ラグドールのカーニバル
より綿密な計画を組むための情報収集、必要な道具やコンディションを整えるのに時間を費やすこと数日————。
夕暮れ間際。
再びハルメア地下道に訪れた2人はラグドール方面に向かって道を進んでいた。
お偉いさんを殺したバカは結局捕まらなかったようだがリュンクスの王は高々殺人鬼に臆病風を吹かせる訳にもいかなくなったらしい。
オケアノス——バリエナ族が治める隣国の水中都市より国使として第3王子と第7王女が訪れているとかで。
裏通りの情報屋をつつけば宰相殿が1枚噛んでるんじゃないか、なんて話も聞けた。
政権争いか何かだろう。
中枢部がキナ臭くなりつつあるようだ。
まあ、だからどうということもなく、例年通りに華やかな式典が催されるならそれで構わないので好きにやっててくれ。
——リュンクスの建国に関わる式典は記念日の1週間前から始まる。
1週間も前からお祭り騒ぎなのかというと、それは違って民は建国のために命を賭した英霊たちを悼み、敬い、祈りを捧げながら粛々と過ごす。
パレードが行き交うようになるのは記念日の前夜からだ。
前夜祭を経て、花が降り、菓子を乗せて練り歩く屋台や陽気な音楽家たちの演奏などで活気付く。
後夜祭には身分を問わず仮面を付けて参加するのが慣わしとなっていて、さらに翌日から1週間はそれを外さずに過ごす。
……カーニバル自体は各地でも催されるのでユースピリアもそちらについての覚えはあるだろう。
ただ、しかし、王都のそれは規模から何から全てが異なる。
これぞカーニバル! と言えるほどの賑わいを見せる建国記念日は他所じゃ経験ができなかった。
例えるなら町民が集まってちょっと神輿を担ぐ程度の地方の祭りと全国からも人が集まるような有名どころの祭りを比べるようなもの。
有名どころを先に経験してから地方のそれに参加すると「えっこれが祭り?」と思ってしまうのと同じ。
地方のカーニバルも、カーニバルと言えばカーニバルなんだが……やっぱちょっと違うんだよな……。
王侯貴族のオタノシミが兼ねられていることが理由の1つに数えられるだろう。
仮面という薄っぺらい盾で素性に触れないことを暗黙の了解として遊び倒すのだ。
外の喧騒が大きければ大きいほど影に隠れてひそめられた声というのは誰の耳にも届かない——。
おかげでちょいっと人目を盗めば簡単に忍び込めるのだからお貴族様々である。
騒動を起こしてからだとゆっくりしている暇もなくなるので、ひとまず、もっとも賑わいを見せる前夜祭の間に忍び込んでカーニバルを楽しんでから後夜祭の間に宮殿を見て回る予定で——。
不意にユースピリアが片手を上げた。
制止の合図だ。
水路に差し掛かる1歩手前で足を止めた彼女にならって壁に背をつける。
…………話し声、か?
翔は眉をひそめた。
「何がバリエナの為よ! 国を、民を売って何を守れると言うの!?」
凛と響いた声は甲高く、悲痛な叫びは少女のもの。
聞き覚えがある。
パチリと弾けるようにして蘇った記憶に思わず頭を抱えた。
嘘だろ。
————旧機器のゲーム画面だ。
チュートリアルを兼ねた物語の冒頭も冒頭。
外交のため隣国を訪ねた王子は、しかし、その売国行為を同行していた王女に目撃されてしまう。
どうして。何故。王女の問いに王子は答える。
同胞のためだ。
納得の出来ない王女は糾弾を続ける。
これから死に行く者が理解する必要はないと矛を向けられたそこで助けに入るのが、現状の翔たちよろしく不法行為を働いている最中にあって、現場に居合わせた主人公とその幼馴染み……。
クソッ読み間違えた!
しかもシャルトとバリエナの組み合わせなんて最悪が過ぎる。
まさかと思いながら気配を探る。
敵の索敵に引っ掛かるのも厭わない、魔法を用いた全力の探知だ。
ぎょっとしたユースピリアに小突かれる。
何やってんだ気付かれるぞバカ! って意味なんだろうが、悪い。
もしも主人公の代役としてストーリーに組み込まれていたとしたら、俺は悲痛に叫んだ少女を——バリエナの王女を見捨てられない。
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