獅子宮レグルス

 主人公の名をナハト。

 その幼馴染みの名をミューエ。

 ヒロインの名をイリアス・ユラ・アルシオン。


 ……どうやら、彼らの設定はゲームそのままらしい。

 本当に最悪だ。ありがとうございません。

 クソッ!


「イリアス・ユラって、まさかバリエナの王女の?!」


 驚くユースピリアに何故かナハトがおうと得意気に頷く。

 気付いてなかったのか。


 まあ、王女なんてやんごとなき立場のお嬢様は普通、宮殿かどこか、それらしい場所で大人しくしているもので。外套1つで身分を隠して街を歩いたり取引現場の水路に乗り込むようなことしないからな。


 イリアスの表情は優れず、大方コソ泥という職に嫌悪でも抱いているのだろう。

 彼女は民思いの優しいヒロインだがその反面で罪を犯す者を親の仇かのように嫌う。

 罪を犯さねば暮らしていけないような状況に人を追い込む者を許さない。

 自他に厳しい王女様だ。


 くちっと3度目になるくしゃみをユースピリアが漏らす。

 それを耳に留めた翔はおもむろにホルダーを漁った。

 そろそろ本当に風邪を引きかねない。


 目当ての石盤を1枚、取り出して真上に投げる。


紅鏡こうきょうの王、乾き渇きを統べる者、その器偉大なりて燃ゆる明君。我が声に応えよ獅子宮ししきゅうレグルス!」


 詠唱と共に石盤が赤い光を放つ——。

 同時に、溢れ出した魔力が周囲の魔力に干渉し、衝突し風を起こした。

 空間を歪めんばかりの勢いがある熱風だ。


 一際強く輝いてそれらが収縮すると、顕現した獅子の魔獣はその咆哮をもって全てを震わせる。

 ……地下道内とはいえ砂漠の真ん中でコイツを呼び出すことになろうとは。


「何だソイツは?!」


 異様な魔力を発するレグルスに主人公組が身構える。

 ユースピリアも眉を寄せ冷や汗を伝わせる。

 心なしか、その体が震えているように見えるのは冷えたせいではないだろう。


 降り立った獅子を視界に収めながら翔は答えになっていない答えを返した。


「何って、レグルスだ」

「それが何か聞いてんだよ!」


 だろうな。

 ナハトのツッコミはもっともである。


 古文書やそれに通ずる知識があれば答えに行き着くことは可能だ。

 しかし、王都出身と言えど下町暮しの彼にそのような教養を求める方が間違っている。

 幼馴染みの猫も然り。


「まさか、魔獣……?」


 ポツリと呟いたのは当然イリアスだ。

 ナハトに問われその意味を説明する彼女の顔色は悪い。


『異端を求めし者よ』


 ひらり。舞い降りたレグルスは悠々と佇む。

 ……異端を求めし者とは翔のことだ。


『此度我に何を求める。水に眷属せし者の傍で我は毒であるぞ』


 水に眷属せし者とはイリアスのことだろう。

 バリエナは他の種族と比べて乾燥に弱い。


 属性の優劣で言うなら火は水に対して劣勢なんだが……。

 水滴1つじゃ炎は消せないように、圧倒的な力を前にしては属性なんてあってないようなもの。


 常から熱を発して辺りの水気という水気を奪い蒸発させるレグルスはまさにバリエナの天敵だ。


「ああ。服を乾かしたくてな。その間だけここに居てくれ」


 翔はさらりと答えた。

 強大な敵でも待ち構えているのかと辺りを伺っていたレグルスはゆっくりとその言葉を咀嚼する。


 そして数秒。

 内容を理解するにつれ偉大なる獅子の纏う雰囲気は不穏なものへと変わる。

 肝を冷やしたのは翔以外のメンバーだ。


『もう一度問うぞ。此度我に何を求める』


 暗に用件を変えろと言っている。


「服を乾かしてくれ」


 しかし、翔の望みは変わらない。

 言葉を繰り返した。


 最後のチャンスにして最大の譲歩を蹴られたレグルスはヒクリと額に青筋が浮かべる。


 ——神々に牙を剥いた代償。その罪に対する罰として石盤に封じられはしたものの、秘められし力は神に通じる。高尚な存在だ。


 崇め奉られることはあったとしても乾燥機代わりに使われるなどと、魔獣の中でも一等自尊心の高い獅子が許容出来る筈もなかった。

 息を吸う。


 翔以外のメンバーは本能的に後退った。


『我を愚弄しているのか? その喉を噛み切られたくなくば今すぐ石盤に戻せ!』


 怒号が大地を揺らす。

 ビリビリと肌を刺す憤怒に……。

 しかしながら、翔は気だるげに頭を掻いただけだった。


「愚弄するつーか、女子が風邪引きそうになってんのを放置は出来ないだろ」

『暖を取るならばハマルでも事足りる筈だ』


 ハマルとは白羊宮はくようきゅうを司る魔獣の名である。


 巨蟹宮きょかいきゅうのアクベンス。

 磨羯宮まかつきゅうのダビー。

 そこにハマルとレグルスを加えて翔の手持ちとなる。


 国も種族も、おおよそがいずれかのエレメントを有して眷属の者とされるイスタルスにおいて、レグルスとハマルはどちらも火。

 季節に例えるならば夏のレグルスに対してハマルは春。

 緩やかに暖を取るならハマルの方が適しているのは確かだ。

 性格的にも。


「……良いじゃねーか、別に」


 しらっと宣う翔の態度には面倒臭ささえ滲む。

 ブチリと切れた。堪忍袋の緒が。

 誰のものかは言わずとも知れているだろう。


『何も良くなどない!』


 レグルスは重ねて怒鳴る。

 その声量に耳を塞いだ翔の顔にははっきり「うるさい」と書かれていた。


 ……文献で魔獣がいかに壮絶な存在か知るイリアスにしてみれば信じがたい光景である。

 カルチャーショックとでも言おうか。

 相対したなら畏れ敬い慈悲を乞え。

 どの文献にも記されている。

 オケアノスの外では違うのか?


 そっと他のメンバーの様子を伺えば詳しいことを知らずとも肌で感じ取って血の気を引かせている。

 獅子の召喚者でもある翔の感覚がおかしいのであって、自分も知識も間違っていないことにそっと安堵した。そうよね。

 詠唱の文言にもあるように乾きも渇きも統べて燃ゆる獅子の王を、まるでそこらを歩いている野良猫か何かのように扱ってあしらうなんて、普通はできない。


 しばらくしてユースピリアの服が乾いたことに気付いた翔は仕方ないから仕事をやる、と言わんばかりに進行方向を指した。


「じゃあこの先にいるモンスターを一掃して来てくれ。それなりに雑魚が住み着いてんだろ」

『そのような小間使いに我を向わせるなどと……!』

「道が崩れるような暴れ方はするなよ」

『チッ覚えておれよ!』


 ゆっくりと降下してきた石盤を掴む。

 レグルスが翔の願いを聞き入れることを認めた証だ。

 それをホルダーに戻して八つ当たりに向かった獅子を見送る。


「じゃあそろそろ行くか」


 何事もなかったかのような翔に対しため息を返せたのは相棒のユースピリアだけだった。

 隣で過ごしてきた経験から多少は耐性のある彼女でさえ息をつくのでやっと。

 口を利こうなんて考えすら浮かばないような相手の怒りを軽率に買わないで欲しい。


 硬直している主人公組の心境を述べるならば「心臓に悪い」の一言に尽きた。

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