと。NPCの中に混ざり、イスタルスの世界を渡り歩き、1つの指針として魔獣を求める。


 メインキャラクターに対して、見過ごせない状況で手を貸すくらいのことはするがそれだけだ。

 それだけ。


「気にするな。ただ通りすがっただけのコソ泥だ」


 関わるつもりはない。


「コソ泥だァ?」


 片眉を上げた主人公の不躾な視線に内心でため息を吐き出す。

 ……今更、改めて言うまでもないことだがこの場にいる全員、濡れ鼠状態である。

 外套を纏っているヒロインや男相手ならまだしも体のラインがくっきり浮き出ているユースピリアまでじろじろと見るのは如何なものか。


 膝立ちの彼女の下から足を抜いて立ち上がる。

 背に隠すように移動しながら翔は短く頷いた。


「ああ」

「コソ泥がいったい何の用でこんなとこにいんだよ」

「決まってるだろ。コソ泥の用なんて1つしかない」


 まあ、今回のメインは観光だったんだが。

 主人公は背後の障壁——その先に続く道を1度振り返った。

 自分たちが暮らしていた街に繋がる道である。


「王都に行こうとしてたってのか? てめぇら命知らずのバカかよ」


 その声には呆れが含まれていた。


 一般的には厳重なことで知られている王都の警備に、挑もうと考えるのは無知な大馬鹿者か腕に自信のある馬鹿か。

 捕まればサイベリアの地下牢で一生を終えることになる。

 それでも刑は軽い方で、入った先が先なら極刑だ。

 リスクの高さから手を出す不届き者の数は知れていた。


 翔はユースピリアに手を貸して立ち上がらせる。


「どっちにしろお互い赤の他人だ。どうでも良いだろ?」


 じゃあな、と別れの言葉を足して歩き出す。

 元よりユースピリアの回復を待っていただけで益のない会話だ。

 続ける義理もない。


「あっ……おい! 待てよ!」


 待てと言われて待つ者がいるか。

 先人はよく言ったものである。


 主人公の制止を無視して進む。

 一欠片も。微塵も。

 翔に待つ気はさらさらなかった。



 ————そして、その足を止めさせるため。

 どのような方法を選び、また、実行に移すかは個人の自由である。



「おい!」


 もう一度、声が上がる。

 それには焦りが含まれていた。


 翔たちを引きとめるためにしては不自然だ。

 素早く愛銃を抜く。


 ……その動きを目で追えた者はいないだろう。

 翔の後ろに続いていたユースピリアにさえ分からなかったのだから。


「女を先に狙うんじゃねーよ」


 ダガーを手に握る主人公の幼馴染みを組み敷いて喉元に銃口を突き付ける。

 相手が息苦しさに噎せるも体勢は一切変えない。


「……そっちの方が近かったからさ。他意はないよ」


 冷たい視線を落とす翔に肩を竦めてみせたかと思えばダガーから手を離して降参のポーズを取る。

 食えない猫に思わず眉を寄せた。


 他意はない? ……ああ、そうだろうさ。

 俺を引き返させるのに1番手っ取り早い。

 ユースピリアを人質に取れても取れなくても俺が反応した時点でコイツの勝ちだ。

 クソッ。これだから嫌なんだよ。


 敵意がないことを十分に確認してから解放する。

 舌打ちしたい気分だ。


 上体を起こした猫はニコリと笑う。


「ねぇ、どうせなら一緒に進もうよ。同じ道を通ることになるんだしさ」

「……んなこと分からねぇだろ」

「分かるよ。この道が繋いでるのは王都とサイベリア、砂漠の出口の3ヶ所だ。逃げるのにサイベリアを選んだりはしないでしょ?」


 正確には魔獣の住処となっていた場所に繋がる隠し通路もあるが、その先が別の場所に繋がっているというようなこともない。

 ただの行き止まり。

 外に出るなら今挙がった3ヶ所のいずれかになる。


 王都への道は現在塞がっているため残り2ヶ所。

 牢獄か砂漠か。

 選ぶなら後者だろう、普通は。


「残念だが俺たちはサイベリアに向かう」


 ゲームのストーリーをなぞるなら砂漠の出口には先回りした追手の姿がある。

 鉢合わせてとばっちりを受けるのはごめんだ。


 ……結局のところ猫の言う通り。

 主人公組もサイベリアに向かうことになるのだから、正しく同じ道を通ることになるとしてもここでそれを認める訳にはいかなかった。

 翔は彼らと関わり合いになりたくないのだ。

 存分に遠回りをしてから来てくれ。


「ならボクたちもサイベリアに向かうよ」


 さくっと手のひらを返した目の前の猫に際限なく顔をしかめてしまう。

 なんでだよ。


 笑顔のままの相手に横から割って入ってきた主人公が抗議の声を上げる。


「はァ!? 何言ってんだよ!」


 そうだそうだ。いいぞ。

 もっと言ってやれ。


「だってこの人たち盗賊らしいし。結構な手練れだよ?」

「それが何だってんだ」

「確実に危険な道は選ばない。そういう勘は僕らより絶対に鋭い」


 オマエこそ何言ってんだと言わんばかりの半眼を向けたかと思えば、真剣に、そして最後は猫らしい愛くるしさで。


「お世話になった方が得だと思わない?」


 なんて言って小首を傾げた相手を強かと称すべきか、狡猾と賛じるべきか。

 なるほど、と納得する主人公にはもっと強く自らの意思というものを持って欲しい。

 この場限りで。主に俺の平穏のために。


 なるほどじゃねーよ。ったく!

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