東ガトビエナ砂漠のキャンプ地にて

 ——ハルメア地下道で依頼をこなした翔たちは報酬と地下道の鍵を手に入れた。


 東ガトビエナ砂漠のキャンプ地でテントを張った商人や旅人たちの中に混ざり一息つく。

 ……町で宿を取っても良かったが地下道に潜っている間にどこぞのバカがやらかしたらしい。

 警戒態勢が敷かれていて軽い閉鎖状態に陥っていたのだ。


 抜け道を通れば中に入れないこともないけれど触らぬ神に何とやら。

 こういう時は外で落ち着くのを待つに限る。


「まいどあり。食料はどうだい?」

「いや、いいよ。ありがとう」


 商人から買い付けたミュロの実——林檎とよく似た味がする果実——のジュースを片手にユースピリアが休んでいる岩場まで戻る。


 満身創痍と言わんばかりの彼女は手頃な岩にもたれかかってぐったりとしていた。


「大丈夫か?」

「……大丈夫なように見えるか?」

「……見えない、な」


 じとりと睨まれ翔は眉を下げる。

 首の裏を掻きながら詫びのジュースを差し出せば受け取った彼女はそれを一気に飲み干した。


 ……ユースピリアが疲れきっているのは例の魔獣との交戦が原因である。


 おかげさまで無事に回収できた石盤は専用のホルダーに収まっているが、記憶を頼りにギミックを解除して進んだ先、地下道の際奥にいた魔獣、磨羯宮まかつきゅうダビーとの戦闘は5時間にも及んだ。


 ゲームシステム的に言うと魔獣の大半はストーリークリア後のやり込み要素として設けられた難敵に当たる。

 数ある冒険を経て成長した主人公たちがラスボスを倒してなお、苦戦を強いられる相手である。

 前にも言ったように思うが文字通りの化け物。


 単純な強さもさることながら、地属性の硬さと回避に極振りされたステータスが合わさってなかなか体力を削ることができない。

 磨羯宮ダビーを相手に持久戦を強いられるのは必然だった。

 正直に言って、日を跨いでもおかしくはなかったと思う。


 いや本当。

 当たらない上に当たっても硬い。

 地中を泳いで移動するダビーを捕まえるのにまず3時間、そこからひたすら殴って倒すのに2時間だ。

 範囲攻撃で岩を降らせてくるし……ダウン系の魔法で回避率を下げようにも、そもそもの魔法が当たらない……。

 死ぬかと思った場面も何度かあった。

 それを5時間で終わらせたのだから褒めてもらってもいいと思う。


 ……まあ、翔に付き合わされただけのユースピリアからすれば5時間もぶっ通しで戦わせておいて何が褒めてだふざけるなといったところだろう。

 後悔はしていないが申し訳なさは少しある。


 ダビーは魔獣の中でも中位に位置するレベルで、それこそ本当に日を跨ぐことになるであろうと予想される相手が数体……。魔獣の上位種とされる星獣が4体に、魔獣と星獣の王として君臨する神獣が1体。今後の予定として考えている中には残ってるんだけどな……。

 5時間なんて序の口だぞ、なんて言ったら大目玉を食らうに違いない。


 言葉に悩む翔を余所にユースピリアはふうと息を吐き出すと表情を緩めた。


「まあ、カケルのおかげで怪我はないからな。もう少し休んだら動ける」

「……無理はするなよ」

「ああ。それより様子は?」


 町でやらかしたバカについてだ。

 隣に腰掛けてから買い物のついでに聞いた話を伝える。


「捕まってはいないらしい。式典が中止になるようなことはないだろうが前夜祭や後夜祭の見合わせくらいはあるかもって話だ」


 近く建国記念日を控えているリュンクスでは各地方を治める国のお偉いさん方が記念式典に参列すべく王都ラグドールに向かって足を運んでいる最中にある……。

 今回、標的として殺害されたのもその内の1人。

 王都近隣の町での出来事とくれば、まあ当然、警備の責任者は相応の対応に迫られる。


「難しそうか?」

「いや。誤差の範囲だろ」


 警備より何より、せっかくの楽しみが減ることの方が問題だ。

 バカがさっさと捕まれば見合わせの必要もなくなって予定通りに開催されるだろうが……。


 式典に合わせたカーニバル。

 色取り取りの商品で飾られた屋台。

 華やかに賑わいを見せる王都の街並み。


 そのどれもを知らないユースピリアは淡白なもので、開催されないならそれはそれで仕方ないだろうと言う。

 ……知ってたら絶対、残念がるのは俺じゃなくてお前の方だぞ。


「とりあえず計画は立てておかないか?」


 ズイッと身を乗り出してきたユースピリアに翔は一瞬、驚いてから苦笑を返した。

 少し前までのぐったり具合が嘘のようにキラキラと目を輝かせている。

 王都に入れるのならなんだっていいらしい。


「……そうだな」


 王都ラグドール。

 シャルト族の王が住まう都は立ち入る者を選ぶ。

 翔たちのような賊が正面から向かった所で門前払いをくらうのが落ちだ。


 だからこそ、誰もが目指す……。

 リュンクスの民の憧れの地。

 幼い頃に抱いた王都への憧れをユースピリアは忘れていなかった。


 都内だけでなく宮殿にまで侵入出来る可能性を示唆されて心が疼かない訳がない。

 カーニバルや屋台がなくなるかもしれないことを残念に思わないと言えば嘘になるけれど、それよりずっと大きな楽しみが他にあるのだ。

 悲観するほどのこととも思わなかった。


 それに、きっと、望めば翔は連れて来てくれる。

 カーニバルや屋台を見て回りたくなったらその時に改めて頼めばいい。

 今回だけに話を限る必要なんてどこにもないのだから。

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