邂逅は始まりを告げる

 ――探知魔法に2つの気配が引っ掛かる。

 伏兵にしては可笑しな場所で息を潜めているその気配は主人公たちのものだろう。

 無意識のうちに強張っていた肩から力を抜いた。


 相応しい役者がきちんと揃っているならそれでいい。 

 すぐにでもこの場から離れるべくユースピリアの腕を掴む。


「引くぞ!」

「は……っ? ちょっいったい何なんだ!」


 小声でのやり取り。

 今更と思われるかもしれないが姿や声は知られないに越したこともない。

 覚えられると街中ですれ違った時に気付かれる可能性があるからな……。


 走り出す。

 半ば引きずる形となったユースピリアの困惑が掴んだ腕から伝わってくるようだった。

 彼女は転けそうになるのを耐えながらもついてくる。


 残念ながら理由を説明している暇はない。

 ゴウ、と背後で水音が響く。

 ああクソッ! できるだけ距離を稼がなければ。


 顔を振り返らせたのだろう。


「なっ?!」


 ユースピリアが声を上げる。

 ――――毛を逆立てた彼女が見たものは通路を埋めんばかりの水の壁。


 見てはまずいもの見た自覚はある。

 しかし、そんなのは相手に知られなければどうということはない。

 これから先の計画を思えば些末なことだった。

 なのにどうして、と。

 浮かんでいた疑問を1つ残らずかき消すだけの勢いがあった。

 大量の水が迫り来る。


 必死に足を動かすも、努力虚しく2人は水に呑み込まれる。

 咄嗟にユースピリアを抱き寄せた翔は流れの早さに目を瞑った。


 ……そうして、どれくらい流されていたのか。

 術者の意図か自らの運か。

 分かることは少ないが途中どこにもぶつからずに済んだのは幸いと言えよう。


 水が引く。地面に体を投げ出される。

 ユースピリアを庇って倒れた翔は咳込みながらも彼女を離さなかった。


「けほっ……は、ユリア、大丈夫か?」

「あ、ああ、何とか……」


 起き上がろうと動く彼女に合わせて力を抜く。

 上から退くだけの気力はまだ回復しきらないらしい。

 膝立ちになった彼女の下で位置をずらしながら上体を起こす。


 周囲に視線を向けると少し離れた場所で少女が1人、王都方面の道に障壁を築いていた。

 暗がりにあっては銀にも思える薄水色の髪を背に流した彼女はバリエナの王女――。

 有り体に言えばヒロインである。

 魔法で織り成された障壁は淡い光を放ち、追手を防ぐと共にこちらから向こう側へ渡ることをも阻む。


 ……あの技、旧機器では使い勝手が悪いんだよな。

 プレドマが開発される以前の記憶をなぞりながら遠い目をする。

 言うまでもなく現実逃避だ。


「大丈夫ですか?」


 気遣わしげなヒロインの声と視線が主人公とその幼馴染みにのみ向けられる。

 こちらを一瞥することすらないその様子に翔は内心で「おや?」と首を傾げた。


 もしかして気付かれていない?

 探知魔法を使用する際。索敵に引っかかるのも厭わなかった訳だが、索敵のさの字も知らないような相手には何ら関係のない話だ。

 ……どうするか。

 ひとまず様子を見守る。


 ヒロインの少女が地面に伏している主人公たちのことを心から心配していることはその表情から察せられた。

 ゲームの設定で語るなら民を思う優しさと王女としての気品、矜持を兼ね備えた少女だ。

 嘘はない。


 彼女のせいで溺れかけた直後でなければ主人公の反応もまだマシだったろう。

 ……アンスの主人公とシャルトの幼馴染み。

 この場に居合わせたメンバーの中で水に押し流されても平気なのは魚の特性を持つバリエナのヒロインのみ。

 仕方ないと言えば仕方ないことなんだがな。


 手を突いて四つん這いの姿勢になった主人公はヒロインをギロリと睨み上げる。


「……げほっごほっ! いきなり何しやがんだよ!」

「申し訳ありません。ですが、あの場から逃げるにはこうする他なく……」


 あの大量の水を操っていたのはヒロインだ。

 彼女は眉を下げて謝罪する。

 その横で立ち上がった主人公の幼馴染みはふんっと鼻を鳴らした。


「自業自得。むしろオマエはボクに謝れ」

「あァ?!」

「これからどうするんだよ」


 四つん這いのまま息を整えていた主人公を仁王立ちで見下ろす幼馴染みの姿にはなかなかの迫力があった。

 ……正義感あふれる王道ヒーローとは異なるがユースピリアと同じで義賊気質の主人公を支える良き理解者にして良き相方。


 自業自得ということは主人公があの場に居合わせたのは偶然ではなかったのか。

 パターンも色々あるからな。

 ヒロインの頼みを聞き入れる形で手を貸した結果が今とすると……。


 幼馴染の性格からして止めに入らない訳もない。

 忠告に耳を貸さない主人公を、かと言って放ってもおけず……ついて来たら面倒に巻き込まれて王都にも帰れなくなった……。

 主人公を責めたくもなるだろう。

 1番の被害者は幼馴染の彼である。


「どうするもこうするも取り敢えず外に出るしか――」

「くちっ」


 主人公の台詞が可愛らしいくしゃみによって遮られる。

 すぐ傍から聞こえたそれに視線を移せばユースピリアが肩を抱いて震えていた。


 ……濡れた上に日の当たらない地下道だ。

 冷えもする。

 考えなくても分かることにどうして気を回してやれなかったのか。


「大丈夫か?」

「すまない、大丈夫だ」


 頷きながらもまた「くちっ」とくしゃみを響かせた。


 彼女の服のデザインにも問題があった。

 上肩やへそが剥き出しになっているため外気にさらされた肌から体温が奪われやすいのだ。

 地上に出るか。別の方法を選ぶか。

 ともかくとして早々に暖を取らないと風邪を引く――。


 ふと振り返れば主人公組の視線が集まっていた。

 まあ、さすがに気付くよな。


 目が合った瞬間。


「誰だてめぇら!」


 跳ねるように起き上がって武器を手に取る。

 主人公からの威嚇を受けて思わず顔をしかめてしまったのは仕方のないことだったと言わせて欲しい。

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